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「手嶋……お前、裏切ったな?」


絶望と嫉妬とその他諸々の感情が合わさったような、何とも表現し難い顔でこっちを見てくるのは中学からの友人の東戸。
廊下で見つけてしまったあの男から上手く距離を取りながら、一花ちゃんと2人で中庭に出て真っ先に向かったのがこの東戸のクラスの出し物である焼きそばの屋台。昨日も青八木と食ったけど文化祭にしては結構美味くてきっと一花ちゃんも気に入ってくれるだろうと思って連れて来た。ついでに東戸がいたら挨拶しておこうと思ってたがオレの姿を、というかオレ達を見て開口一番に出た言葉がまさかこれとは。


「お前言ってたじゃねぇか!彼女と文化祭周る奴羨ましいって…!」
「あー…いやぁーこれはだな…」
「いつこんな可愛い彼女作ったんだよ!カラオケは断る癖に女子は口説いてたのか!?」
「ちげーって!彼女じゃねぇよ!訳があんだよこれには!」


泣きそうな顔して怒鳴ってくる東戸をどうにか窘めながら、一花ちゃんが彼女だと言えたらどんなに幸せだったかと少し苦しくなった。我ながら女々しすぎて嫌になるわ。
何気なくちらりと隣にいる一花ちゃんを見るとピタリと固まってしまっている。東戸の勢いに驚いてんのかと思ったがそれにしては顔が真っ赤だ。まさかこれは彼女と勘違いされて照れてる、とか……?いや、まさかな。


「は、初めまして!自転車部のマネージャーの青八木一花です」
「あ、オレは東戸。あだ名は東丸な!手嶋とは中学の時同じ部で走ってたんだ」
「ってことは…東戸さんもロード乗ってるんですか?」
「いや、今はやめちまったよ。今はバレー部なんだ」


一花ちゃんと話す東戸の鼻の下が伸びてるのは気のせいだと思いたい。やめろ、一花ちゃんだけはやめてくれよ、そんな念を込めてやつを見ているとちらっとオレを見て何かを察してくれたようで若干気不味そうな顔をしながら「焼きそば買うのか?」と本来の仕事をし始める。
焼きそばを二つ頼むと東戸は蕎麦玉と野菜を鉄板に落として、金属製のヘラを使ってソースと混ぜていく。へぇ、手際もいいしなかなか様になってんじゃねぇーか。立ち込めるソースの匂い、ヘラと鉄板のぶつかる音は夏祭りの屋台のそれと大差無い。そういえば記憶と香りは直結してるとかいったっけか。香ばしい匂いを嗅いでいたらインターハイ終わってすぐの夏祭りの記憶が脳裏に浮かんでくる。あの時も真っ先に一花ちゃんは「お腹空きました!」っつって、何よりも先に焼きそばの屋台を目指したんだった。なんて……こんな事覚えているのはきっとオレだけだろうな。


「夏祭りの時も、最初は焼きそばでしたね」


にこりと笑ってオレを見上げる一花ちゃんと目が合った。胸が熱くなって、きゅっと締め付けられるような感覚になりながらも「そうだな」って笑う。
覚えていてくれたんだな、一花ちゃんも。そんな大した事じゃないのにすげー嬉しい。こんなちっぽけな事にすら一喜一憂させるんだから恋って怖いわ。けどそれって、彼女にとってもあの時の事は思い出になっている…って思っていいんだよな。


「お待ちどう!焼きそば二つな」
「おう、サンキュー」


これまた手際良く出来上がった焼きそばを詰めた透明なパックと割り箸を二つ受け取って、東戸に礼を言って踵を返したところで東戸に「手嶋!」と呼ばれて振り向くと何やらニヤついた顔でこっちを見ていた。


「頑張れよ!」


その言葉と一緒に向けられるサムズアップ。どういうことかよく分からないけど、とりあえず戸惑いながら「おう…?」とだけ返しておいた。前に東戸がまだオレが岩瀬の事を気になっていると思っていた時、「今は本気で好きな子がいる」って言った事はあるけど……もしかしてそれが一花ちゃんの事だってバレてんのか?いや、今それはどうでもいいな。とにかくあの男が近寄ってきていないかを確認しねーと。歩きながら辺りを見渡してみると辺りは腹ごしらえをしたい奴らで賑わっている。この人の多さは隠れるには丁度いいが向こうの姿も見つけ難いな……。


「…もしかして、来てましたか?あの人…」


キョロキョロしていると一花ちゃんの不安気な顔と目が合う。彼女もさっきから時折周りを見渡している素振りを見せているけど、どうやらまだアイツの存在には気が付いていないらしい。
本当ならアイツがいる事を一花ちゃんにも言うべきだろう、一緒に警戒しようと言ったんだし。けど…彼女の胸の前で握られた片手が微かに震えている。楽しそうにしているけどやっぱそりゃ怖いよな。あの男、もう何してくるかわかんねーし…。


「いや、大丈夫だ。今んとこ見当たんねーよ」


オレは笑いながら一花ちゃんに嘘をついた。そうとは知らずに彼女は「よかった…」と心底安心したように笑う。その笑顔にチクリと罪悪感を感じるけど、一花ちゃんの不安を少しでも和らげてあげたかった。どうにかアイツをかわして、楽しい思い出だけとまではいかなくても、少しでも楽しかった記憶を多く残してあげたい。けどそれじゃ解決にならないのも、後々面倒になりそうだってこともわかってる。一花ちゃんに接触させないで、オレがどうにかアイツに彼女に付き纏う事を辞めさせられたらそれが一番いいんだが……。

ともかく今はアイツの姿は辺りに見当たらない。一先ず安心して良さそうだ。丁度よく近くにある立ち食い用のテーブル、というか机も一つ空いているしあそこで食べようと他の人に取られないうちに小走りでそこまで向かって出来立ての焼きそばのパックを2人で広げた。


「っていうか、大盛りにしなくてよかったのか?」
「はい!これからまだまだ食べるつもりなので!」
「安定だな、一花ちゃんは」
「あ…でもそれじゃあ私ばかりが楽しいだけですね」


キラキラした目をしていたと思ったら、すみません、と一花ちゃんは申し訳なさそうなしゅんとした顔を向けてくる。こうやってくるくると表情をとこを見ると改めてやっぱ青八木とは似てないよなと思うし、そこがやっぱ可愛いんだよなぁと再認識する。


「んなことねーよ」
「そうですか…?」
「うん。その……オレもさ、一花ちゃんと一緒ってだけですげー楽しいんだよ」
「え……!」


今度はボッっていう効果音が聞こえてきそうなくらいに赤い顔で驚いたように目を見開いたと思えば、今度は恥ずかしそうに口をパクパクさせながら目を逸らす。いや本当に見てて飽きねーわ、思わずぷっと吹き出せば今度は真っ赤になったままこっちを睨んでんだから。つーかこのちょっと恥ずかしい台詞を先に言ってきたのは一花ちゃんだぞ?言うのは平気なのに、言われるのはダメなのかよ。けど、彼女に言われる前からオレもそう思っていた。一花ちゃんと一緒なら何をしていたって楽しい。表情がころころ変わって面白いからとか、そんな理由じゃない。ただ単純に、一花ちゃんの事が好きだからだ。心の底から思うんだ、彼女といると楽しいって。
彼女はどんな理由でオレにこの言葉を向けたんだろう。もしもオレと同じ理由なら、それはものすごく嬉しい事だ。オレが一花ちゃんに抱いている感情と同じ物を彼女もオレに向けていてくれたなら……、いいや、その先を考えるのはよそう。虚しくなるだけなのはわかってんだろ。


「とにかく、それ食ったら次行くぞ!次は何食いたい?」
「え、えーと…たこ焼き!」
「たこ焼きは鳴子のクラスだっけか。っし、早く食って揶揄いに行こうぜ!」
「はいっ!」


急いで2人で焼きそばを平らげて、それから間を置かずにすぐたこ焼きの屋台へ移動して調子良く派手に騒ぐ鳴子を冷やかしつつたこ焼きを買って、2人で「あつい!」って言いながらそれも平らげて。もうこの時点でオレは腹一杯だっていうのにまだ食べ物を求めている一花ちゃんに付き合って、オレは流石に腹が限界で途中からは一花ちゃんが食べてるとこを見ているだけだったけど多分中庭の屋台は制覇したんじゃないか。本当相変わらず良く食うよなぁ、たくさん頬張ってる時の顔はまるで頬袋を膨らませたハムスターみたいで可愛かったな。
漸く一花ちゃんの腹も膨れた事だし、次はどこに行こうかと文化祭のパンフレットを広げて2人で面白そうな出し物を探す。昨日も青八木と回ったけど本当色んなもんがあるな、巨大迷路、お化け屋敷、縁日に映えるフォトスポット、その他いろいろ。


「さて、次はどうする?」
「んー…そうですね……」


どこも気になるなぁ…って呟きながらじっと真剣な顔でパンフレットを見つめる姿はまるで子供みたいで、楽しんで貰えているんだと安心する。やっぱりあの男と一花ちゃんを接触させたくないと改めて思った……その矢先。
一花ちゃんの後方の人混みから辺りを険しい顔で見回しながら近付いてくるアイツの姿を見つけた。幸いこっちには気が付いていないようだが、このままじゃ確実にオレ達を見つけるだろう。


「んじゃあさ、こことかどう?」


オレが指さしたパンフレットの場所は、校舎内の生徒の手作りアクセサリーショップ。ここからそれなりに離れているし、もしもアイツが校舎内に移動してきてもきっと距離を取れるだろう。それになかなかセンスがいいとかで女子に結構人気あるらしく、人がひっきりなしに入っているって確かクラスの女子が言っていた。身を隠すのにもぴったりだろう。


「アクセサリー…はい!行ってみたいです!」
「んじゃ早く行こうぜ!結構混んでるみたいだし」


一花ちゃんはいつも通りの弾むような返事をして、手早くパンフレットを畳んで移動する準備を整えた。いやあ、一花ちゃんが素直な性格でよかったわ…クラスの女子だったら絶対「手嶋がアクセとか…」って引いてるところだ。
一番近い昇降口から校舎内に入って、目的地のアクセショップの模擬店に向かって少しずつ歩く脚を速める。廊下を歩きながらこの速度で大丈夫かと後ろにいる一花ちゃんをちらりと振り返ってみれば、「ちゃんと着いてきてます!」と言わんばかりに微笑んで後ろからちょこちょこと一生懸命に着いてきてくれる彼女が可愛くて思わずしゃがみ込みたい衝動に駆られたが何とか堪えて、目的地のアクセショップまで速度を落とす事なく向かった。

アクセショップの中は噂通り女の子がたくさんいて、男の姿なんて殆ど見当たらなかった。これなら身を隠し易いわと思ったと同時に、なんだか場違いな場所に来ちまったなと居た堪れない気持ちになった。普段ならプレゼントの予定でも無い限り敬遠する場所だが今はそんな事を言っている場合じゃない。
人は多いが幸い並ぶ事なく入れた模擬店内は女の子らしくレースやらリボンやらで可愛く彩られていて、並んでいる手作りアクセも宝石みたいなキラキラした物だったりリボンとか、当然女の子物ばかりで見た限り男物は無さそうだ。益々居心地の悪さを感じる。


「わぁ…!可愛い!」


けど、そんな居心地の悪さとかそんな物、アクセを手に取ってはしゃぐ一花ちゃんのキラキラした笑顔を見ているとどうでも良くなる。学校内じゃ制服姿、部活中じゃシンプルな運動着姿しか見てないからわからなかったけど、一花ちゃんもこういうアクセとか興味あるんだな。男から離れるために選んだ場所だったけどここを選んで良かった。


「あ、あの。何か買っていってもいいですか?せっかくだから何か一つほしくて」
「もちろん。せっかく来たんだからゆっくり選びなよ」
「ありがとうございます!なるべく早く選びます!」


一花ちゃんは一層目を輝かせてどれにしようと言いながら、机に並べられたアクセサリーを一生懸命に選んでいる。全く危機感ねぇな、と少し心配になるけど安心してくれているからこそなのかもしれないと思うと不謹慎だけど嬉しくなるし、楽しそうに選んでいる横顔は女の子らしくて可愛い。


「…手嶋さん」
「ん?決まった?」
「いえ…どれも可愛くて決められなくって。その…手嶋さんに選ぶのお手伝いしてもらえないかなって思って」
「力になれるかわかんねーけど、オレで良ければ」


女の子の、まして好きな子のアクセを選ぶなんて当然はじめての事で内心オレでいいのか?とすげー緊張している。けど、まるで恋人同士の買い物みたいだななんて思ってついニヤけちまいそうになる。


「学校でも付けていられるし、髪飾りがいいなって思ったんですけど迷っちゃって」
「一花ちゃん髪綺麗だからな。ヘアアクセならよく映えそうだな」


そうですかね、と照れ臭そうにはにかみながら自分の髪に触れる。うねるオレのパーマと違って相変わらずサラサラで綺麗な髪だ。思わず手を伸ばして触りたくなるけどさすがにそれはダメだと言い聞かせて、この綺麗な髪に似合いそうなアクセサリーを探す。
ヘアゴム、ヘアピン、その他男にはどう使うのかよくわからない形状の物とか、本当にいろんな種類がある。飾りもビーズやら花やら、たくさん付いてる物もあればシンプルな物まで。こりゃ確かに悩むわ、と思いながら見慣れない女の子物のヘアアクセ達を見渡す。


「あ、これなんかどう?オレ結構好きだわ」


たくさんある中でオレの目に留まったのは、大きさの違う星が3つ並んだシンプルだけど華やかさもあるクリップだった。


「わあ、それ可愛いですね!」


手に取った星のヘアクリップを一花ちゃんに手渡せばアクセサリーと一緒に並べられている鏡を見ながら自分の髪に当てている。
オレの見立てた通り、その星のクリップは一花ちゃんの絹のような綺麗な髪を一層輝かせて引き立てていてよく似合ってる。いい仕事したじゃん、オレ。


「いいじゃん、よく似合ってるよ」
「えへへ…手嶋さんがそう言ってくれるなら、これにします!これがいいです」
「あ。一花ちゃん、それちょっと貸してくれ」
「?はい…」


少し不思議そうな顔を見せつつも一花ちゃんは素直に手にしていたクリップを手渡してくれた。それを手にしたまま、厚紙に『お会計』と書かれた手作り感満載の札が置かれた机へ向かった。
「これ下さい」と会計係の生徒に渡していると背後から「え、ちょっと手嶋さん!?」と焦る一花ちゃんの声が聞こえるがオレはそれに構わず手早く会計を済ませた。


「はいよ。今日の記念に、ってな」
「だめです!これ、お金払います!」


慌てた様子で駆け寄ってきた一花ちゃんにヘアクリップを渡せば、受け取りつつも焦ったようにそう言う。そんなのいいんだと言ったところで彼女は頑なに引かないことをオレは知っている。こんなやり取り前にもしたからな。だけどどうしてもこれは一花ちゃんにプレゼントしたかったんだ、オレもここは譲れない。


「オレが一花ちゃんにプレゼントしたかったんだよ。日頃の感謝とか…そういうのも込めてな」


だから受け取ってくれよ。そう少しだけ首を傾げて言えば、一花ちゃんは一瞬納得いかなそうな顔を浮かべたがすぐに観念したのか照れ臭そうにはにかんだ。


「ありがとうございます、手嶋さん。大事にします…これ。今日の思い出に」


ヘアクリップを胸の前で大切そうに両手で握りながら、嬉しそうに笑う姿が本当に可愛くて胸が締め付けられる程の愛おしさが込み上げてくる。やっぱりオレは、もうどうしようもない程に一花ちゃんの事が好きだ。

「早速付けてみます」と嬉しそうに鏡に向かった一花ちゃんは顔の角度を変えながら一生懸命クリップを付ける位置に悩んでいるみたいだった。どこに付けたって可愛いよ、って喉からつい出そうになるが女の子にとっては大事な事だというのは理解しているつもりなのでクリップを付ける一花ちゃんをじっと見守った。


「手嶋さんに選んでもらってよかったです。なんだか髪が綺麗になったみたいで…」
「ははは、そりゃ光栄だ。まぁ元から綺麗だけどな、一花ちゃんの髪」


へへへ、と照れ臭そうに笑いながら一花ちゃんは髪に付けたクリップに触れた。本当によく似合っている。やっぱいい仕事したわオレ。

…この星のクリップを選んだ理由は、もちろん一花ちゃんによく似合いそうだからっていう理由だ。それからもう一つ…オレの好きな星のデザインを、彼女にも身に付けて欲しいと思ったから。お揃いみたいでいいからっていうのも、まぁ少なからずあったりするが何より、オレの選んだ物を一花ちゃんが身につけてくれる、それに言葉に出来ない位の喜びと優越感を感じた。まるで一花ちゃんの一番側にいるのはオレなんだと周りに知らしめているような気がして。全く、我ながらなんつー事考えてるんだと自分の事が心配になる。実際オレは一花ちゃんの彼氏でもなんでもない、部活の先輩で彼女の兄貴の相棒だってだけなのにな。


「あ!そういえば後夜祭っていうのがあるんですよね?」


さっきそんな話題が聞こえてきて気になって、と。


「ああ、一般公開時間が終わった後にやるやつな。後夜祭っつっても馬鹿げたことばっかやってるけど」


去年はやってたのは未成年の主張という名の暴露大会とか、一発芸コンテストだのそんなんばっかでただ騒ぎ足りない奴らが騒ぐだけのイベントだったな。…まあ、オレも青八木の隣でゲラゲラ笑ってた記憶はあるけど。
一花ちゃんは「そうなんですね」とぽつりと呟いた後、何やら言いにくそうに俯いていた。…もしかして。


「…行ってみる?一緒に」


もしかして行ってみたいのかと思って聞けば、一花ちゃんは目を丸くして見上げてきて、そして「はい!とにっこりと笑って大きく頷いた。



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