多分、一生忘れない
最近恒例となった一花ちゃんとの二人きりの居残り練習。今日の自ら課したノルマもこなして、愛車を携えて部室へと戻っていた。正直また家までチャリで漕がなくちゃならないのも、なんなら制服に着替える事すらヘトヘトで怠いと思っちまってホントオレって情けねぇな、なんて考えてしまう。けど、そんな疲れも部室にいる一花ちゃんの笑顔を見れば吹き飛んじまうんだ。彼女の明るい笑顔は本当に不思議だ。どんなに疲れていたってあの笑顔を見れば癒されるし、もう少し頑張ろうって気力が湧いてくるんだから。そんな事を考えていると重たくなっている脚が軽くなったような気がして、自然と歩く脚が速まる。

部室前の自転車ラックに一旦愛車をかけて、部室の扉に手をかける。この重たい扉を開ければ、きっと「お疲れ様です!」って満面の笑みを浮かべた一花ちゃんが振り返ってくれるんだろう、そう期待しながらを開けた。


「あ、手嶋さん…?」


オレの目に飛び込んできたのは、一花ちゃんの笑顔ではなく…大きな段ボールだった。いや、正確に言えばそれを抱えた一花ちゃんだった。おそらく備品が詰まっているであろう段ボールは小柄な一花ちゃんの顔を隠してしまう程で、思わずオレはその場に立ち尽くしてしまった。


「何、してんの…?」
「ちょうどいいから備品の整理をしようと思いまして…これ置いたらボトルとタオル用意するので、少し待ってて下さい!」


弾むような声のおかげできっと笑っているんだろうなって事はわかるけど、肝心のその笑顔が段ボールのせいで全く見えない。疲れているせいか、一花ちゃんの可愛い顔を隠しているそれに腹が立つ。うーんマジでどうかしてんな、オレ。
しかし段ボールに視界を奪われているせいか、それを運ぶ一花ちゃんの足はヨタヨタしていてこのままじゃ転んだりぶつかったりしかねない。


「一花ちゃん、それオレが運ぶ──」
「っ、わ!」


オレが運ぶよ、そう伝える前に、オレの前を通り過ごそうとした一花ちゃんの体が前に傾いて段ボールが宙に浮いた。


「っぶね!」


咄嗟に体が動いた。投げ出された段ボールは今はどうでもいい、一花ちゃんを受け止める事が今は何よりも最優先だ。この際体に触ることを許してくれよと思いながら、一花ちゃんの体を横から両手で肩と腹を支える形で受け止めた。直後にドスンと大きな音を立てて段ボールが地面に落ちたがそっちは後回しにする。とにかく一花ちゃんが転ばなくて良かった…ヒヤリとした一瞬だったが何もなくてよかったわ、思わずはーっと深く息をついた。
…しかし、やっぱ小せぇな…今抱えている肩幅なんかオレよりも二回りくらいは小さいんじゃないだろうか。けど……失礼だが腹の方は意外とその、ぷよぷよしてるっつーか…思っていたよりも……。着痩せするタイプだったのか?一花ちゃん……そんな事で彼女への気持ちが変わるなんて事はあり得ないけど、結構な衝撃というか……


「て、てててててしまさん…!!」
「ん…?」
「て、ててて、手が…!」
「…手……?」


きっと慌てて謝ってお礼を言ってくるんだろうなって予想を無意識にしていたが、一花ちゃんは顔をやたら赤くしていた。何回「て」って言ってんだよなんて笑いそうになったが…次の瞬間、そんなことはオレの頭から一瞬で消える事になる。


「ッ!!!」


一花ちゃん腹を支えたと思っていた手は、その上──彼女の体で一番主張している部分、小さな体には少々不釣り合いなふくよかなところ………つまり、胸を触っていた。いや、これは鷲掴んでいた…と言うべきだろう。
ぷよぷよしてんのは当たり前だ…!オレが感じていた感触は、一花ちゃんのその…おっぱい、なんだから…!
走った後で火照っている顔に、さらにかあっと熱が一気に集まるのを感じる。


「ッ、わりぃ!!」


咄嗟に両手を一花ちゃんの体から離して、思わず警官に銃を向けられてホールドアップする犯人のように肩の高さで手を掲げた。急に支えを無くした一花ちゃんは「わっ!」と声を上げてもたついたが転ぶ事はなかった。


「その、ワザとじゃねぇんだ…!これは事故でだな…!!」


ホールドアップのまま、必死かよと思うほど釈明するけど一花ちゃんは顔を背けたままこっちをチラリとも見てくれない。やばい。これはマジでやばい。いつも優しい一花ちゃんでもさすがにこりゃ怒るのも当然だ……もしこのまま目を合わせてくれないどころか口すら効いてもらえなかったらと思うと血の気が引くし、何より、嫌われるのが怖かった。


「…マジで、本当に、すみませんでした……」


頭を下げて謝ってみるが相変わらずだ。もう土下座するしか、いや土下座しなきゃと思い始めた矢先、一花ちゃんがようやくオレに顔を向けてくれた。…顔、すっげー真っ赤だ。こっちに顔を見せてくれなかったのは恥ずかしかったからか。


「わ、分かってます…あ、謝らないでください…!私の方こそ、ありがとうございました…」
「あー…いや。転ばなくて良かったよ…」


むしろ、ありがとうございますはオレが言うべきだろう。
胸を触ってたと気が付いた時はヤベェと思ったが……すげー柔らかくて触っている手が気持ちよかったし、ボリュームがやっぱすごかった。礼を言わなきゃなんねーのはオレの方だ。


「そ、それより段ボール!中身確認しなくちゃ…!」
「あ、ああ、そだな…!」


少し微妙な空気が漂うまま、二人で転がった段ボールの中身を確認して今日の居残り練習は終了した。

…やらかしちまったと思ったけど……同時にラッキーだとも思っちまった事は一花ちゃんには一生内緒だ。あの柔らかさは、多分ずっと忘れられないだろう。



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