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文化祭2日目、模擬店の当番を終えてすぐに着替えて交代のやつに衣装を託して教室を飛び出した。向かう先は当然そろそろ仕事を終えているであろう一花ちゃんの教室。彼女を待たせちゃいけないし、何よりあの男が既に彼女に接触していたらまずい。幸い一花ちゃんはアイツに自分のクラスも出し物の内容も教えていないと言っていたからそうすぐには接触出来ないはずだ。加えて幸いにも彼女のクラスのメイド喫茶は今泉効果ですごい行列のはず。とはいえ急いだ方がいいのは変わらない。
しかし人が多い。一般公開の今日は当然ながら1日目の昨日とは比べ物にならない程学校内に人がごった返して賑わっていた。しかも今年は去年よりも多い気がするのは気のせいじゃないだろう。その原因はきっと、オレ達自転車部だ。廊下を進みながらちらほらと『小野田』という名前をもう既に何度か耳にした。きっと来年入学を考えている中学生だろうな、こりゃきっと来年の新入部員は今年の比じゃないだろう。改めてプレッシャーを感じるよ、オレ達は全国一位で、そしてそれを引っ張って行くのはオレなんだと。途端に鳩尾のあたりがキリキリとし始めるけど、今日オレが頑張らなくちゃいけないのは一花ちゃんを守る事だ。どうかまだあの野郎が一花ちゃんに接触していませんようにと祈りながら人の合間を縫って彼女のクラスへと急いだ。


「すみません…!すみません…っ」


前方からオレと同じようにわたわたと急いでいる様子で謝りながら人を避けながら進んでくる女の子がいた。あの小柄な姿、あの声。間違いなく一花ちゃんだ。


「一花ちゃん!」


呼んだ後で周りの喧騒に掻き消されてしまうかもと思ったが彼女はしっかりとオレの声を拾ってくれて、ぱあっと顔を明るくしてオレの名前を呼びながらこっちへ人を避けつつもまっすぐに向かってきてくれる。その姿の可愛らしさにぎゅっと心臓を掴まれたような感覚になりつつもいつもと変わらない笑顔に何も無さそうで良かったとホッとした。


「よかった。何とも無かったみたいだな」
「はい。まだあの人の姿も見てないですし、特に変わったこともないです」


一先ずはよかった。あとは今度こそオレがしっかり彼女を守ってあげなくちゃいけない。オレ1人じゃ頼りないかもしんねぇけど、もうこれ以上あいつの独りよがりな感情で一花ちゃんに辛い思いをさせたくない。


「あの…本当によかったんですか?今日私と一緒で……」
「何言ってんだよ。今日はオレから言い出した事だろ?」
「それはそうですけど……やっぱりなんだか申し訳なくって」


さっきまで明るい表情を浮かべていた一花ちゃんは不安そうに眉を八の字にしてオレを見上げてくる。そんな顔も可愛くて仕方ないけど、今はそんな顔をしないで欲しい。


「あの男の事があるから、こんな事言うのはどうかと思うけど……今日すげー楽しみだったよ、オレは」


いつも通りの口調でそうは言ったが、実際は一花ちゃんとの文化祭が楽しみです仕方なかった。昨日なんか緊張と楽しみで逸る気持ちが入り混じってなかなか寝付けなくて、高校生にもなってまるで遠足の前日の子供みてーだなって自分で笑っちまったんだから。なんて素直に言うのは流石に恥ずかしいしカッコつかねぇから言えねぇけど。


「よかった……私も今日はすごく楽しみだったんです」


さっきまでの不安げな表情から、へへ、と嬉しそうにいつも通りの笑顔に変わる。オレの一言でこんなに表情をころころと変える一花ちゃんが愛おしくてたまらない。だからこそ一層守りたいと思うし、絶対に彼女を悲しませたり傷付けてしまうような事はしたくない。


「あの男を警戒しなきゃいけねぇってのは分かってんだけどさ、せっかくなんだからオレは一花ちゃんに楽しんで欲しいんだ」
「手嶋さん…」
「だから、アイツの事はオレに任せて一花ちゃんは楽しむことを考えていてくれ」


はじめての高校の文化祭が警戒しなきゃいけない状況っていう時点でもう最悪だけど、それでもオレは一花ちゃんに文化祭を楽しんでほしい。一番やんなきゃいけないのは彼女を守る事はもちろんわかっているが楽しませる事も今日のオレの仕事だと思っている。一花ちゃんにとってそんな状況じゃないのはわかっているけど、少しでも楽しめたと笑ってもらえれば。


「私は手嶋さんと一緒っていうだけで、もう十分楽しいですよ」


ああ、もう、マジでオレは一花ちゃんには敵う気がしねぇわ。
どうして彼女はこうもオレの一生懸命取り繕った平静を乱すような事を屈託ない笑顔で平然と言うんだ。無自覚で言っているであろうから余計にタチが悪い。何も考えなくていいならこの場で好きだと伝えてこの小さな体を腕の中に閉じ込めてしまいたい衝動に強く駆られるが次の瞬間には頭の中にいる冷静なオレが「オレが今1番大切にしなくちゃいけないのは何だ」という言葉を投げかけてくる。んなこと分かってんだよ、例え気持ちが通じたとしても今は彼女を1番に出来ないって。オレの彼女になって欲しいけどオレには部活が1番なんだって、そんなの都合が良すぎるだろ。


「それに、私も手嶋さんに楽しんでもらえたらって思ってるんです。だから一緒に警戒して、一緒に楽しみましょうよ」
「…ああ、そうだな。一緒に、だな!」
「はいっ!」


一度乱されかけた平静をもう一度取り繕ったつもりだったが、多分今オレは腑抜けた顔をしているんだろうな。やっぱり、オレは一生一花ちゃんには敵いそうにない。だけどいつだって優しくて明るくてあったかい彼女の事が好きで堪らなくて、胸の底から沸々と喜びと愛おしさが込み上げてきて思わず涙が出そうになるなんてどうかしている。とにかく、今日は一花ちゃんに危害が及ばないように楽しんでもらう事だけを考えよう。


「んじゃ、そろそろ行くか。一花ちゃん腹減ってんだろ?」
「えっ…!お、お腹の音、聞こえてました…?」
「んにゃ、なんとなくそうかなってさ。この人混みで聞こえてたらそりゃ相当デカイ腹の虫だな」


とっさに両手で腹を押さえて恥ずかしそうな顔をしているから、きっとずっと腹の虫が騒いでたんだろうな。本当にわかりやすいし、そんな所もやっぱ可愛い。
とりあえずはお互い腹を満たそうと食べ物の屋台が集結している中庭を目指すことに決めて、2人で人混みの廊下を並んで進む。当然アイツがこの人混みに紛れていないかも注意しつつ。


「そうだ一花ちゃん、これよかったら」


鞄から取り出して一花ちゃんに手渡したのは透明の袋に入れてラッピングしたオレのクラスの模擬店で出していたスコーン。大分作ったおかげで余りが出そうだったし、自分で作ったやつならいいだろうとこっそり1セット持ち出してきた。


「え、いいんですか…!?」


スコーンを見つめる一花ちゃんの目がキラキラとし始める。昨日うちの模擬店に来てくれた時におかわりする位に美味しいって喜んでくれて、オレも作り手としてすげー嬉しかったし、また食べてほしいと思った。


「ああ。かなり余りそうだったからお土産に持ってきた」
「わー…!ありがとうございます!また食べたかったんです、手嶋さんのスコーン!」


家でまたじっくり味わいます、とニコニコしながら一花ちゃんはスコーンを大事そうにカバンに仕舞い込んだ。昨日も思ったけどオレの作った物でこんなに喜んで貰えるなんて嬉しい限りだ。好きな子に手作りのお菓子を食べて喜んでもらえるってこんなに嬉しいのか……なんだかバレンタインの女子みたいな気分だ。


「手嶋さんって、ほんとに何でも出来ちゃうんですね。お菓子まで作れちゃうなんて」
「簡単なもんしか作れねぇよ。これだってそんなに手間は掛けてねぇし」
「それであんなに美味しいものが作れるのがすごいんですって」
「そうか?一花ちゃんならもっと上手く作れそうだけどな」
「いやぁ…それは…」


なぜか一花ちゃんは気不味そうに視線を逸らした。この反応を見るに、どうやらあまりお菓子作りは得意じゃないのかもしれない。マネージャーの雑務をこなす姿を見ていると意外だけど、たしかにどちらかと言えば彼女は食べる方専門のイメージが強い…っていうのは今は言わないでおこう。


「こんな話してたら余計お腹空いちゃいましたね!早く中庭行きましょう!」
「はは、わかったわかった。けど落ち着いてな?」


今にもこの人混みをかき分けていくんじゃないかって勢いの一花ちゃんを軽く宥めてから、何気なく後方をチラリと確認する。
そして見つけた、見つけてしまった。人に隠れるようにしてこっちを睨み付けるような顔で見ているあの粘着男の姿を。



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