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うちのクラスの模擬店のメイド喫茶の当番を終えて、いつもの制服に着替えて次の子にメイド服を託して教室を出るとまるで別の場所に来てしまったんじゃないかと疑う程賑やかな世界が広がっていた。
いつも見ている灰色の廊下はカラフルなパーティーグッズなどで彩られているし、普段は騒いでいるとすぐ先生に叱られてしまうけど、今日ばかりは先生達も何も言わないからガヤガヤと賑わっていた。何よりも驚いたのは高校の模擬店のレベルの高さ。まだ通り過ぎる教室の中をちらりと横目で覗くだけで実際に中には入ってないけど、中学の文化祭じゃやらせてもらえないだろうなと思うような模擬店がいくつもある。すごいなあ、高校の文化祭って。
去年、まだ中学生だった私に想像出来たかな。ありふれた無難な高校生活が送れればと思っていた私が、まさかお兄ちゃんとその相棒の人の走りに惚れ込んで、マネージャーになる為にお兄ちゃんと同じ高校に来て、またロードバイクに目を向けて。
しかもその相棒の人を好きになっちゃって……明日、文化祭を二人で周る事になっただなんて。例の彼のせいで夢見ていたようにはきっといかないだろうけど、ドキドキして爆発してしまいそう。

それよりも今はこれからを楽しまなくちゃ!
いつもお昼を食べている中庭に出て、今日一緒に周る約束をしている幹ちゃんと綾ちゃんを待った。中庭にも焼きそばとかフランクフルトとかの屋台が出てるだけあって食欲を刺激してくるにおいが漂っている。働いてお腹ぺこぺこになってる時にこれは拷問すぎる。早く2人とも来ないかな、このまま待ってたら中庭の屋台を制覇してしまいかねない。


「一花ちゃーん!お待たせ!」


声のした方を見ると幹ちゃんと綾ちゃんが手を振りながらこっちに向かっていた。私も2人に「今来た所だよ」と手を振った。よかった、すぐに来てくれて。


「んじゃ、行こっか」
「そうだね、行こうー」
「え?どこに?」


顔を見合わせて笑っている。2人とはまだ一度もどこから行こうと相談していない。もう2人で先に決めちゃったのかな…そりゃあ私はまずは何か食べさせてもらえればどこでもいいと思ってるけど、一言欲しかったな。なんだか除け者にされてしまったみたいで寂しい。


「え?何言ってんの」
「ふふふ、決まってるじゃんー」


2人は私に意味ありげな笑顔を向けて、そして声を揃えてこう言った。


「「手嶋さんのとこ」」






ニヤニヤした笑顔を浮かべた2人にまるで引っ張られるようにして連れてこられた、手嶋さんとお兄ちゃんのクラスの合同の模擬店。今日絶対手嶋さんが当番の時に行くと決めては居たけど、いざとなると心臓がバクバク騒いで緊張から足が重たい。「ちょっと待ってね…!」という私の言葉を無視して私を引っ張った。
心の準備が出来てないまま来た2人のクラスの模擬店のカフェは、幸いなのか不幸なのか、あまり混んで無くてすぐに入る事が出来て白いテーブルクロスの引かれた席に案内してもらった。2クラス合同という事もあってか、内装がとても手が込んでいる。外国にあるようなお洒落なカフェをイメージしていると手嶋さんとお兄ちゃんからぼんやり聞いていた通り飾り付けも上品で凝っているし、それに働いている先輩達の服装も黒いベストに黒いエプロンで本当にお洒落な街にあるお洒落なカフェに来たような気分になる。うちのクラスの『女も男もメイドさん』なんてコンセプトが一層ふざけてるように思えてくるなあ…。


「いらっしゃい。来てくれたんだな」


ぼんやりと周りを見渡していると、よく知った声が突然耳に入ってドキリと心臓が跳ねて、ちょっとだけ落ち着いたと思ったのにまたドキドキと騒ぎ始めた。それを無視してその声の方を見上げると他の先輩達と同じく黒いベストに蝶ネクタイ、黒いエプロンとスラックスを身に付けて波打つ髪を後ろで一括りにしていつものように微笑む手嶋さんがいた。


(かっ…こいい…!!)


いつも制服姿か部活の時の姿しか見てないから尚更だ。手嶋さんのカフェ店員姿、こういうのってギャルソンさん、っていうんだっけ…とにかくその姿にドキドキしてしまって彼の顔をいつも以上に直視する事ができない。こういう格好きっと似合うんだろなーと考えていたりしたけど、実際は想像以上に似合っててすっごいカッコいい。後で写真とか、撮らせてもらえないかな……。


「これ、メニュー」


手嶋さんにばかり目が行ってしまって気がつかなかったけど、その隣にお兄ちゃんもいて私達のテーブルの上にラミネートされたメニューを置いた。
意外とお兄ちゃんもギャルソン姿似合ってるなあ。っていうか……普通にカッコいい。


「おすすめはこのブレンドティーな。フルーツ系だから飲みやすいと思うぞ」
「さすが手嶋さん!紅茶詳しいんですねー。じゃあ私はそれで」
「あ、私も。紅茶よくわかんないし……」
「はい、かしこまりました…っと。一花ちゃんは?」
「え、あ、えっと…!わ、私もそれで…!」


緊張でいつも以上に吃ってしまってすごく恥ずかしい。手嶋さんと普通に話せている幹ちゃんと綾ちゃんが少し羨ましいな。けど仕方ないじゃない、手嶋さん、本当にかっこいいんだから。小さいバインダーを片手にスラスラと注文を書いてる姿すらかっこよくて、ずっと見てたい。なのにドキドキに負けてつい目を逸らしてしまう。


「…あとスコーン、おすすめ」


手嶋さんの隣にいるお兄ちゃんがすっとメニューの“手作りスコーン”の文字を指差した。お兄ちゃんがおすすめしてくるなんて意外だ。けど丁度お腹も空いてるし、それも欲しいと言えば頷いた手嶋さんがまたスラスラとペンを走らせる。


「んじゃ、少々お待ち下さい」


片目を瞑ってそう言った手嶋さんは踵を返して、お兄ちゃんと一緒に模擬店内の奥の方にあるパーテーションの方へ向かっていく。きっとあの奥で注文の入った紅茶やお菓子を用意しているんだろう。小さくなっていく背中を眺めながらあんまり話せなくて名残惜しいなと思ったけど、今はお仕事中だから仕方ない。
…お仕事だから仕方ない……とはわかっているけど、パーテーションへ向かう間に手嶋さんは他の席に座っている女子生徒やお揃いのカフェ店員姿の先輩達に次々に「手嶋ー!」と声をかけられている。それも親しそうに。軽い挨拶だったり、少し話し込んでいたり…。他の女の子と仲良さそうな様子を見て、手嶋さんはやっぱり同級生にも慕われているんだなあと部活中じゃ見れない彼が見れた事への嬉しさ反面、なんだかモヤモヤしたような、ザワザワするような、色に例えたら灰色の物が胸に流れてくる。これが所謂やきもちなのかもしれない。
もしも私がお兄ちゃんと双子とかで、手嶋さんと同級生だったらあんな風にもっと親し気に話せたのかな。手嶋くん、なんて呼んじゃったりして。
……だめだ、想像しただけでも顔から火が出そう。


「一花ー、顔真っ赤だぞー」
「ふふふ、一花ちゃん可愛いねぇ」


向かいの2人を見れば、ニヤニヤとした笑みを私に向けていた。そんなに露骨に顔赤くなってるのかな…!?とにかく恥ずかしすぎる、手嶋さんが来るまでにどうにか顔の熱を鎮めようと両手で頬を抑えるけど掌も熱くてまるで効果がない。早く落ち着け!と頭の中で念じてみるけど、やっぱり効果はない。
そうしているうちにティーセットを乗せたトレンチを持った手嶋さんとお兄ちゃんがこっちへ戻ってきてしまう。なんとか平常心を取り繕わないと…!


「お待たせ致しました」


平常心を、と思ったのに部活じゃ耳にすることのない畏まった言葉遣いの手嶋さんにまた心臓が騒ぎ出してしまう。そんな些細な事で心臓がバクバクで破裂してしまいそうなのに、ティーポットとカップを手にした手嶋さんはティーポットを持った右手を頭よりも少し高い位置まで掲げながら左手のカップに紅茶を注ぐ。まるで2人組の刑事ドラマの紅茶好きの渋い刑事みたいだ。
あんな高い位置から注いでるのに、少しも溢れることなくふわりといい香りを立ち込めながらカップに収まる紅茶。当然私達は「おおー」と感嘆の声を揃えた。こんな難しそうな事を顔色一つ変えずに余裕そうにやってしまえる手嶋さんが凄すぎて、当然私の心臓はもう今にも飛び出しそうだし、かっこよすぎてつい口角が上がってしまう。それと鎮まれ!と念じていた顔の熱は下がるどころかさっきよりずっと熱い。


「ゆっくりティータイムを楽しんでくれ」
「は、はい…あ、ありがとうございます…!」


コト、と目の前に置かれたティーカップの中の紅茶に映る私の顔はなんとも間抜けだった。


「あとスコーンだよな?口に合うといいんだけど」
「え?」
「…それ、純太が作った」
「ええ!?」


ずっと手嶋さんの隣でトレンチを持ったまま静かにしていたお兄ちゃんが何故か得意げだ。だからお兄ちゃん…おすすめだなんて似合わない事をしてきたのか…!私が喜ぶと思って!なんだか悔しいな、私が手嶋さんの事好きってお兄ちゃんにバレてるみたいで……。いや嬉しいよ、まさか手嶋さんの手作りお菓子が食べれるだなんて夢みたいだし、それ最初に知ってたらもっと注文してたのに!


「え、手嶋先輩女子力高すぎません!?」
「本当、お店で売ってるみたい!」


綾ちゃんと幹ちゃんの言う通り。お店で売ってたのかなって思うくらいに手嶋さん作の丸いスコーンはつるんと綺麗な形をしている。私やお兄ちゃんが作ったら絶対こうはいかないだろうな…本当、手嶋さん凄すぎる…。


「食べるの、なんかもったいないです…」


思わずぽつりと溢れてしまった言葉に手嶋さんはふはっと笑い声を漏らした。
だって本当にもったいない。手嶋さんの手作りってだけで私にとって高級なお菓子以上の価値がある。それをお腹に収めてしまうなんて……だけどそれに反して早く食べたいとぐうぐう騒ぐ空っぽのお腹。


「オレとしては、食べてもらって感想聞かせて欲しいんだけどな」
「…!た、食べます、ちゃんと!感想も!」
「ハハッ、それなら良かった」


食べるのもったいないけど、食べないのももったいない。
…すっごい味わって食べよう、手嶋さんの手作りスコーン。




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