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「…っつー事があってさ。いやーマジびっくりしたわ」


放課後、部活に向かう道すがら青八木に昼休みでのことを話した。廊下で出会った彼女の事が気になって、あれから授業どころじゃなかった。

気になった…っつっても恋に落ちたとかそういうのじゃない。すげー可愛い子だったけど……だからこそ気になっていた。そんな可愛い子が何でオレの名前を知ってたのかっつーのが大半の理由、あとは彼女誰かに似てる気がするけど思い出せないっつーモヤモヤ。
後者は多分随分前に見たマンガの週刊誌のグラビアアイドルとかだろう、よく思い出せねーけど。
問題は前者の方だ。これは考えても全然わかんねぇ。今日の部活紹介で舞台に上がったのは3年の先輩たちだけだったし、2年のオレらの名前も上がってない。色々理由を考えたけどマジで思いつかない。
…もし、すこし可能性がある事といやあ──


「…レース、観てたとか」


青八木の言う通り、その子がレースを観に来ていた可能性だ。


「オレもそれは考えた。けど、多分そりゃありえねぇよ」


レースなんて自転車に興味なきゃ来ないだろう。仮にもしも彼女がロードレースが好きで偶然オレが出場しているレースを観ていたとしても、オレの順位は下の方だ。表彰台に登ってる青八木ならともかく、他の選手に埋もれるオレを覚えてるなんて事は多分無いだろう。


「けど、手嶋はいつもオレを勝たせてくれる。…すごいヤツだ、おまえは」
「それに気付いてオレの事知った…って?いやいや、ねーだろ。つーかそんなに褒めんなよ」


んなことより、部活急ごうぜ。そう青八木の肩を叩いてオレ達は部室へと急いだ。
…次彼女に会えたら、何でオレのことを知っていたのか聞いてみよう。もし本当にオレらのレース観てて、それでオレのこと知ったっつーなら嬉しいけどな。それもあんな可愛い子に……ま、多分ありえねぇけどな。

なんていう夢みたいな事を考えていた矢先、青八木が小さく「あ」って何かを思い出したように声を発した。


「どうかしたか?青八木」


忘れ物したか?って聞けば何も言わずにふるふると首を横に振った。


「…妹、今日部活来るって」
「お、マジ!?やっと会えるんだな、おまえの妹ちゃん」


正直昼休みの件ですっかり忘れてた…っつーのは青八木には秘密だ。
一体どんな子だろうな、青八木の妹ちゃん。……やっぱちょっと目付き鋭くて、無愛想で無口な感じの青八木の女の子バージョンしか想像できねえ……。






っかれーっす、そういつものように挨拶しながら年期の入った部室の鉄製の扉を開けると金城さんに向かい合うようにして田所さんと巻島さんが並んでいた。いつものミーティングの時の並び方だ。金城さんの影に隠れていて見えないけど、多分青八木の妹ちゃんがいるんだろう。微かにうちの女子制服の黄色いスカートが覗いている。


「おう、来たな手嶋、青八木」


早く来い、そう田所さんに急かされるままオレと青八木も2人に並んだ。ようやく青八木の妹ちゃんがどんな子かわかるんだな、とワクワクしながら。


「え…!」


金城さんの前に立って、彼女の姿を確認して……思わず大きく声を上げた。当然オレに集まる先輩達の視線。


「どうかしたか、手嶋」
「え、あ…い、いえ…!」


すんません、と軽く金城さんに頭を下げた。

…めちゃくちゃ驚いた。だって、今金城さんの隣に立っているその子は──昼休みからずっとオレの頭から離れなかった、廊下でぶつかった彼女だったからだ。

オレと目が合った彼女は眉を下げて少し恥ずかしそうにはにかんで軽く会釈をしてきた。
まさか…こんなに早くまた彼女に再会できるなんて思いもしなかった。ここにいる…っつーことはロードに興味あるって事だよな?もしかしてマジで青八木の言う通りレースでオレのことを知ったのか…?そう思うと、とくんと鼓動が高鳴って胸の奥が熱くなった。

その彼女の隣にもう1人、長い茶髪の女の子がいた。彼女もマネージャー志望なんだろう。去年までマネージャーなんていなかったのに、今年は2人も入ってきてくれんのか。嬉しい事だ。

しかし…2人ともまるで青八木に似ていない。オレの想像していた女の子はこの場にはいなかった。青八木が嘘つくとも思えねぇし、なんか勘違いしたのか…と思って隣の相棒をチラ見するとほんの少しだけ気恥ずかしそうな顔をしていた。その顔を見て、オレは確信した──この2人のどっちかが、青八木の妹なのだと。


「2人ともマネージャー志望だ。…2人とも、自己紹介を頼む」


はい!と普段部室じゃ聞くことのなかった女の子の高い弾むような声が響く。


「はじめまして!寒咲幹です!」


最初に挨拶をしたのは茶髪の子の方だった。
彼女はいつもオレ達がお世話になってるOBの寒咲さんの妹で、先輩達の事を知っていたりとかなりの自転車オタクのようだった。
この子は青八木の妹じゃなかった…って、事は。


「はじめまして、青八木一花といいます!マネージャーは初めてですが…よろしくお願いします!」


昼休みの時には想像もしなかった。
まさか──あの時の彼女が、青八木の妹だったなんて。



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