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普段は無機質な灰色の廊下は、文化祭初日の今日は薄紙で作られた花や鎖状に繋げられたカラフルな折り紙やらで派手に彩られている。それからガヤガヤと賑わって普段以上に騒がしい教室前、呼び込みのために派手な看板を持って奇天烈な格好をした生徒たち。そんな非日常的な校舎内を眺めながら、一年って早ぇなって思う。
去年初めて高校の文化祭の賑やかさを知ってからもう一年経ったなんて……あの頃オレは何を考えてたっけな、今と変わらず自転車の事ばかり考えていたのは確かだ。今と同じく青八木と一緒に校内を周りながらも会話は専ら自転車の事ばかりだった気がする。
もしもあの時のオレに、「キャプテンになるんだぞお前」とか「インターハイ、出れなかったわ、ワリ」とか…これはむしろ明日のオレに言うべき言葉だが、「お前、来年好きな子と文化祭周れるから頑張れよ」なんて言ったらどんな反応をするだろうか。多分情報過多で頭パンクするな。


「楽しみだなー、一花ちゃんのとこ。青八木はもう見た?…一花ちゃんのメイド姿」
「いや…試着はしていたみたいだけど」


一花ちゃんが自分から見せるわけねーか。文化祭前日の昨日だって「メイド服恥ずかしい!」なんて言ってたもんな。彼女と同じクラスで、同じくメイド服を着なきゃいけないらしい今泉は恥ずかしがるどころかこの世の終わりみてーな顔をしてたけど。
今泉はともかく、オレは一花ちゃんのメイド服姿をめちゃくちゃ楽しみにしていた。彼女の口からメイド服の話題が出る度につい口元が緩んじまって、何度青八木に「純太、口」と言いたげな視線を送られたことか。
絶対可愛いだろうなあ、一花ちゃんのメイド姿!だってすげー想像できる、黒と白のヒラヒラに身を包んで、「おかえりなさいませ」とはにかむ一花ちゃんの姿が。もう想像だけで可愛すぎてやばい。
早く実物が見たい、一体どんなメイド服を着てんのか楽しみだ。ロングも捨てがたいがやっぱ一花ちゃんにはミニ丈が似合うと思うんだよな、うん、やっぱミニ丈一択だわ。きっと実物はオレの妄想…いや、想像なんかよりもずっと可愛いだろう。ついつい彼女の教室へと向かう脚が速まる。


「早く行こうぜ青八木!」
「楽しそうだな、純太」


そりゃ楽しみにもなるってーの!好きな子のメイド服姿が見れるなんて、最高じゃねーか。ちょっとばかし煩悩が騒ぎ出すのだって仕方ないと思うんだよな、こんな機会きっと今だけだろうし。







「ぶふっ…!」
「…ぷっ」
「………ッッ」


きっと並んでいるだろうなと予想した一花ちゃんのクラスのメイド喫茶は、予想通りなかなかの列を作っていた。その大半は女の子ばかりで、彼女達の目当ては当然メイド服姿の今泉だった。列に並んでいる間、ずっと「今泉くん」って単語を前からも後ろからもひっきりなしに耳にしていた気がする。いやあ、女装しても女子人気があるなんて羨ましい事だ。

長かった順番待ちの列も漸く流れて、とうとうオレと青八木がその先頭に来た。どんな感じなんだろう、と何気なくピンク基調に飾り付けられた教室の中を覗くとなんともタイミング良く白と黒のヒラヒラしたメイド服を着た今泉とばっちし目が合って、堪えきれずに青八木と同時に吹き出してしまった。一花ちゃんに教えてもらった『男も女もメイド』というコンセプト通りマジでメイド服着てたよ、しかもなんとミニ丈だ。いやー、さすがうちの部のエースだわ!日頃ロードで鍛えてる引き締まった脚がなんとも眩しいぜ。顔を真っ赤にしてプルプル震えちゃってよ…いやあ、普段クールな今泉の新しい一面を見たな。


「なんでいんスかあんたら!」
「あー、安心しろって!オレら今泉…いや、俊子ちゃんか?とにかくお前に会いにきたんじゃないからさ!な、青八木!」
「意外と似合ってる」


青八木のその一言でオレはまたぶはっと吹き出した。真面目に褒めているんだろうがこの状況じゃあ褒め言葉になってないんだわ、青八木。こっちを睨みつけていた今泉の顔も一層赤くなって、「さっさと帰って下さいよ!」と吐き捨てるように叫んで足速にオレ達の前からいなくなった。


「帰れ、って言われてもなー。オレらまだ入ってもねぇんだよな」


青八木が頷いた直後、目の前からよく聞き慣れた可愛い声が聞こえた。


「…おかえりなさいませ、えと…ご主人様。お待たせ致しました」


時間が止まったような感覚に陥った。その声は紛れもなく一花ちゃんの物だった。
彼女はフリルをたくさん付けた黒と白のメイド服を纏っていて、ありがたいことにミニ丈だ。それもレースの付いたニーハイソックスのコンボ。裾についた白いフリルと黒いニーハイの間から見える脚の肌色がなんとも眩しいし、恥ずかしそうにはにかむ姿はとんでもなく可愛らしい。普段から可愛い一花ちゃんだけど、今日は凄まじい破壊力だ。いや、マジで可愛すぎる…!あー、マジでオレ今日まで生きててよかったわ!


「へへへ…本当に来てくれたんですね」
「…純太が楽しみにしていた」
「………」
「…おい、純太」
「へ!あ、わ、わり…!」


いつも以上に可愛い一花ちゃんに見惚れて思わず固まっていたようだ、危ねぇ。青八木に小突かれてようやく意識を取り戻す事が出来た。


「ちょっと照れくさいですけど…来てくれて嬉しいです。お席案内しますね」


ふわっと笑った一花ちゃんに案内された席に青八木と向かい合わせで座って、席に置かれたコピー用紙をラミネートした手書きのメニューに目を通す。
ラインナップは普通のオレンジジュースとか紅茶とか、あとはケーキが2種類程。まあ文化祭だし、こんなもんだろうなという印象だ。けどその中に一つ馴染みのない物があった。


「このチェキってあれだよな、撮ってすぐ出てくる写真」
「はい、そうです!これ今のところ一番人気ですね」


今泉くんのファンの子達に。と言った一花ちゃんの視線が今正にそのチェキを女の子と並んで撮っている今泉に向けられる。側から見たら羨ましい光景だが今泉の顔は完全に死んでいる。女子はあんな顔でも喜ぶのか…。
しかしこれ大丈夫なのか、一人一枚限定らしいけど“一緒に撮るメイドを指名できます”とも書いてあるし…もし明日例の男が来て一花ちゃんと撮りたがったらと思うとゾッとする。


「ちなみに、今日だけのメニューなんですよ。明日だと今泉くん大変なので」


今日だけのメニューなら安心だ。もちろん今泉の事じゃなくて一花ちゃんの危険になり得る可能性が一つ減った事が。
けど確かに、総北の生徒しかいない今日だけでもあんなに女子が群がってきてんのに、他校生も入れる一般公開でも撮れるってなったら今泉のヤツ大変だろうしな…それと一花ちゃんもだ。メイド喫茶に来ている生徒の大半は今泉目当ての女子ばかりだがそれに混じって男もそれなりにいるし、そいつらの大半の視線は今オレ達の接客をしてくれている一花ちゃんに向けられているのは気のせいじゃないだろう。やっぱ居るんだな、一花ちゃん目当ての男。そりゃこんな可愛い子がメイドだなんて見に行く以外の選択肢はねぇもんな。やっぱ彼女はモテるんだなと再認識したと同時に、胸の奥底から何かドロドロとした綺麗とは言えないような物が沸々として込み上げてくるのを感じた。


「青八木、決まった?」


ドロドロした何かに気が付かないフリをする為に、青八木に確認するとチョコケーキと紅茶にすると言った。オレも同じ物をと一花ちゃんに伝えるといつものように弾む声で返事をしてくれる。彼女のこの可愛い返事も、メイド姿の今日は一段と可愛い。


「あとそれから…チェキ一枚」
「はい、チェキですね。ふふ、今泉くんすごい嫌がりそうですね」
「はは、たしかに!オレも撮るなんつったら暴れそうだよなー…けど今泉じゃなくてさ、一花ちゃんにお願いしたいんだ」
「え…!わ、私ですか…!?」


今泉のメイド写真持ってりゃ何かと便利かもしんねーけど、流石にそれは後輩いじめが過ぎる。何より男のメイド撮っても面白くねぇし、好きな子のこんな可愛い姿、形にして残したいと思うのは当たり前だろう。


「…なんか、まずかったか?」


慌てている一花ちゃんに訊ねると「えっと…」と口籠って視線を泳がせた後、恥ずかしそうに「大丈夫です」と頷いてくれた。


「良かった!じゃあ青八木とオレと…3人で」
「…オレはいい」
「え?折角だしお前も写ろうぜ?」
「いい」


青八木はキッパリと言い張った。この口調の時はどう説得してもダメだ、嫌だと言って聞かないだろう。元々写真に映るのが苦手な青八木だけど、一緒に撮ろうと言ってこんなにハッキリキッパリとした口調で断られた事は初めてだった。きっとオレに気を遣ってなんだろう、一花ちゃんと2人で撮ったらいいという。今更だがこうして青八木に恋愛関係で気を遣われるのはなんともいえない不思議な気分だ。青八木の恋路をアシストしてやる日が来たりすんのかなとぼんやりと思っていた事もあるがまさかオレの方が青八木に気を遣われるなんて。
けど、今はありがたくその気遣いに甘えさせてもらおう。


「えー!なんだよもったいねーなあ、折角メイド喫茶に来たのに!んじゃあオレと2人でお願い出来ます?メイドさん」


アホみたいな口調でいかにも浮かれてます、みたいに取り繕ったのは破裂しそうな位に騒いでいる心臓を誤魔化す為だ。折角なんだ、文化祭っていう非日常的な今くらいは部活の事とか、一花ちゃんへの気持ちを抑えなきゃとか…そういうの全部忘れて浮かれる事を許して欲しい。


「は、はい…!」


顔をほんのりと赤くして笑いながら弾む返事をしてくれる彼女はやっぱりすっげー可愛い。何も考えなくていいなら、今すぐにでもこの笑顔を独り占めしてしまいたいだなんて考えちまうんだから恋ってやっぱ怖えって思う。


「えっと…、そしたらチェキ準備してくるので、ちょっとだけ待ってて下さい」
「ん、りょーかい」
「そ、それと、あの……」


視線を泳がせたりして何やらもじもじしてる一花ちゃんに「どした?」と声をかけると彼女は頬の赤をほんのり濃くして、意を決したようにオレを見た。


「と、撮ったチェキ、後でスマホで撮らせてもらってもいいですか…!?」
「へ…?」


あんまり真剣だったから何事かと思ったら、そんな事かと思わず目をぱちぱちと瞬かせた。けどこんな事を言ってくるなんてもしかしたら一花ちゃんもオレと2ショットを撮るのが嬉しいんじゃないか…なんて自意識過剰すぎるだろうか。
もちろんだよ、と答えると一花ちゃんはぱあっと顔を輝かせて笑った。…はあ、やっぱ可愛いわ、これから撮るチェキは一生の宝物になる事間違いないな。



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