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青八木から一花ちゃんの事を任された時、オレは内心大きなガッツポーズを決めていた。
当然あいつのメカトラのおかげでとかそんな事は思っちゃいないって事だけは断言しておこう。守るから、なんてカッコつけた事言っておいて実際にオレが出来たのは家に招いて男と鉢合わせないように駅を使わずに帰したことだけ。それもオレが送り届けたわけじゃなくて、車を出してくれて母さんが彼女を送り届けた。もちろんその時オレも一緒に車に乗っていたけど、オレが直接してやれた事じゃない。
だから今こうして、彼女を守るために一緒にいれる事が嬉しかった。

バスの中、隣に座って何やら照れ臭そうな表情をしてオレから顔を隠すように俯いている一花ちゃんを見ながら、しっかり守ろうと改めて強く思った。


…はず、だったんだが。


電車がすぐに来るなら一花ちゃんの手を引いて男を無視してさっさと電車に乗り込もうと考えていたが、彼女が乗る電車が次に来るのは10分余り。そしてバス停から改札口までは階段を昇って一直線だし、電車がすぐ来ねぇのにホームに降りて追いかけて来られたら厄介だ。
ならギリギリまでここでコイツを引き止めて、一花ちゃんをすぐ電車に乗せる方がいいと思った。コイツと話してどういう奴なのかを把握して、今後の対策も考えられるかもしれないし。当然その間一花ちゃんと一言も会話をさせるつもりはない。バス停に着いて彼女の姿を見るなり駆け寄って来た男から隠すように一花ちゃんの前に立った。

ここまでは、計画通りだった。



「…あなたこそ自転車部のみんなのこと、何も知らないのに侮辱するのやめて下さい!」


背中で男から隠すようにしていたはずの一花ちゃんは、スッとオレの後ろから出て男を怒鳴りつけた。
眉をキッと釣り上げて睨みつけている一花ちゃんの顔を見ながら、男は驚いたのかぽかんと口を開けて間抜けな顔をしてピタリと硬直していた。思いっきり吹き出してソイツを笑ってやりたい所だけど、生憎オレも同じく間抜けな顔をしている自信があった。あまりにも突然だったし、一花ちゃんの気迫に驚いてしまった。
青八木と喧嘩していた時もこうして怒る彼女はなかなかの剣幕だったけど、今回はそれ以上だ。いつも明るく弾むような可愛い声で話すその声も、今は噛み付くようなそれだ。

好き勝手に一花ちゃんには運動部はふさわしくないだとか、運動部はバカだとか曰う男に対してオレも沸々と湧き上がる怒りを感じていた。
うちの部員達がどんな想いで毎日走っているかも知らないのに、好き勝手侮辱されて腹が立たないはずがないし、何よりまるで一花ちゃんは自分の物だ、彼女の事は自分が一番理解しているとでも言うような口振りに思わず「ふざけんな!」と怒鳴ってしまいそうな怒りを感じた。
けど、ただでさえ男の怒声のせいで周りの視線を集めてしまっているのにここで怒鳴ってしまったらきっと騒ぎがでかくなってしまうし、コイツを更に逆上させてしまうだろう。そう思って、ぐっと怒りを堪えた。

けど、先に一花ちゃんの方が爆発してしまった。


「みんな毎日どうしたら速くなれるのかって考えて、毎日キツい練習にも耐えて頑張っているんです!」
「一花ちゃ…少し落ち着けって」


今にもソイツに掴みかかるんじゃないかっていう位の勢いの一花ちゃんの肩に手を置いて諭してみるが、まるで意味がない。けど、自分の事を好き勝手言われた事よりも部を侮辱された事に対して怒りを露わにするなんて一花ちゃんらしい。
一方の男の方を見てみると、完全に彼女の勢いに圧倒されていた。例え愛想笑いだったとしても、いつもニコニコしている彼女がこんなに怒るだなんて思わなかったんだろうな。わかるわ、オレも初めて一花ちゃんがこうやって怒ってる姿を見た時はすげー驚いたもんな。けど同情なんて一切してやれない。


「全国一位のプレッシャーも、悩みもみんな抱えながら走ってるんです…強くなるんだって、毎日毎日遅くまで頑張って…!それを何も知らないのに、好き勝手言って馬鹿にしないで下さい!!」


そう怒鳴りつけた一花ちゃんは、「行きましょう手嶋さん」ってオレの手首をがしっと掴んでズンズンと大股気味に駅の改札へと向かっていく。オレの動揺する声にも彼女は構わず手首を引っ張ってバン!と少し強めの音を響かせて改札機に定期券を当てた。…めっっちゃくちゃキレてるわ…この後このまま電車に乗る事を考えると少しだけ不安だ。
けど…最後に捲し立てていた言葉、「みんな」って言ってたけどオレの事のような気がしてならないのは自意識過剰だろうか。

一花ちゃんに引っ張られながらもどうにかカバンから出したICカードを機械に当てて、そのまま彼女に引っ張られながらホームへ降りた。ちらっと時刻表を確認すると、次の電車が来るまであと5分くらいはあったが流石にアイツ面食らった顔してたし追いかけてはこないだろう。ひとまずは安心していい…かな。

しかし…一花ちゃんを守るつもりで来たのに、オレ結局なんも出来てねーじゃん。カッコ悪すぎるだろ…。


「あー…一花ちゃん…?」


ホームの中ほどで足を止めた彼女に恐る恐る声をかけてみると、やっと我に帰ったのか慌ててオレの手首を離した。


「ご、ごめんなさい手嶋さん…!」
「いや、いいよ」


むしろ一花ちゃんから手を掴んできてくれて嬉しかった、なんて…こんな時にどうかしてるな。あと引っ張ってる時の力が意外と強かったのには少し驚いた。


「その…本当にすみません……みっともないとこ、見せちゃいましたね…」


さっきまですげー剣幕で男を怒鳴りつけてた子と本当に同一人物かと疑う程、一花ちゃんは眉を下げてしゅんとした申し訳なさそうな顔をオレに向けていた。


「どこがみっともなかったんだよ。カッコ良かったじゃねーか。こっちもスカッとしたしさ!」


一花ちゃんがアイツに言いたいこと、全部言ってくれた。あ、いや、全部って事はねーか。一花ちゃん自身に向けられた言葉に対しては彼女は一言も反論してねぇし。


「へへへ……実は私もスッキリしました。しつこくしないで欲しいって事は言えませんでしたけど、初めて彼に抵抗できた気がして」
「あいつの顔、すごかったなー!鳩が豆鉄砲喰らったような顔してさ。一花ちゃんがあんな風に怒るなんて思ってなかったんだろうな」


一体あいつの中で彼女はどんな存在だったんだ。
運動部なんか似合わないって言ってた辺り、きっとお淑やかで大人しくて、風が吹けば折れてしまいそうな、そんなか弱い子だったんだろう。
確かに一花ちゃんは一見そんな風に思える。だけど実際はちょっと頑固なとこがあるし、大人しそうに見えても実は表情や仕草がいつも忙しそうでじっとしているのはどちらかと言えば好きじゃないんだろう。何より、自分の事よりも人を優先して気を遣ったり怒ったりする事のできる子だ。
それに部活中だって本当に楽しそうに動いてくれて、率先して仕事をこなしてくれる。そんな彼女からは微塵も“やらされているからやっている”感は全く感じない。本当は自分も選手として走っていたかっただろうに、走っているみんなが羨ましいとも言っていたのに、一花ちゃんはそんな羨望も悔しさも見せずにこうしてマネージャーの仕事をこなして、毎日走るオレ達のサポートをしてくれているんだ。
本当に彼女は優しくて強い子だ。

そんな一花ちゃんの優しさと強さも、その裏にある葛藤も、後悔も苦しんできた事も知らないで勝手な事言っていたあの男の方こそ気安く一花ちゃんの事を語らないで欲しい。どうせこうなっちまうんだったら、オレもそう言ってやればよかったな。


「しっかし、オレカッコ悪すぎだな、一花ちゃんの事守るつもりだったのに、結局何も出来てねぇわ」


結果的に一花ちゃんに危害が及ばなかったのは本当に良かった。
良かったけど……守るだなんてかっこいい事言っといて、結局今日もオレは何も出来ていない。それどころか、守るはずだった一花ちゃんにかっこいいとこ持ってかれちまった……マジ情けねぇな、オレ。


「…手嶋さんがいたから、ですよ」
「え?」
「手嶋さんが一緒じゃなかったら、きっと怖くて何も言えてないですもん」


眉を下げて笑う一花ちゃんに「まさか」と言ってみるが彼女はぶんぶんと首を横に振った。


「いつも頑張ってる手嶋さんが側にいると、私も頑張ろうって、そう思えるんです。それから勇気も湧いてきて……だから、手嶋さんが一緒にいてくれたからですよ」


青八木兄妹の喧嘩の後、一花ちゃんはオレをお守りみたいな存在だと、側に居てくれるだけで安心だと言っていたのをよく覚えている。あの時彼女に言葉を返す事は出来なかったけど、そんな事を言ってもらえて恥ずかしいながらも嬉しいと思っていた。
まさか、こんな事まで思っていたなんて。普段なら自分はそんな大した存在じゃないと笑っていただろう。けど一花ちゃんに言われるとやっぱすげー嬉しい。平凡で努力する事しか出来ないちっぽけなオレでも、オレにとっての彼女が原動力の一つであるように…少しでも一花ちゃんの原動力になれているなら、この上ない喜びだ。
それに、オレは彼女の中で誰よりも…もしかしたら青八木よりも特別な存在なんじゃないかと、それどころかこの青八木一花という1人の女の子にとってオレは無くてはならない存在なのかもしれないって…そんな強い期待まで湧いてくる。
ああ、くそ、今は抑えろと言い聞かせているのに、それに反して一花ちゃんへの気持ちは膨らむ一方だ。胸が押し潰されそうで、苦しくて、思わず泣きたくなる程に。

目の奥からじわりと滲みそうになる何かを堪えて、いつものように笑顔を浮かべた。




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