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手嶋さんに彼のことを打ち明けて、お家に呼んでもらって、そしてLIMEで繋がってから数日。
あれからすぐにまた彼からのしつこいメッセージは復活してしまったし、やっぱりあの日駅へ行かなかった事を責められた。待ってたのに、どうして来なかったんですか…などなど。流石に申し訳ない事をしてしまったかなと思ったけど、スマホが調子悪いって言っていたし連絡する術がなかったんだから仕方ない。手嶋さんもお兄ちゃんも「気にする必要ない」と言ってくれたし、ちょっとひどいかなぁと少しの罪悪感を感じつつもとりあえず謝って、突然友達の家に行くことになったという事だけ伝えてあまり気にしない事にした。

そしてやっと交換できた手嶋さんとのLIMEは、なんとあれから毎日続いていたりする。
いつものように手嶋さんに見送られながらお兄ちゃんに付き添われるようにして駅へ向かうバスに乗り込んだ後、必ず手嶋さんはその日居残り練習に付き合ったお礼と、気を付けて帰ってと送ってきてくれる。
手嶋さんとLIMEを交換する前は彼との別れ際が切なくて仕方なかったのに、今では別れた後のそのメッセージも楽しみだった。
手嶋さんとの距離が縮まっている、そんな気がするのは自意識過剰…じゃないと思っていいよね。


お家にお邪魔した翌日も手嶋さんは自分も一緒に駅まで行くと言ってくれた。けどそれを私とお兄ちゃんが止めた。手嶋さんがそう言ってくれた時は本当に嬉しかったな、本気で私のことを心配してくれてるんだって……だけどキャプテンである手嶋さんに何かあったらいけないし、この間お家にお邪魔して知ったけど、彼の家は私とお兄ちゃんとは反対方向。ただでさえ人より多く練習していて疲れているのに遠回りさせてはいけないと「2人揃って必死すぎるだろ!」と笑われてしまう程、お兄ちゃんと揃って手嶋さんのありがたい申し出を断ったのだった。
そういう訳で相変わらず、私はお兄ちゃんと2人で帰っていた。


…けど、今日は違う。


今日も手嶋さんとお兄ちゃんと居残り練習を終えた後、いつも通りの時間に来る駅前行きのバスに乗り込んで、お兄ちゃんと一緒に帰るようになってから決まって座っている降車口近くの2人掛けのシートに今日も座った。窓を通り過ぎていくいつもの景色を眺めているフリをして、窓ガラスに映る、私の隣にいる影を眺めた。

やっぱり、これは夢なんじゃないのかなって思ってしまう。

いつもの時間のバスに車内と座席……ただ一つ、いつも通りじゃないのは──


「この時間はやっぱ空いてんだな、バス」


窓に映る影は、鮮明には見えないけれど笑っている事はわかる。窓ガラスの影から視線を私の隣にいるその影の本体へと視線を移した。

今私の隣にいるのは、お兄ちゃんではなくて……手嶋さんだ。

今日の仕上げにと2人が一緒に走りに出た時だった。いつもよりもタイムがずっと遅くて、何かあったんじゃないかと心配になって焦り始めた頃に漸く部室前に戻ってきた2人にほっとしたのも束の間、途中でお兄ちゃんのバイクから異音がしてそれから力が上手く入らなくなったのだと聞かされた。
部室で確認してみると、パーツの一部が破損してしまっていて自力では直せそうになかった。このままじゃお兄ちゃんは明日練習ができなくなってしまう。クリテリウムがもう目前に迫ってる今、メカトラで練習時間を削られるのは痛手だからとお兄ちゃんは今日は私とは一緒に帰らず、調子の悪くなったロードを引いて寒咲さんのお店へ向かった。
一人で駅を通るのもちょっと怖いし、私もお兄ちゃんと寒咲さんのとこへ行こうと思っていたのだけど…2人は「すまない」「わかってるって」ってたったそれだけの会話を交わした後、手嶋さんは私に「今日はオレが送ってくから」と笑顔でそう言った。当然私の頭は混乱状態。何でそんな短い会話でそうなったの!?とか、手嶋さんに何かあったら大変だし、それに遠回りさせちゃうし…!とか色々頭の中を駆け巡ったけど、結局こうして送ってもらってしまっている。


「すみません…遠回りになっちゃうのに」
「それはいいんだって。気にすんなよ」
「……ありがとうございます」


申し訳ない気持ちでいっぱいだ。けど…こうして手嶋さんが隣にいてくれるのが嬉しくて、幸せで、安心する。
いつもなら胃がキリキリするような気持ちで駅までバスに揺られているけど、今はそれよりも手嶋さんが側にいるからドキドキする事の方がずっと強い。


「それに言ったろ。…守るから、ってさ。だからこうして一緒に帰れてよかったって思ってたりすんだ」
「手嶋さん……」


どうして今日はマフラーとかマスクとか口元を隠せる物を身につけてこなかったんだろう。手嶋さんの言葉が嬉しくてニヤケてしまいそうだし、涙が出そう。好きな人にこんなこと言われて嬉しくない子なんてきっと絶対いないと思う、家に帰って部屋に入ったら手嶋さんのこの言葉をもう一度思い出して思いっきり悶えよう…!
にやけそうな顔を手嶋さんに隠すように俯いて、「ありがとうございます」と言った声は震えてしまっていた。これはもう手嶋さんにニヤケているのを隠しきれていないような気がする。


「まあ、オレ力ねーし、青八木より頼りねーかもしれないけど…誰もいないよりはマシだろ?」
「頼りないなんてそんな事ないですよ!そ、その…手嶋さんが来てくれて嬉しいですし…安心してるんです」


お兄ちゃんが頼りないとか嫌って事では決してない。
好きな人が自分を守ろうとしてくれる、もうそれだけで嬉しくて。いつもは嫌だと思っていたしつこい彼の事なんて、全くではないけどどうって事ないと思っている。
恋って本当に不思議だなと思う。心拍数が早くなって苦しいし熱いし、胸はぎゅっと締め付けられるみたいで、手嶋さんの顔だって恥ずかしくて全然直視出来ないのに……とっても安心するし、なんだって出来てしまうような、そんな勇気みたいなものも湧いてくる。

そりゃよかった、と眉を下げて笑う手嶋さんを見ているとまたぎゅっと胸が苦しくなる。


(…やっぱり手嶋さんの事、大好きだな…)


思わず喉から飛び出してしまいそうな言葉をグッと堪えた。
今手嶋さんにとって何よりも大切なのは部活の事だというのは痛いほどわかっているつもりだった。全国一位の部のキャプテンという重圧を背負いながらも弱音一つ溢さないでひたすらに努力をしている彼の邪魔になりたくないと、そう思っていたからこの気持ちは彼が役目を終えるまで心の奥底に沈めておこうと思っていたのに……ちっとも出来ていないどころか、どんどん膨れ上がって飛び出しそうになっている。必死に押し留めてはいるけれどいつかふとした時に「好き」と言ってしまいそうで不安だ。これが初恋じゃないけど…人を好きになる事が、こんなにも苦しいだなんて思わなかった。

絶賛拗らせ中の恋心に思わず泣きそうになっていると、いつの間にかバスは駅前に到着していた。


「アイツ、待ち伏せしてんだよな?オレが先に降りるから」
「は、はい…!」


立ち上がった手嶋さんに続いて、私もカバンをぎゅっと握りしめて立ち上がる。
さっきまで全然平気だったのに、やっぱりバスが駅に着くと嫌な動悸がして手先が震える。──今日は手嶋さんがいるから平気、そう自分に言い聞かせて手嶋さんの後に続いてバスを降りた。


「一花さん!」


バスを降りた直後に聞こえる、聞き慣れたくないのに聞き慣れてしまったその声てわ私を呼びながら、いつものようにぞくりとする笑顔を浮かべながら私に駆け寄ってくる彼。…やっぱり嫌だ。
前にいる手嶋さんがちらりと私を見たと思ったら、私を隠すようにして駆け寄ってくる彼の正面に立った。さっきまで笑顔だった彼は当然思いっきり不愉快そうな顔を浮かべている。


「…あの、何ですかあなた」


思わず「え」と言葉が出そうだった。どうやら彼は手嶋さんの事を覚えていないらしい。数日前私を迎えに総北まで来た時に顔を合わせていたっていうのに。しかもあんな思いっきり睨まれていたら嫌でも顔を覚えていそうなんだけど……やっぱり、この人色んな意味ですごい。


「先輩だよ、この子の」


私には背中しか見えないから、手嶋さんが今どんな表情をしているのかはわからない。だけど一見棘のない言葉とはちぐはぐにいつもよりずっと低い声だった。多分、思いっきり彼を睨んでいるんだと思う。


「……あ、あの時の自転車部の人じゃないですか」


睨み付けられて思い出すなんて、やっぱりちょっとすごい。しかも淡々とした口調で全く動じてないみたいだから余計に…。


「雑用で一花さんをこき使うのやめてもらえませんか。そんなの彼女に似合わない。大体運動部だなんて頭の悪い部活自体一花には相応しくないんですから」


突然の呼び捨てに背筋がぞわっとして寒気を感じた。それに雑用が似合わないとか運動部が相応しくないだなんて、彼は一体何を言ってるの…?何で判断しているんだろう、彼の中で私は一体どんな存在なんだろう……考えたくもない。


「雑用やってもらってんのは認めるけどよ…似合わないとか相応しくないとかはお前が決める事じゃねーだろ。大体一花ちゃんだって──」
「うるさい!体を動かす事しか脳のない野蛮なバカ集団のくせに、気安く一花の事を語るな!」


その瞬間──ぷつん、と頭の中で何かが切れた。

彼の叫び声のせいで駅へ向かう人たちの注目を集めてしまっていたようだけど、そんなの構わずに私は手嶋さんの脇から一歩前に出て、彼の事を睨んでいた…気がする。無意識のことで、何をしているのか自分でもよくわからなかった。ただ、とにかく腹が立つ!それだけだった。


「…あなたこそ自転車部のみんなのこと、何も知らないのに侮辱するのやめて下さい!」


気が付けば私は、彼にそう怒鳴りつけていた。



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