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手嶋さんのお家でご飯をご馳走になって、食後に紅茶とお菓子まで頂いてお世話になってしまったというのに、手嶋さんのお母さんに車で自宅まで送って頂いてしまった。突然お邪魔させて頂いた身だというのに、お世話になりすぎてしまった。
だけどそのおかげで例の彼が待ち構えているはずの駅を使わずに家に帰る事が出来たし、手嶋さんとお母さんのおかげで久々に思い切り笑う事が出来た気がする。本当に暖かくて楽しい時間だったなあ……。
手嶋さんのお母さんも本当に気さくで明るい優しい人で、別れ際に「またご飯食べにいらっしゃい」と笑顔で言ってくれた。遠慮なしにたくさん食べてしまったっていうのに。

何かお礼がしたい。言葉だけじゃなくて何か贈り物とかで…あ、そういえば最近近所に美味しいケーキ屋さんが出来たんだ。近いうちにそこでお菓子を買って手嶋さんに渡そう。
あとは、改めて今日の事を手嶋さんにお礼を伝えたい。けど私は手嶋さんの連絡先を知らない……いや、正確に言えばLIMEの部活のグループで彼のIDは知ってるのだけど、直接LIMEの友達登録はしていない。グループを辿って申請を送ればいい事だとはわかってはいるけれど……

さっきから自転車部のグループのメンバーリストから手嶋さんのアカウントをタップしては閉じ、をもう10回は部屋のベッドの上で繰り返していた。


「ううううぅ……!」


唸りながら、ばふん、とスマホを持ったまま勢いよく枕に顔を沈めた。
手嶋さんに「今日はありがとうございました」とメッセージを送りたい、けど勇気がない。直接一言もなく突然友達申請を送ったらびっくりさせてしまわないかなとか、そんな心配ばかりがどんどん浮かんできてなかなか踏み出す事が出来なかった。
お兄ちゃんに代わりに送ってもらう事も考えたけれど、それじゃあ意味がない。だって今日お家に呼んで貰ったのだって私の為だったし…私から伝えなきゃダメだと思った。

…って、分かっていても好きな人にメッセージを送るっていうのはやっぱり緊張する…!!


そうやってうだうだと尻込みしていると、LIMEの通知が飛び込んできた。またいつものようにしつこい彼からだろうか。スマホの調子悪いなんて言ってたけど、もう直っちゃったのかな…今日駅を通って帰らなかった事、すごく怒っているかもしれないな…と思いながら通知の内容を読む。


「…え、ぅえ!?」


思わず驚いて間抜けな声をあげてしまったけど、誰も聞いてないから問題ない。

通知は彼からのメッセージを知らせる物じゃなくて、手嶋さんから友達申請が来たという通知だった。
見間違いなんじゃないかと自分の目を疑った。手嶋さんのアイコンと名前を見過ぎて、とうとう幻覚まで見えたんじゃないかと……そう思いながらLIMEを確認してみると、確かに、間違いなく、手嶋さんから友達申請が来ていた。どうやら私は幻覚を見ていたわけじゃなかったみたいだ。
思わず勢いよく上体を起こして、何故かベッドの上で正座した。今すぐにでも承認して今日のお礼を送りたいのに、心臓が苦しいくらいにバクバクと騒いで指先を震わせてくる。落ち着くために深い深呼吸を数回繰り返して、えいと承認のボタンをタップした。直後画面が切り替わって、手嶋さんとのトーク画面が開かれる。ほ、ほんとに手嶋さんとLIME繋がっちゃったんだ…!!どうしよう、嬉しすぎて泣きそう。
早くメッセージ送らなくちゃ、と文字を打ち込んでみるけど震えちゃって上手く打つ事が出来ない。そうやってモタモタしているうちに、手嶋さんの方からメッセージが送られて来てしまった。


『突然わりぃ!承認ありがとう。
今日は急に誘っちまってごめんな。あれから大丈夫かなと思ってさ』


あんなに手嶋さんには心配かけたくないと思ってたのに、気にかけてくれているんだと思うとぎゅっと胸が締め付けられるくらいに嬉しかった。


『こちらこそありがとうございます!丁度手嶋さんにLIMEしなくちゃと思ってたので。
今日は本当に何までありがとうございました。ご飯もすっごくおいしかったです!
今日はまだ彼からLIME来てないのですごく穏やかです!』


…実際は手嶋さんと2人でメッセージを送り合っているっていう事に心臓がバクバクしていてちっとも穏やかではないのだけれど。けどもう嬉しくてたまらない、LIMEをしていてこんなに嬉しい気持ちになるのはいつ振りだろう。思わずニヤけてしまうけど、誰も見てないから問題ない。


『母さんが喜んでたよ、一花ちゃんのこと随分気に入っちまったみたいでさ。一花ちゃんさえよければまた来てやってよ。オレも今日は楽しかったしさ』


引かれていないんだろうなとは思っていたけど、実際手嶋さんからそう言ってもらえるとすっごい安心する。手嶋さんのお母さん、本当にいい人だったなあ…手嶋さんのお言葉に甘えて、またお兄ちゃんと一緒にお邪魔させてもらおう。


『男の事はひとまずは良かった。けど何かあったらすぐ言ってくれな?オレじゃなくて青八木にでもいいからさ…オレなんかじゃ頼りねぇかもしれないけど、やれる事なら何でもするつもりだからさ』

『頼りないだなんてそんな事無いですよ!今日だって本当に助かりましたし、話して良かったって思いました。本当にありがとうございました』


そう送ったすぐ後に、ありがとう!と文字の入ったお気に入りのキャラクターのスタンプも送る。すぐに手嶋さんからも部のグループで彼がよく使っているラッコの可愛いスタンプが送られてきた。手嶋さんはラッコが好きなのかな、部のグループじゃ畏まったメッセージしかできなかったし…ちょっと聞いてみようかな……
と思って打ち込むより先に、手嶋さんから『そのスタンプ何(笑)』と突っ込まれた。
私の送ったスタンプ、私は可愛いと思っているのだけど他の人からしたら全然可愛くないらしくて、今みたいな反応される事が多い。


『可愛くないですか?』
『いやぁー…可愛くはねぇかな…?』
『えー!』


スタンプの可愛さは理解してもらえなかったけど、何気ない話題で暫くメッセージが続いた。手嶋さんとのトーク画面がどんどん下へ伸びて長くなっていくのが嬉しくって胸がほわほわするような感覚で…天にも昇る気持ちっていうのはこういう事なのかと知った。


『うわ、もうこんな時間なのか。遅くまで付き合ってくれてありがとな!いやー楽しかったわ』

『いえ!こちらこそありがとうございました。私も楽しかったです』


それじゃあまた明日、部活で。そう送ると手嶋さんからも『明日もよろしくな!』と返ってくる。少し名残惜しくやり取りを終えたLIMEを閉じて、「はあー」と声を上げながらベッドに倒れ込んだ。…ほんと、幸せだったなあ…。まさか手嶋さんと一対一でLIME出来るなんて。思わず自分の頬に触れてみると口の端が持ち上がっていた。
その直後、ドアがコンコンとノックされて、ほんの数十センチ開いた隙間からお兄ちゃんの顔が見えた。


「母さんが早く風呂入れって」
「あーお風呂ね、うん、入るよ、ふふふ」


ふわふわと浮かぶような気分のままベッドから起き上がって、お兄ちゃんに「ありがとねー」って緩んだ顔のまま伝えて浴室へ向かう為に部屋を出た。
…すれ違い様、変な物を見るような目で見られた気がするけど、そんなの今の私にはちっとも気にならなかった。

今日はいい夢、見れそうだなあ!



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