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<※手嶋母捏造>



手嶋さんのお母さんのお料理はとても美味しくて、あれから結局もう一度お代わりをお願いしてしまった。遠慮しないでいいからと言ってもらえたとはいえ、初めて訪問したお家でご馳走させてもらった上におかわりまでさせてもらってしまって、結局お母さんが作り過ぎたと言ってたおかずの大半は私とお兄ちゃんで消費してしまった。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。けど、その気持ちに逆らってでも食べたいと思ってしまう程に手嶋さんのお母さんのお料理は美味しかった。


「あの、こんなにご馳走になっちゃってすみません…本当に美味しかったです」
「いいのよ、気にしないで!あんなに美味しそうに食べてくれておばさん嬉しかったわ」


お母さんの手嶋さんそっくりな嬉しそうな笑顔を見ていると、私まで釣られて笑ってしまう。
…そういえば、こんなに笑ったのはなんだか久々な気がする。最近はずっと気が重かったし、頭に霞がかかった様な感覚だったから。

手嶋家の団欒は、うちの静かで落ち着いたそれとは違ってとっても賑やかだった。手嶋さんもお母さんもよく喋っていて、常に笑いが絶えない食卓だった。
こんなに明るくて楽しい団欒を過ごさせてもらえて、本当によかったなと思う。決してうちの大人しい家族の静かな団欒が嫌な訳じゃないけどやっぱり人と笑いながら食べるご飯は美味しいもの。


「はい純太、洗い物よろしく!」


手嶋さんのお母さんはみんなの空いたお皿を纏めて、重ねたお皿をずいっと手嶋さんに押し付ける様に渡す。それに軽い文句を言いつつも渡されたお皿を持って流しに向かっていくところを見ると、手嶋さんはお母さんには逆らえない……って言うより、家族に対しても優しいんだな。彼の新たな一面を知る事ができてとっても嬉しいし、益々好きになってしまいそう、いや、もう好きになってしまってる。
「手伝う」と手嶋さんを追ってキッチンへ向かうお兄ちゃんに続いて、私も「手伝います」と立ち上がった。


「大丈夫だよ。一花ちゃんは休んでてくれ」
「けど…ご馳走になったのに、何もお手伝いしないなんて申し訳ないです」
「それじゃあ、おばさんの話し相手になってくれない?」
「そりゃいい。ほっとくと一人でずっと喋ってうるせぇからさ、悪いけど一花ちゃん相手してやってくんねぇかな」


「また余計な事言う!」とお母さんの声が響く。二人の距離が近かったら手嶋さんは間違いなく小突かれていただろうな。「私でよければ」ともう一度椅子に座ると「ありがとう」とお母さんはにこっと笑った。ほんとに手嶋さんそっくりで、本人と話してるんじゃないのになんだかドキドキしてしまう。


「一花ちゃんは自転車部のマネージャーさんなのよね?純太に何か迷惑かけられたり困った事されてない?大丈夫?」
「いえ!とんでもないです!てし…純太さんには本当にいつもお世話になりっぱなしで…」


本当に私は手嶋さんにお世話になりっぱなしだ。マネージャーという立場から彼の事を支えているつもりだけど、支えられて助けてもらっているのは本当は私の方かもしれない。手嶋さんがいたから、事故に遭ってからずっと隠していた本心をお兄ちゃんに打ち明け事が出来たし、もう一度ロードに乗りたいと思ってた事にも気付けた。何より、自転車が好きだったって事を思い出せた。
手嶋さんがいたから、私は前に進めている。


「キャプテンのお仕事もあるのに、練習もいつも誰よりも頑張ってて本当にすごいですし…私も頑張ろうって、いつも力をもらってるんです。手嶋さんは一番尊敬してる先輩です」


その言葉が口から出たのは、本当に無意識だった。私は一体何を言っているんだろう…!?全て本心だけど、だからこそ恥ずかしくてたまらない。これじゃあ手嶋さんのことが好きなんですと彼のお母さんに告げているようなものだ。途端にかあっと体が、特に頬が熱くなった。


「ああえっと、その…!」


どうにか言葉を絞り出そうとするけど、いっぱいいっぱいの頭じゃ言葉にならない間抜けな声しか出なくて、視線をあちこちに泳がせる事しか出来なかった。けどそんな私を見たお母さんは、「ふふふ」と優しい笑顔を浮かべていた。


「そんな事言ってくれるなんて、母親としてとっても嬉しいわ」


ありがとう、一花ちゃん、ととても優しい声でそう言われた。


「私には自転車の事はよくわからないけど…毎日無茶して頑張ってるっぽいのはわかるから」


キッチンでお兄ちゃんと洗い物をしている手嶋さんを見るお母さんのどこか寂しげで憂うような視線でなんとなく、悟った気がする。
手嶋さんはきっと家族の前で「疲れた」と言うことはあっても、弱音や悩みを吐き出すことは多分ないのかもしれない。私の憶測だけれど…多分、家族に気を遣ってというよりも自分の為に。へこんでる暇があったら前に進む努力をしたいから弱音をあんまり漏らさない……そんな気がした。


「一花ちゃん…無理ばっかりする自転車バカな息子だけど…どうかこれからも純太の事、よろしくね」
「はい…もちろんです」


いつか、なれたらいいな。
手嶋さんが私にとってそうであるように、私も手嶋さんが安心できる場所に。悩みや泣き言を吐き出す事が出来ないとしても彼の背負っている物ごと包んでしまえるような、そんな暖かい場所に──なんて、その存在に今一番近いのはお兄ちゃんだろうし、そもそも今こうしてお家に呼んでもらってしつこい彼から守ってもらってるうちはきっと無理だろうな。

…そういえば手嶋さん、部室で私になんて言ってくれてたっけ……とっても嬉しくて安心して、思わず泣いてしまったのは覚えてる。なんだっけ──


『守るから、オレが』


「っっ!!」


はっきりと蘇ってきた記憶に心臓がドッと高鳴った。
そうだ…!あの時の私は心配をなけないと決めていた手嶋さんに結局話して心配させてしまった申し訳なさと、私のために怒ってくれたっていう嬉しさが入り混じっていっぱいいっぱいだった。
しかも私あの時もしかしなくとも手嶋さんに抱きついていたような……ああもう恥ずかし過ぎてどうにかなりそう…!けどあの時、思い返してみれば手嶋さんから引き寄せてくれた、ような……ああ、思い出せば思い出す程恥ずかし過ぎる、汗が出てるんじゃないかって程に熱い。
私を安心させる為に手嶋さんはあんな事を言って、あんな事をしたのかもしれない。だけど期待せずにはいられなかった。


「…一花ちゃん、なんだかお顔が赤いけど大丈夫?お水飲む?」


「今持ってくるからね」と心配そうな顔をしながら椅子を立ったお母さんに慌てて「大丈夫です!!」と言った矢先、「紅茶淹れたけど飲む?」とティーセットを持った手嶋さんがお兄ちゃんとキッチンから戻ってきた。


「一花ちゃん顔真っ赤じゃん!おい母さん何言ったんだよ!ごめんな、こんなお喋りの相手させちまって…」
「ちょっと純太!アンタまたそんな事言って!」


…どっちかって言えば、お母さんじゃなくて手嶋さんのせいです。
そう心の中で呟きながら、もう一度「大丈夫ですから!」と声を張った。



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