6
「それストーカーじゃねぇかよ!」


部活中に一花ちゃんに何やらしつこく声をかけていた見知らぬ他校の男を追い払った後。本来ならオレと青八木、そして一花ちゃんの恒例の居残り練習の時間だけど、今日はすぐには練習を開始しなかった。

一花ちゃんから男との関係を聞いた。
最初はいいヤツかと思って友人としてLIMEを交換したけど、徐々に内容ややる事がエスカレートして粘着されていた事。そしてとうとう今日、学校にまで押し掛けられたという事。よく考えなくてもストーカーとしか思えなくて、沸々と湧き上がってくる怒りを感じながら一花ちゃんの話を聞き終えた後、気付けばそうしんとしている部室内に声を響かせていた。


「まだそこまでは酷くないですよ、帰り道付けられてるって事もないですし…」


一花ちゃんの優しさもここまで来るとなんつーか、心配になる。もちろんこういう優しい所も彼女のいい所だって知ってるしそういう所も好きだ。だけど自分が危害を加えられてる今くらいは自分の事を一番に考えてくれと切実に思ってしまう。


「そこまで行ってなくても予備軍だよソイツ!1日にそんなにLIMEしてくるなんてヤバいって!」


とにかくその男だ。青八木から一花ちゃんの悩みが深刻だとは聞いていたがまさかこんな事になっているなんて思ってもいなかった。こんな事なら青八木に無理矢理にでも聞き出せば良かった。そうすりゃまだここまでエスカレートする前になんとかしてやれたかもしれない、彼女を守る事だってきっと出来たかもしれない……オレは力も大してない、ガタイだってある方じゃないし男らしい守り方は出来ないだろうけど、頭は回る方だ。対策考えたりとかそういう方向から一花ちゃんを守ってやる事は出来たかもしれない…そう考えたら悔しさが込み上げてくる。
何より、一花ちゃんにこんな憔悴しきった暗い顔をさせている、たった数秒話しただけの男に腑が煮えくりかえって仕方ない。ああ、クソ、頭の中が悔しさや怒りとか色んな感情でぐちゃぐちゃだ…!


「つーか気付くだろ!こんなに素っ気なくされたら脈無しどころか嫌がられてるって普通察するよな!?」


思わず隣にいる青八木を見た。いつもなら頷いてくれそうな所だけど少し困ったような顔をしていた。どうやらピンと来ていないらしい。…青八木はグイグイ行くタイプじゃないし、そもそも一花ちゃんやマネージャー以外の女子と話してるのを見たのだってつい最近からだ。そういう状況になる事はきっと無いだろうからな。

とにかくソイツ、メンタルどんだけ頑丈なんだ。一花ちゃんのこの様子じゃ実際に会話する時だってあからさまに困った顔してたりぎこちない返事をしていただろう。LIMEも返事が来るまでに時間が空いたり返ってこなきゃ普通は相手に嫌がられているのかもと思うもんだ。
それに気が付いてないってんなら相当鈍いか、都合の良いように解釈してるかのどちらかだろう。もし前者ならハッキリ言えば流石に気がつくだろうけど後者は厄介そうだ。いくら言ったところで信じないだろうし、一花ちゃんの話を聞いてる限りじゃ下手したら逆上しかねないなとしか思えないヤツだ。そういやさっき帰した時もオレのことをかなり不服そうに睨んできていたな。


「とにかく…どうにかしねぇとな、ソイツ」
「すみません…本当は私一人でどうにかするべきなのに…」
「気にすんなよ。っていうか…頼ってくれよ、こういう時はさ」


いつもより一層小さく見える肩をぽん、とそっと叩くと一花ちゃんの大きな目はじわじわと水膜を張り始めてうるうると滲んでいた。
可愛い、と思ったのはもちろんだがそれ以上に彼女をここまで悩ませている男の事を一層許せないと思った。ソイツも一花ちゃんのことが好きなんだろうけど自分の欲望だけで動いて女の子を追い詰めるだなんて、男として最低だ。万に一つも一花ちゃんがソイツの元に行くだなんて事はきっとありえないだろうけど、ソイツの側にだけは絶対に行かせたくないと思う。


「…ありがとうございます…、ほんとは手嶋さんにも…すごく、頼りたかったから…」


涙声で切れ切れに言っていた一花ちゃんは、言い終えてからとうとう俯いてぐすぐすと鼻を啜っていた。
全くこんな時にどうかしてるって思っちゃいるし、バカだろって毎度の事ながら自嘲しちまう。今目の前にいる小さく啜り泣く一花ちゃんはオレが思っていた以上に苦しんでいたっていうのに……オレに頼りたいと言ってくれた事が、とてつもなく嬉しかった。だって好きな子に頼られて嬉しくないなんて思う男はきっとそういないだろ?この子の為に何だってしたいっていう気持ちが体の奥底から湧き上がってくんだ。


「守るから、オレが」


この言葉が口から出たのも、それからの行動も、もう殆ど無意識だった。
俯いたままの一花ちゃんの後頭部に片手を回して、練習後のジャージを着たままだってことも忘れてそっと肩に引き寄せていた。


「っ…、はい……っ」


弱々しい返事の後、一花ちゃんの小さな両手が控えめにジャージの胸元を握ってくる。よしよしと宥めるように頭を撫でれば肩に乗る彼女の頭が、擦り寄ってくるように微かに動いた。
安心してくれているんだと嬉しくなったと同時に、何があっても一花ちゃんの事を男から守ろうと強く決意した。オレの単なるエゴかもしれない、オレになにが出来るかもわからない。けど…一花ちゃんにはやっぱり笑っていて欲しいと思う。彼女の太陽みたいな明るい笑顔はオレにとっての癒しであって、原動力だ。
それをただの自分の欲でしか動いてないような奴になんかに壊させてたまるか。


「……邪魔して悪いが」


体感で数分後、一花ちゃんの啜り泣く声も次第に止んでしんとした部室内に青八木の声が静かに響いた。そこでようやくオレは今の自分の状況をちゃんと把握した。


「っ!わりぃ…!」
「あ、い、いえ…!!」


咄嗟にお互い体を離して、思わず一歩後ろに後ずさった。
我に返って思い返すと体に腕を回していなかったとはいえ、殆ど抱き締めているような体勢だったんだなと思うと顔どころか全身まで熱い。ちらっと正面の一花ちゃんの顔を盗み見ると思った通り彼女の顔も見た事ないくらいに真っ赤になって恥ずかしそうにオレから視線を逸らしていた。その反応は期待しちまうだろ、と破顔しそうになるのをぐっと堪えて「どうした?」と青八木に視線を向けた。


「練習、どうする?」
「ああ…今何時だ?」


時間を確認する為にジャージのポケットからスマホを抜き出して確認すると、もうあと30分もすればいつも帰っている時間になるところだった。それから、一件のLIMEの通知。メッセージの送り主は母さんからで、何事かと思って開いてみると「今日アンタと母さんしかいないのに夕飯作り過ぎた」という拍子抜けするような内容だった。これは今は無視だ。練習終わってから「何やってんだよ」とでも返せばいい。


「ごめんなさい、私のせいで練習時間減らしてしまって…」
「だからそんな気にすんなって。聞かせてもらえてよかったよ」


青八木もこくんと頷く。表情から察するに、一花ちゃんがオレに悩みを打ち明ける事が出来て良かったと安堵しているみたいだ。


「そんな私がこんな事言うのもあれですけど…少しでも練習しませんか?2人の走りを見てると元気貰えますし…」
「そんなこと言われちゃ、もう帰るかなんて言えねぇな」


な?と青八木に振ると薄く口角の上がった顔がこくりと縦に動いた。「よかった」と言う一花ちゃんの声は、嬉しそうというより安心したようだった。
ああ、そうか。あの男、多分オレが追い返してからずっと駅で一花ちゃんの事待ち構えてんだよな……そんな所に行きたくないと思うのは当然だ。

…母さん、夕飯作り過ぎたって言ってたな。この大食らいの兄妹が食べる分は多分あるだろう。

走る前にちょっといいか、と2人に切り出す。


「練習終わったら2人とも家来るか?今日家にオレと母さんしかいないのに飯作り過ぎたらしくてさ」
「行く」


青八木は1年の時から何度か家に来て夕飯まで食ってった事があるけど、一花ちゃんを誘うのは初めてだ。
二つ返事の青八木に対して、一花ちゃんは戸惑っていた。…冷静に考えたら無理もないわ。うちの母さんも青八木もいるとはいえ、突然男の家に誘われたらそりゃ戸惑うっつーの。


「あーえっと…帰り、多分母さん車出してくれるだろうし。今日はその方が安心かなってさ」
「そんな…!夕飯どころかそんな事まで…」
「今日は純太に頼った方がいい」
「お兄ちゃんまで…」


どうやらオレの家に行くという事よりも、世話になる事で戸惑っていたらしい。まあ一花ちゃんらしいなと思うけど、やっぱりそれはそれで心配になるわ…。けど今日はこのまま駅に向かわせる方が心配だ。
青八木の一言のおかげもあって、一花ちゃんは数秒考え込んでから「手嶋さんがいいなら」と頷いた。




61/96


|


BACK | HOME
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -