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「今年は可愛いマネージャー入ってこねーかなー」


一年生でいるのも残りあと1ヶ月程になったある日の部活帰り、青八木とロードを押しながら帰路についてる最中。
何がきっかけでこんな話になったかというと、うちのサッカー部にも野球部にもバレー部にも、女子のマネージャーがいるっつーのに自転車部には女子マネがなんでいないんだって話をしたからだ。
まぁ…隣にいる青八木は無口だから、オレが一人でぼやいてるだけみてーなもんだけど。


「やっぱさ、女の子の応援があるだけでもっと頑張れる気がすんだよなー。おまえもそう思わねぇ?」


青八木は頷きもせずじっとオレの話を聞いている。あんま興味ねぇかこういう事。まぁだよな、青八木異性とか苦手そうだもんな。いつだったか恋バナ振ってみたけどあからさまに困ってたし。

オレと青八木は次のインターハイに出る為に必死で練習している。だから今は恋愛…とかは考えられないけど、オレも男だ。可愛いマネージャーに応援してもらえるとか、やっぱ運動部にいる身としては憧れる。それに第一、マネージャーがいれば雑用の仕事だってきっと大分楽になる筈だ。マジで入ってきて欲しいわ、女子マネ。


「オレの妹が、マネージャーやりたいって」
「えっ…おまえ、妹いたの?」


かなり衝撃の告白だった。青八木って妹いたんだ…!?もうすぐ一年の付き合いになるけど、妹がいるなんて聞いたのは記憶してる限りじゃ初だ。
確かに、何度か青八木の家に行った時若い女の子が履きそうな靴とか玄関にあったな…こいつから妹の話とか聞いたことなかったし、青八木の母さんの趣味って若いんだななんて思ってた。タイミングがいいのか悪いのか、青八木の家で一度も妹らしい子の気配を感じた事はなかったし。

青八木の妹、か……。
コイツに似て無口で無愛想な……いや、言い換えよう。
奥ゆかしくて大人しい感じか?頭の中で青八木の妹ちゃんの姿を想像してみる。

……が、どう頑張っても浮かんでくるのは青八木の女の子バージョンだ。

しかもそんな子がマネージャーやりたいって…若干不安だ。もちろんコミュニケーション面が。いやいや、勝手な思い込みはよくねーよな。


「い、妹ちゃん、お前に似てんの?」
「………いや、わからない」
「ふーん、そっか…」


まあ、けど。女子部員が増えるかもっていうのは素直に嬉しい事だ。それに青八木の妹ちゃんがどんな子か気になるし。







春になって、学年が一年から二年に上がった。

休み時間になるとまだ教室の場所すらわかってないような高校生活に不慣れな新入生とすれ違う機会も増えて、オレも先輩になったんだなってぼんやりとだけど実感する。
今日は午前中に部活紹介があったからか、すれ違う新入生の大半は部活どうするか、なんて会話をしている。もし自転車部に一年入ってきたら、去年オレらが先輩からしてもらったように相談とか乗ってやれたらいいな。

そんな事を考えながら、一年の時に仲良かったやつのクラスで飯食って自分の教室へ戻っていた。


「ねぇ、部活決めた?」
「私サッカー部のマネージャーやろうと思うんだ!カッコいい先輩がいてね──」


廊下の片隅で固まって話す新入生らしき女の子達の会話が耳に入ってきた。きゃーきゃーと盛り上がる女の子達の話を聞きながら、ふと一年の終わりの時に青八木が言っていた、自転車部のマネージャー志望の妹ちゃんの話を思い出した。
総北に入学しているって話は聞いた。けど、未だにそれらしい子を見かけた事はなかった。青八木に似てあんま自分の教室から出ないタイプなのか…めちゃくちゃ気になって仕方なかった。いっそ青八木に紹介してくれって頼むか…ってそれじゃただのチャラ男みてーだな。
仕方ねぇ、マネージャーやりたいって言ってるらしいし、そのうち自転車部に来てくれるのを気長に待つか……なんて事を考えながら廊下の角を曲がった、その時だった。


「どわっ!」
「うわっ…!」


すぐ目の前には女の子がいた。お互い気が付いた時にはもう遅くて、ごつんと鈍い音を立てて勢いよくオレの体と彼女の頭は衝突した。思わず少しよろけたけど、ぶつかった彼女はよろけるどころじゃなくて反動でその場で尻もちをついていた。


「わりぃ…!大丈夫?立てるか?」


彼女のおでことぶつかった胸の辺りが若干痛む。けどそれよりぶつかってしまった彼女を助けねぇとと思って、手を差し出した。


「は、はい、大丈夫です」


そう言ってはいるものの、その表情は少し痛そうに歪んでいて事故だったとはいえ罪悪感が込み上げてくる。そりゃ頭打ってるし、尻餅まで付いてるんだ。痛くない訳ねーよな。
差し出したオレの手に彼女は「すみません」と申し訳なさそうに言いながら手を伸ばして捕まってきた。


(手、ちっせぇ……!)


オレの手の上にある彼女の手は、見た目よりもずっと小さくて細くてしなやでザ・女子の手って感じの手だ。その小さな手を引いて、彼女を立ち上がらせる。
立ち上がってから「ありがとうございます」とお礼を言われてすぐに申し訳なさそうな顔が向けられた。


「ごめんなさい…私よそ見してて…!」
「いや、オレの方こそ。考え事して歩いてたからさ。それより怪我してないか?」
「いえ!私は全然大丈夫です。あの、そちらは…?」
「オレも大丈夫だよ。少しよろけただけだから」
「それなら良かったです…」


少し緊張が解けたのか、ずっと制服のリボンの辺りで握られていた彼女の手が下された。ワイシャツにヨレが無いし、リボンの形もしっかりしてる。まだ真新しい制服だ…って事はこの子一年か。

しかしこの子、すげー可愛い…。
長い睫毛に縁取られた大きな目、天パのオレには羨ましいくらいのサラサラでキラキラと光を反射する髪。しかも女の子らしいすげぇいい匂いがする。更に華奢な体格、なのに胸は結構デカイ…気がする。
…って、初対面の女の子の事をジロジロ見てちゃ悪いよな…!

けどなんだ…何となく誰かに似ているような気がする。
アイドルとかか?この子アイドルグループにいてもおかしくない顔立ちしてるし。誰に似てんだ…?すぐ思い浮かばねぇのがもどかしい。

なんとか彼女に似た顔を思い出そうと記憶を巡らせていると、昼休み終了を告げるチャイムが響いた。


「あ…!昼休み終わっちゃいましたね」
「だな…早く教室戻るか。今度はお互い気を付けなきゃな」
「ふふ、そうですね。それじゃ失礼しますね、手嶋さん」
「おう、それじゃあな」


彼女は頭を軽く下げて、オレの進路方向とは反対に廊下を小走りで進んで行った。今度は誰かにぶつかんなきゃいいけど。彼女の姿を少し見送ってから、オレも自分の教室へ戻ろうと足を踏み出した。

あの子、マジで可愛かったな…。
もしあんな子がマネージャーとして部活にいたら一層頑張れそうだな。
『頑張って!手嶋さん!』なんて応援とかされたらさ──


………って。


今、あの子、手嶋さんって言ったか…!?

手嶋って誰だ、オレのことか?
上履きにも名前を書いてない、生徒手帳もポケットから飛び出てないし、名前のわかるものはない筈だ。

何で知ってるんだ、オレの名前。
……エスパーか、あの子。



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