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一花ちゃんの様子がいつもと違う事に気が付いたのは青八木も居残り練習に加わるようになった頃だった。
いつも可愛らしい明るい笑顔を見せる彼女が、時折思い詰めているような表情をしていた。スマホの画面を見ている時は必ずと言っていい程その表情を浮かべている。まさか気になる相手から返事がないとかそういう……なんて考えが一瞬過ぎって一人で焦ったりしたが、彼女の深刻そうな表情からどうやらそんな甘酸っぱい物じゃ無さそうだと察した。
今朝の朝練にも一花ちゃんは遅れてきたし…たまに練習開始ギリギリだったりする事はあるけど、遅刻したのはこれが初めてだった。しかもいつも余裕を持って来る青八木も珍しくギリギリだったし、どっかで急いで来たのか練習始める前から息が上がっていた。「どうしたんだよ」って聞いても「ちょっとな」ってはぐらかされるだけだったし……一花ちゃんの調子が悪かったのか、それともここんところの彼女の思い詰めているような様子と関係あるのか。




「あのさ…一花ちゃん、何かあったのか?」


絶対に無いとは信じちゃいるが、本人に聞いて恋愛の悩みを打ち明けられたらきっとオレは数日どころか数週間は再起不能に陥る自信がある。引退するまで気持ちを抑えようと決めたのは自分だってのに、それまでに彼女が他の誰かの所へ行ってしまっても仕方ない事だとわかってんのに…とんだ臆病者だオレは。
そういう情けねぇ理由から、もう目前に迫った文化祭の準備時間に青八木にそう切り出した。青八木とはクラスは違うが今年は一緒に喫茶店の模擬店を出す。当然準備時間も2クラス合同。教室を行き来しなきゃいけないのは面倒だが、青八木とこうやって話しながら作業できるのは結構楽しい。

木に釘を打ちつけただけの看板に筆で器用に細かい絵を描いていた青八木はぴたりとその手を止めて、看板に向けていた視線をオレに移した。普段片目を隠している長い前髪が「この方が見やすいでしょ!」とクラスの女子数人の手によって細いゴムでちょんまげみたいに結わかれているおかげで、今はしっかりと切長のシャープな両目が見えている。


「……」


青八木はすぐに返事をしなかった。数秒オレの顔をじっと見て、何やら考えているようだった。何か言いにくい事なんだろうか。


「……オレからは話せない」


つまり、青八木は一花ちゃんがここの所何か深刻そうな理由について知っているって事か…。事情は話してもらえなかったが、反面安心した。青八木が何か知ってるって事は内容はどうあれ、一花ちゃんは青八木にちゃんと悩みや自分の気持ちを伝えられているって事だろうから。
けど、珍しく見えている青八木の両目からははっきりと心配そうな気持ちが伝わってくる。どうやら…オレが考えている以上に今彼女は何かに悩まされているらしい。オレには話せない事なんだろうか…何かに苦しんでんなら、力になりたい。


「結構深刻なのか?それ…」
「……」


間を置かずに青八木の頭が縦に揺れる。やっぱり只事ではないようだ…すぐに事情を聞いて何か力になりたい所だが、もしも一花ちゃんが口止めでもしている限りきっと青八木は話ちゃくれないだろう。


「オレからは話せないが……一花は、純太に一番頼りたいと思っているはずだ」
「…オレに?」


青八木はこくりと頷く。


「話すまで、待ってやってほしい」
「……わかった。待つだけじゃ落ち着かねーけどよ」
「…すまん」
「けど、深刻なんだろ、それ。状況が悪くなったらそん時は…」
「わかってる。その時はオレから話す」


一花ちゃんの悩みが何かもまだわからないし、その悩みをオレが解決させてやれるかすらもわからない。けど…力になりたい。もしもそれが彼女に何かしら危険を及ぼす物なら、オレなんかじゃ頼りねーだろうけど…守りたいとも思う。


「…にしてもさぁ」
「…?」
「こんな真面目な話してんのに、お前のそれ笑っちまいそうだわ」


オレが指差したのは青八木が顔を動かす度にひょこひょこ揺れる前髪のちょんまげ。表情が真剣なのに、まるで箱学のとある選手のアホ毛を彷彿とさせるそれがバネの玩具みたいに動くもんだから笑わねぇようにこらえるのが地味に大変だった。


「見やすくていい」
「まあ…お前がいいんならいいけどさあ…」


これをやった女子達は「青八木くん可愛い」って喜んでたっけな。女子の可愛いはよくわかんねぇし、動く度に笑いそうにはなるけど似合わなくはないな。しかし…無口で女子とあんま喋ってんの見た事なかった青八木は気が付けばいつの間にか女子にモテモテだ。最近かっこよくなったとか、この文化祭の準備で青八木に助けられた女子が多発して突然株が急上昇したらしい。モテモテで羨ましい限りだ……なんて、去年までのオレならそう思っただろうな。
けど、急にイケメン度が増したのはすっげー羨ましい。オレが前に勧めたトリートメントの効果も絶大で髪もサラッサラになってるし。一花ちゃんと並ぶと素直に「絵面がいい」なんて言葉が浮かんでくる。

ちょんまげを揺らしながら再び看板に絵を描く事に集中している青八木をじっと見ていると、「どうかしたか」と言いた気な目がまたオレに向いた。


「……いや、青八木家の遺伝子ってずりーなって思って」
「…?」




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