2
『おはようございます』
『今日は天気が悪いですね』
『いつも朝何時の電車に乗ってるんですか?』
『帰りの時間だけじゃなくて、朝も一花さんに会いたいです』

「……はぁ…」


朝から気が重たくなる。どうして私はうっかりLIMEを開いてしまったんだろう。もしかしたらいつか言われるかもしれないと怯えていた朝も会いたいという言葉が、今まさに例の彼のとのトーク画面に刻まれている。

いつも朝練のある日はバタバタと余裕なく家を出る私が、今日は少しだけ余裕を持って身支度を整える事が出来た。その隙間時間にスマホを見ていて、ひょっこりと出てきた通知をうっかりタップしてしまった。きっとすぐに返信しなければ返事を催促するメッセージが降ってくるに違いない。気が重たいけど、すぐに返事を打ち込んだ。


『おはようございます、今日はこれから部活の朝練なんです』
『もう家出ないとまずいので、すみません!』


まだ時間は少しあるけど、彼との会話をすぐ切り上げたくて嘘をついてしまった。
…本当は「こんなに連絡されるのは困る」と率直に言えたらいいのだけど…こんな事初めてで、どうしたらいいのかわからない。もしもはっきり伝えてもっと困ったことになってしまったらと思うとそれも出来ないし……せめて誰かに相談できたらいいのに。そう考えた直後に手嶋さんの顔が一瞬脳裏に過った。彼ならきっと親身に聞いてくれるだろうし、対策も考えてくれるかもしれない……けどダメだ、お兄ちゃんとのゴタゴタの時に頼ってしまったばかりだし、それにこれは私の問題なんだから巻き込む訳にはいかない、手嶋さんの優しさに甘えてはだめだ。


「…どうしよう……」


昨日の帰りも、待っているというメッセージの通り彼は駅…というか、バス停で私を待ち構えていた。以前は爽やかなだなと思っていたけど、今はもうぞわりとするような感覚を覚える笑顔を浮かべて。
会話の内容もメッセージとあまり大差なかった。バス停から改札までほんの3分ほどなのに今日は何をしていたのかとかひたすら質問攻めだった。なのに自分のことは全然話さなくて…まるで私の事を探っているみたいで怖かった。かと言って彼の事を聞く気にはなれなかった、というか、ひたすらマシンガンで聞く暇すら与えられなかった。

とにかく彼が怖い……男性に対してこんなに恐怖を感じるのは生まれて初めてだ。一人ではもう抱え込める気がしない……もう一度深くため息をついてベッドの上で膝を抱え込んだと殆ど同時に、部屋のドアがコンコンと音を立てた。


「そろそろ行くぞ」


ほんの15センチほど開いた扉の隙間から、総北の黄色いジャージを纏ったお兄ちゃんが覗いた。いつもならすぐ行く、って私もバタバタと部屋を飛び出すけど、今日は体がずしりと鉛のように重たくてそんな元気もなかった。部活に行きたくないとかそういうのは全く無いはずなのに…。
そんな私の異変を感じ取ったのか、お兄ちゃんは訝しげに私の名前を呼んで部屋の中に踏み込んで来てまっすぐ私の方へ進んでくる。これもいつもなら「勝手に入って来ないで!」と怒る所だけど、そうする元気もない──というより、お兄ちゃんが側に来てくれることに今は安心感を覚えた。


「…お兄ちゃん」


お兄ちゃんはもう行くぞ、なんて言ってたのに悠長に私の隣に腰掛けてきてじっと私を見つめてくる。お兄ちゃんはもう完全に私の話を聞く体勢だ。私はまだ何も言ってないのに何かあったとバレてるみたいだ。つくづく私は顔に出やすいらしい。


「…何かあったのか」
「……もう出なきゃだよ」
「……」


お兄ちゃんは何も言わずに相変わらず私をじっと見つめてくる。副キャプテンが練習遅れちゃダメじゃん…なんて頭では思っているのに、恋愛関係に疎いお兄ちゃんはきっとアテに出来ないだろうとおもっているのに……こうして今どうしたらいいのかと悩んでいる時に隣にお兄ちゃんがいてくれる事が心強くて、安心で……視界がじわりと滲んだ。


「…なんか、私、大変な人に気に入られちゃったみたいで……」


ずっとメッセージを送り続けてくる彼のことをお兄ちゃんに話した。毎日重たい内容を何通も送られてきて困っているんだということも、どうしたらいいのかわからないという事も打ち明けた。


「何故もっと早く言わなかったんだ」


私が話終えるまでじっと話を聞いてくれたお兄ちゃんは、剣幕な表情をしていた。私が気にしすぎなのかな、とかはっきり嫌だと言えない私がいけないんだと思っていたからこうしてお兄ちゃんに怒ってもらえる事に安堵した。少し前だったらこう言ってきたお兄ちゃんにきっと文句を言ってたし、そもそも心配をかけたくなくてこんな話、きっとできなかった。ちょっと大変だったけど…あの時お互いの気持ちをぶつけておいてよかったと思う、あれがあったからこそこのことも打ち明ける事が出来た。


「ごめん…ここまでしつこくなるなんて思わなくて……」
「…誰かに話したのか、この事」
「ううん…お兄ちゃんが初めて…」


お兄ちゃんはそうか、と小さく言うとくしゃりと私の頭を撫でてきた。お兄ちゃんの手って、こんなにあったかかったっけ。何で早く言わなかったと言ったくせにそれから何も言わなくなっちゃって、こういう事にはやっぱり頼りないなって思った。それなのに……今はじんわりと涙が出てくるくらい安心する。重く硬くなった体が緩んでいくような感じだった。


「今日はオレも、一緒に帰る」
「うん……ありがと…」
「…朝練、行けるか?」
「うん…いく…」


って、バスの時間がある私はもう遅刻してしまうんだけど。ロードで行くお兄ちゃんならどこかで急げば間に合うかもしれない。頭を撫で続けてくれるお兄ちゃんの手にもう少しだけ浸っていたいけど副キャプテンが朝練に遅れるのはだめだ。
ベッドから腰を上げて、「行こう」と言えばお兄ちゃんも立ち上がる。


「この事、純太にも話すべきだ」


思わず「だめだよ!」と声を上げてしまった。手嶋さんには絶対こんな事話せない。
優しい彼の事だもの、きっと心配をかけてしまう。部活のことで悩んでいるならともかく、この件は部活と何も関係ない。確かに手嶋さんならいいアドバイスなりをくれるだろうけど…手嶋さんにこれ以上迷惑はかけたくない。


「…きっと純太もお前に何かあった事、気付いてる」
「………」
「話した方がいい」


お兄ちゃんに気付かれてしまったってことは、きっと手嶋さんにも悩んでいるという事は遅かれ早かれ気付かれてしまうだろう。私は顔に出やすいらしいし…。
本当は手嶋さんに話したい、頼りたい。助けて欲しい。


「…手嶋さんに余計な心配、かけられないよ」






57/96


|


BACK | HOME
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -