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秋も深まって、段々と近付いてくるロードレースのオフシーズン。それはつまり、今までちょこちょこ顔を見せてくれていた3年生の先輩達が完全に引退する日が近付いてきている事も意味している。
田所さんの引退レースでもある11月のクリテリウムに出場するのは鳴子くんとお兄ちゃん、それから杉元くんの4人。それに向けた練習にも彼らは毎日一生懸命打ち込んでいる。これがまたちょっと大変で……というのも杉元くん以外は負けず嫌いの頑固なスプリンター達。当然練習からみんな負けたくないって気持ちがビンビン伝わってきて、毎日毎日全開のスプリントバトルを何本も繰り広げてる。そうやって競い合うのは私はいいことだと思うのだけど、レース本番前に体を壊してしまっては元も子もない。マネージャーの私や幹ちゃんからはもちろん、キャプテンである手嶋さんも「ほどほどに」と言ってはいるけど……まああまり意味がない。そもそもこのレース、手嶋さんは「来年を見据えて走れ」と何度も言っているし、わかったとみんな言っていたのに結局こうして練習でもゴール争いをしている。きっとレース当日もこんな調子だろうな……これがスプリンターっていうやつなんだろうか。

そんなレース前の大事な時期だけど、その前に大きな学校行事も目前に控えている。

──文化祭。

まだ入学前の去年は、文化祭当日都合が悪くて遊びに行けなかったからこれが私にとって初めての総北高校の文化祭。
目前に迫った今は毎日準備に追われていて大変だけど、クラスのみんなと協力し合って準備するのは結構楽しかったりする。レース前の大事な時期なのに部活の時間が削られてしまうのは少し痛いけど……。

こうして、私は部活に文化祭の準備にと大変でも充実した日を送れていた。

……ただ一つ、困った事を除いて。



忙しいこの期間でも継続している手嶋さんと、それからお兄ちゃんとの居残り練習。今日もそれを終えて、帰り支度も整えたしあとは部室の戸締りをして帰るだけ。「これから帰ります」とお母さんに連絡を入れようとカバンからスマホを取り出して、ロック画面を解除しようとした私の目に飛び込んできたのは、“新着メッセージ:37件”というLIMEの通知。それを目にした途端、ずしりと体が重たくなったような気がして思わずため息をついた。
37件のうち、きっと5件ほどはよく利用するお店のアカウントから毎日届くクーポンや商品情報とかだろう。その他は……多分、同じ人から。
結局LIMEを開くのが億劫になってしまって、お母さんに連絡を入れる事なくスマホをまたカバンに仕舞い直した。


「…どうかしたのか」
「う、ううん、何でもない。お母さんに連絡するなら、私もこれから帰るって伝えてもらっていいかな?」


きっとお兄ちゃんも帰る時にお母さんに連絡するだろうから、私も帰る事を伝えてもらおう。でもお兄ちゃんは「わかった」と頷いてはいるけど、訝しげな目を私に向けている。まるで何かあったんだろうと言いた気だ。


「わりーお待たせ!んじゃ帰るか」


帰り支度を終えた手嶋さんに頷いて、いつものようにお兄ちゃんはロードに乗って少し先に校門を出て、私と手嶋さんはその少し後にバス停へ。


「んーっ、今日も疲れたなー。一花ちゃんも今日もありがとな」
「いえ!2人のお手伝い出来て私も楽しいですから」


手嶋さんは照れ臭そうに笑って、また「ありがとな」と言ってくれる。この笑顔を見るとやっぱりどきどきするのに安心する。そんな気持ちになる度に、私は彼のことが好きだなと改めて思う。ずっとこのまま一緒にいられたら…って、そう願ってしまう。


「文化祭の準備も結構大変だよなー。コキ使われまくってるから部活前にヘトヘトになりそうだわ」
「手嶋さんの所はお兄ちゃんのクラスと合同なんですよね?」


予算の都合で今年は手嶋さんとお兄ちゃんのクラスは合同で企画をするのだと小耳に挟んだ。確か喫茶店をやるんだっけ…なんであれ手嶋さんと文化祭の準備が出来るなんてお兄ちゃんが羨ましすぎる。


「ああ。2クラス分の予算もあるし、人手も多いしそれなりに凝った物が出来そうだよ」
「それは楽しみです!手嶋さんのとこ絶対遊びに行きます!」
「へへ、サンキュー。青八木と待ってるよ。一花ちゃんのとこは何やんの?」
「うちはメイド喫茶です」


文化祭でメイド喫茶なんて定番すぎるけど、一味違うのはクラス全員がメイドさんになるって事。そう、男子も女子もみんなメイド服を着る。つまり私と同じクラスの今泉くんもメイド服を着る訳で…彼がいい稼ぎ柱になってくれるとみんな期待していた。当の今泉くんはこの世の終わりみたいな顔をしていたけど。


「…一花ちゃんも着るの…?その、メイド服…」
「は、はい。あんなヒラヒラしたの、絶対似合わないと思うんですけど…一応」
「いや似合わないなんて事は無いだろ!可愛いって絶対!」
「…!」


手嶋さんがあんまり力強く言ってくれるから、顔に熱が一気に集まってくる。可愛いだなんて言ってもらえて心臓はドキドキ言ってるし、今私の顔はすごく赤くなっているだろう。もう辺りが暗くなっていてよかった……でも、すっごく嬉しい。


「あーいや、その……、オレも一花ちゃんのとこ、遊びに行くよ」
「はい…!嬉しいです、ありがとうございます。手嶋さん」


メイド喫茶なんてちょっと恥ずかしいなと思っていたけど、手嶋さんがこう言ってくれるお陰でメイド服を着るのが楽しみになった。当日も可愛いって思ってもらえたら嬉しいな…。文化祭当日、メイクとか髪型とかいつもより頑張ろう。

そうしているうちに、いつも乗るバスが到着してふわふわした気持ちのままバスに乗りこんで、いつも通り手嶋さんと手を振り合って別れた。
バスの座席に座って、スマホを取り出すとタイミングよく短く震えた。画面に表示されているのは“新着メッセージ:41件”の文字──その数字を見て、ふわふわとした夢心地のような幸せな気持ちは現実へと引き戻された。…そろそろメッセージ見て、一言でも返さなくちゃ…だよなぁ…。
重たく感じる指を動かして、その通知画面からアプリを開いた。

このメッセージは全て今日一日で送られてきた数。思った通り数件の広告メッセージ以外、送り主は1人からだった。
そのメッセージは朝の挨拶から始まって、前半の内容は『一限目は何ですか?』『勉強大変ですか?』『お昼ご飯は何食べました?』…など質問系が多かった。それが中盤からは背中が寒くなるような内容が並んでいた。


『僕からのLIME迷惑ですか?』
『休み時間ですよね?お返事お願いします』
『一花さんとお話ししたいだけなんです』
『ねぇ一花さん、これ届いてますよね』
『せめて既読付けて欲しいです』


…などなど、こんな目眩がしそうになる内容が暫く続いていた。

このメッセージを送ってくる彼と知り合ったのは、丁度手嶋さんとの居残り練習を始めた頃だった。その日はバスを降りた先の駅で定期券を落としてしまったことに気が付いて一生懸命探していると、他校の制服姿の同い年くらいの男の子が見つけてくれた。それをきっかけに私達は顔見知りになって、駅でもよく顔を合わせた。
最初の印象は絵に描いたような好青年。彼は私立の進学校に通っているらしく、同い年の私にも敬語で話してくれたりと丁寧な物腰や言葉遣いの端々から頭の良さが伺えた。
こんな頭が良くて、私とはまるで住んでいる世界が違うような彼だけどどうやら私との会話を楽しんでくれているようで何度か駅で会っているうちに、LIMEを交換して欲しいと言われて交換してしまった。その時は本当にいい人だなって思っていたし……まさか、こんな事になるとは思わなかった。

気が重いけれど、返事遅くなってごめんなさいって送らなくちゃな…。

…最初のうちは、こんなんじゃなかった。忙しかったり疲れている日は無理して返さなくて大丈夫だから、気が向いたら返事して欲しいってこっちを気を遣ってくれる事まで言ってたのに……気が付けば1日に送られてくるメッセージの数もどんどん増えて、内容もどんどん重たくなっていった。どうしてこんな風になってしまったんだろう…。

いつも以上にゆっくりとメッセージを打ち込んでいると、トーク画面に新しいメッセージが飛び込んできた。


『今日は遅いんですね。駅で待ってますからお話しましょう。一花さんのお顔が見たいです』


背筋がぞわりとして、ぴたりと体が固まった。男女の仲とか、恋愛に疎い私だけど……はっきりとわかった。
──彼とこれ以上関わるのは危険だ、って。





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