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いつものように居残り練習を終えた一花ちゃんとの帰り道。いつも通りに練習が終わる頃に盛大に腹の虫を騒がせた彼女とコンビニに寄った。少し前まではレジ横に並ぶホットスナックのショーケースを眺めていた一花ちゃんは、今日はその隣の中華まんのケースを少し離れた所じっと眺めていた。


「もうそんな季節か。今日は中華まん?」
「はい!やっと並び始めたなって」


一年中置いててくれていいのに、と不満を漏らしつつも一花ちゃんの声は弾んでいて嬉しそうだった。好きなのか、中華まん。こんなところでまた一つ彼女の好みを知れて嬉しくなる。


「けど悩みます…ピザまんか肉まんか……」
「わかる。どっちも美味いもんなー」


そうなんですよー、と一花ちゃんはまたショーケースをじっと見つめた…というか睨んでいるに近い。思わずぷっと吹き出すと困ったような顔がオレを見上げてきた。


「じゃあさ、オレピザまんにするから一花ちゃんは肉まんでどうだ?分ければ両方食えるだろ」
「いいんですか?じゃあそうします!」


それからオレはピザまんを買って、一花ちゃんは肉まんを買った。といっても彼女の分はオレの奢りだ。自分の財布からお金を出そうとしてきたけど、オレはそれを断った。当然だ、こうやって遅くまで練習付き合ってもらってんだからこれ位のお礼はしないと気が済まない。いや、むしろこれだけじゃ足りない位だ。
コンビニを出て軒下で持っているピザまんを半分に割って、少し大きい方を一花ちゃんに手渡すと彼女も綺麗に半分に…とはいえない大きさに割った肉まんを手渡してくれた。彼女が手にしている物より一回り位は大きい方を。


「オレ小さい方でいいよ」
「いいんですよ、手嶋さん走った後なんですから、しっかりエネルギー補給しないと」


私のことは気にしないで下さい、とにっこり笑ってるけど多分引かないだろう。素直にありがとう、って差し出された大きく割られた方を受け取ると嬉しそうに笑って一花ちゃんもオレの差し出したピザまんを受け取った。


「はー、やっぱり練習後は沁みますね!」


美味しい、って幸せそうに両手に持ったピザまんと肉まんを頬張りながら顔を緩ませる一花ちゃんはまるで小動物みたいでめちゃくちゃ可愛い。ずっと眺めていられそうだ。正直オレにはこの幸せそうな顔が練習後には一番の癒しなんだけどな、と思いつつ一花ちゃんから分けてもらった肉まんに齧り付いた。


「って…私は全然動いてないですけどね…」
「何言ってんだよ。いつも大きな声で応援してくれてんじゃん。たまに裏門坂の下の方にいても聞こえるよ」
「え…そ、そんなに聞こえます?私の声…」
「うん。すげー聞こえるよ」


みるみる恥ずかしそうになっていく一花ちゃんが可愛くて思わず口元が緩む。彼女にバレないように誤魔化そうと残り一口分になった肉まんを口に押し込んだ。
つーかそんなに恥ずかしがる事ねーのに。いつもその大きな声援のおかげでキツいメニューだって、その後の自主練だって頑張れてんだ。


「いつもありがとな。一花ちゃん」
「いえ、そんな…。手嶋さんの練習見てるとつい熱が入っちゃうんですよね」
「ああ、峰ヶ山レースの時も凄かったって青八木から聞いたよ」


峰ヶ山レースが終わった後の青八木、なんか疲れてたからどうしたのかと思ったら乗せてもらった報道車で隣に座っていた一花ちゃんの勢いがすごかったらしい。なんか想像出来るなと思って思わず笑っちまったと同時に、オレの走りでそこまで熱くなってくれたんだと思うと嬉しかったな。


「あの時の手嶋さんの走り、本当にすごかったですから。なんていうか…手嶋さんとお兄ちゃんの走りを初めて見た時と同じくらいの衝撃で…」


──オレ達の走り。
一花ちゃんからその言葉を聞いて、先日の青八木との会話が頭に過った。
…青八木には言ってないんだよな、オレ達の走りを見てもう一度自転車に関わりたくなった事も、オレらの走りが好きだって事も。


「…そのオレ達の走りが好きってやつさ、青八木には言ってやんねぇの?」
「え…!?」


一花ちゃんは鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔をして驚いていた。この反応を見る限り、青八木には何も言ってないっつーのはマジみたいだ。や、別に青八木を疑ってた訳じゃねぇんだけど。


「いやぁ…お兄ちゃんに言うのはちょっと恥ずかしいっていうか…変じゃないですか、妹なのにお兄ちゃんのファンだなんて……」
「そうか?オレはいいと思うけどな?それに、言ってやったらきっと青八木すげー喜ぶよ」


オレ達の走りが好きだって言ってた、って青八木に言った時アイツ驚いた顔してたけど…間違いなく嬉しかったと思う。だからきっと一花ちゃんの口から言ってやったら喜ぶのは間違い無いだろう。まあ、表情はそんな変わらねぇかもしれないけど。
…けど、一花ちゃんの表情は曇っていた。


「……どうですかね…それは…」


俯いてそう言った一花ちゃんの声は暗く重たかった。


「お兄ちゃん…私がマネージャーやってるのだってどう思ってるか……」


一花ちゃんの口から出たその言葉の答えを、オレは知っている。青八木はたった一言だったけどオレの「一花ちゃんがマネージャーやってんのどう思ってるか」って質問にアイツははっきりと「よかった」と答えている。青八木も言ってねーのか…一花ちゃんがまた自転車に向き合うようになってどう思ったかって事……まあ、そんな事だろうとは思った。


「顔には出してないですけど…本当は嫌なんじゃないかなって…」
「そんな事ねぇって!一花ちゃんがマネージャーやってくれてよかったって言ってたよ、青八木」


『手嶋さんが言うならそうですね』、という返答がオレの予想だった。けどそれに反して彼女の表情は相変わらず暗くて重たいままだった。


「……それは多分、手嶋さんだから…」


微かにしか聞こえないような消え入りそうな声だった。実際“手嶋さんだから…”の後は一花ちゃんの唇が動いていたから何か言っていたのはわかるけど、声は聞こえなかった。けどきっと“手嶋さんだからそう言ったんだと思います”…と言っていたんだろう。こりゃ「本当にそう言ってたんだよ」って言ったところで、青八木本人から聞かないときっと素直に受け取ってはくれないだろう。これは少し厄介だな…。


「どうしてそう思うんだよ?」
「…昔ロード始めたばかりの頃、私がお兄ちゃんの後着いてってたって話しましたよね?」


合宿前の峰ヶ山で一花ちゃんがロードに乗れなくなったと知った数日後、彼女からその話を聞いたのを覚えている。「ああ」と頷くと一花ちゃんはまたぽつりと話を続けた。


「本当は嫌だったのかな…って、ある日急に思ったら、ずっとそう思えちゃって。
お兄ちゃんがロード始めたのだって、“一人で練習出来るから”って理由だったし…お母さん達に“一花のことお願い”とも言われてたから、本当は着いて来られるの嫌だったのに、言えなかったんじゃないかなって……」


少し苦しそうに話す一花ちゃんに、オレは何も返せなかった…いや、返さなかった。本当は「青八木はそんな事思ってないよ、わかりにくいけど今だって楽しそうだし、よかったって言ってたよ」、そう喉につかえていた。
これもオレが彼女に伝えたところでやっぱり一花ちゃんは素直に受け取らないだろうし…何より、青八木から彼女に伝えないときっと意味がない。


「……一花ちゃんはさ、楽しい?青八木と部活できて」
「それはもちろんですよ!2人の走りが見れて、」


申し訳ないけど、いつものようにオレ達2人の走りを褒めてくれそうな言葉を「いや、そうじゃなくて」と途中で遮った。当然一花ちゃんは困惑した表情でオレを見上げていた。少し不安そうな視線に思わずクラッとしかけたけど、軽く咳払いをして続けた。


「青八木と一緒に部活してんの、楽しい?」
「それは……」


一花ちゃんはほんの1.2秒口を噤んでから、また血色のいい唇を開いた。


「楽しい、です……」


微かに嬉しそうに口角を上げてそう言った一花ちゃんの言葉に偽りは無いだろう。彼女からこの言葉が聞けて、オレは安堵の息を吐いた。

4月からこの青八木兄妹を見てきて、言葉のコミュニケーションは少ないしお互いにちょっと不器用なとこはあるけど、すれ違いとかはあんまり無くて仲いいんだなって思っていた。けど実際はお互いに本当に言いたい事言えてなくて、お互いに気を遣ってんだ。オレが思っている以上にこの兄妹は不器用なのかもしれない。

……こりゃあ少しだけ、オレがお節介を焼く必要があるかもしれない。



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