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お兄ちゃんと同じ総北に入学を決めてから月日が流れて、新年度の4月。
晴れて私は、無事に総北高校の生徒になる事ができた。

受験までのあの地獄はもう思い出したくもない。
ギリギリに志望校を決めた私が悪いっていうのはわかってるけど、受験が終わるまで休日も友達とロクに遊ぶ事は出来ないし、自転車やめてから唯一の趣味だった映画も当然我慢。極め付けに心底嫌いな数学と毎日数時間睨めっこ。しかもちょっとでもサボろうとすると毎回どっかで見張ってるの!?って言わんばかりのタイミングでお兄ちゃんが監視に来る。
だからこうしてあの苦しい日々を乗り越えて、今ここにいる自分の事を褒めてあげたい。


そんな地獄も乗り越えて総北に入学してから数日目の今日は、午前中に体育館で部活紹介があった。入部届はもう入学初日に配られていたから、すぐに“自転車競技部”と書いて顧問の先生に出しても良かったんだけど、やっぱり部の雰囲気はちょっとでも知っておきたくて、あえてこの日まで待った。

部活紹介の時に、主将さん…えっと、金城さん……彼が言った『支え合うチームを作る』と言った言葉がすごく心にグッときて、私の決心はしっかりと固まった。
部活紹介が終わって教室に戻ってすぐに私は入部届を記入して、お昼休みの今顧問のピエール先生にそれを提出してきた。今はその帰り道。
私が青八木一の妹だと言ったら、すごく驚かれたなあ……。昔からよく似てないとは言われていたけど、お兄ちゃんとは産まれた時から一緒にいるからよくわかんないや。…まあ、性格が似てるねと言われたら全力で否定するけど。私あんなに無口じゃないし。

それはともかく…ひとつだけ不安な事がある。

自転車部の先輩達って、一人一人独特な圧がある。それが少し怖かったりする。
今日体育館の舞台に上がって部を紹介していた金城さんは、ものすごい威厳があって、力強く部を引っ張ってくれそうだけど同時にすごく厳しそうだなって思った。他の2人の3年生の先輩もなんかすごかった。1人髪が緑色だったし…!

それと……手嶋さん。
始めて彼のレースを見た時のあの挑発する口調と悪そうな表情が忘れられない。お兄ちゃんとは仲が良さそうだし、その2人の走りにはすごく感動した。だけど正直、ちょっと怖い。何か粗相をしようもんならネチネチと怒られるんじゃないかと勝手なイメージを抱いてしまっている。
失敗……しないようにしなくちゃ。

そんな事を考えながら廊下の角を曲がった、その時だった。


「どわっ!」
「うわっ…!」


廊下の角を曲がると、すぐ目の前に誰かがいた。相手を認識した時にはもう遅くて……私の頭はその人に衝突していた。突然だったのとその反動が結構大きくて、受け身も取れずに恥ずかしいことに尻餅をついてしまった。


「わりぃ…!大丈夫?立てるか?」


私の目の前に、すっと手が差し出された。その手は私のそれよりも大きくて、指は骨張っていて長くて…男の人の手だった。それにこの声……なんか聞いたことあるような。
その手の先を目で追って……思わず息を飲んだ。

重ためのパーマの黒髪、三白眼気味の大きな猫目……この顔には、見覚えがある。


(手嶋、さんだ……!!)


去年に比べて髪が伸びているけど、間違いない。今正に粗相をしないようしなきゃって思った相手が目の前にいて、背筋がヒュッと冷えるような感覚を覚えた。
ああもう最悪だ…!気をつけなきゃって思った矢先に…!!

だけど、手を差し伸べてくれている手嶋さんは眉を八の字に下げて、申し訳なさそうな表情を私に向けていた。レースで見たあの悪い顔と今の彼の顔は到底結び付かない。


「は、はい、大丈夫です」


すみませんって謝りながら差し伸べられた手にそっと自分のそれを重ねると、ギュッと握られて引き起こしてくれた。
私が立ち上がると握られていた手が離れていく。…お兄ちゃんやお父さん以外の男の人の手なんてこの歳になって初めて触れた。当然だけど全然違うんだな…手嶋さんの手、細いけどなんだかしっかりしてるっていうか……
とにかくお礼言わなきゃと思って、ありがとうございます、ってお礼を言うと手嶋さんは「いいって」と笑ってくれた。
……もしかして全然怖い人じゃないのかも…?


「ごめんなさい…私ぼーっとしてて…!」
「いや、オレの方こそ。考え事して歩いてたからさ。それより怪我してないか?」
「いえ!私は全然大丈夫です。あの、そちらは…?」
「オレも大丈夫だよ。少しよろけただけだから」
「なら良かったです…」


笑いながら話してくれる手嶋さんは、やっぱりあの時のレースと同じ人だとは思えないくらい屈託のない笑顔を私に向けた。

……そうだ、忘れていた。あのレースの後の表彰式…表彰台の上のお兄ちゃんを見ていた手嶋さんは今みたいに明るく笑っていた。
お兄ちゃんを一等最初にゴールへ送り出した自分は観衆に埋れていたっていうのに、トロフィーを掲げるお兄ちゃんを見て自分のことのように嬉しそうにしていたんだ。
自分が作戦立てて、お兄ちゃんの走りをマネジメントして獲った勝利だから嬉しそうにしていた…側から見たらそうなんだろうけど、なんていうか……それだけじゃないような気がして。
そういうのって大体いつか破城してしまうと思う。映画とかの見過ぎかもしれないけど、いつもオレが勝たせてやってんのに!って、片方に鬱憤がたまって爆発…なんてありがちな話だ。
多分手嶋さんはすごく優しい人なんだ。だからお兄ちゃんとの関係が成り立ってる……そんな気がした。

そう自分の中で纏まり始めた所で、昼休み終了を告げるチャイムが鳴り渡った。


「あ…!昼休み終わっちゃいましたね」
「だな…早く教室戻るか。今度はお互い気を付けなきゃな」
「ふふ、そうですね。それじゃ失礼しますね、手嶋さん」
「おう、それじゃあな」


手嶋さんに頭を下げて、自分の教室へ少し小走りで向かう。
その道中……気付いた、気付いてしまった。


「名前…!!呼んじゃった…!」


あーあ、やってしまった……手嶋さんが優しい人なのかもって気が緩んでうっかりしちゃった…!!完全に変なやつって思われたよ…絶対…!!

はあ……やっちゃったものは仕方ない。部活で多分会えるし、その時に謝ろう…。



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