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「これチェック頼むわ」


昼休みの屋上、いつものように青八木と並んでフェンスに持たれて座り込んでサンドイッチを頬張りながら、隣でパンを頬張る青八木に原稿用紙を手渡す。
この原稿用紙は昨日一花ちゃんが書き上げてくれた学校新聞に掲載される部活紹介の記事だ。青八木はパンを片手に持ったまま、わかったと手渡したそれを受け取ってパンを口に入れながら原稿用紙に目を向けた。


「…これ、本当に一花が?」


原稿用紙から顔を上げた青八木は、オレが記事を書くの手伝ったんじゃないのか、と聞きたそうだった。一花ちゃん1人でだよ、と返せば青八木の顔は珍しく驚いたような顔をしてもう一度原稿用紙に視線を落とした。


「オレはそれよく書いてくれてんなって思ったんだけど、どうだ?」
「…誤字脱字が多い…他は特に…」
「その事はオレからも言ってあるよ。他に直すとこがあれば一緒に直すってさ」


って事はこれで大丈夫そうだな、って青八木から原稿用紙を預かろうと手を伸ばそうとした。…が、オレが手を伸ばすよりも先に青八木が「けど…」と困惑した声を上げた。どうした?と青八木の目線を追うと、オレらの事を書きすぎて消したであろううっすらと残る筆跡にたどり着いた。やっぱり青八木も気付いたのか。…まあそりゃそうだろうな、随分と熱が入ってしまったのか結構強めの筆圧で書いていたみたいだし。


「あいつ…こんな事を思っていたのか…」
「照れくせぇけど嬉しいよな。オレらのファンだ、なんてさ…」


原稿用紙に向いていた青八木の顔がまたオレに向いた。今度は見たことないような驚いた顔をして…まるでそんな事今初めて聞いたとでも言うような……


「…青八木…もしかして、知らなかったのか…?」


こくり、と首が縦に動く。
一花ちゃん、オレにはあんなに目を輝かせて走りが好きだって、すごいって褒めてくれていたのに青八木には言ってなかったのか……つーことは青八木は彼女が総北に入学してマネージャーをやりたいと言った理由も知らないのか。彼女はオレ達の走りが好きで、ここに来た訳だから。それを確認する為に尋ねてみるとやっぱり「知らなかった」と返ってきた。

「オレ達の走りに感動して総北に来てマネージャーしたいって思ったって言ってくれたよ」
「……どうして急にそんな事言い出したのか、わからなかった」
「それとインターハイ、オレ達に走って欲しいってさ…そう言ってたよ」
「……一花が……そんな事を……」


青八木は俯いて感慨深そうに呟いてから、もう一度オレを見た。


「純太は…一花の事、知っているのか?」


一花ちゃんの事、ってやっぱ彼女の中学の現役時代の事だよな。レース中の怪我で選手として走れなくなったっていう……。いくら兄貴の青八木とはいえ、素直に頷いていいのか迷った。オレがその事を知ったのは成り行きだったし。
俯いて数秒間青八木への返答に迷っていると、隣から向けられる視線が一層強くなった気がして、恐る恐る顔を上げると「知っているんだな」と強く訴えてくる切長の大きな左目と目が合ってしまった。
ああ…こうなったらもう青八木は喋るまで引かない。本当に青八木兄妹の眼力は恐ろしいわ。…悪い、一花ちゃん。そう心の中でこの場にいない彼女に謝罪して、オレは口を開いた。


「…ああ。聞いたよ。怪我して選手として走れなくなったって事…」
「……そうか。あいつが自分から話したのか?」
「あー…それはなんつーか……成り行きみたいなもんでよ…」


青八木に一花ちゃんとの事を全て話した。峰ヶ山練習の時彼女の先輩だった柏東の部員とのこと、その後一花ちゃんが感情を堪えきれなくなったこと、後日オレに過去の事を話してくれたこと。オレが話している間青八木は無言で頷いたり、時折驚いた顔をしたりしていた。こいつの反応を見る限り、どうやら一花ちゃんが自分から現役時代の事を話すのは余程の事らしい。
人にあまり知られたくない、心配されるのが嫌で大丈夫って笑ってたって、一花ちゃん言ってたもんな……。


「…一花は純太の事、頼りにしているんだな」
「兄貴のお前ほどじゃねーと思うけどな」
「………」


青八木は黙ってまた俯いてしまった。さっきまでオレを痛いくらいの視線で射抜いてきたその大きな切長の目は微かに細められて瞳は微かに揺れていた。そんな事はない、そう言いたげに。だけどそれもほんの僅かな間で、次にオレに顔が向けられた時はどこか寂しそうな薄い笑みを浮かべていた。


「…ありがとう、一花を泣かせてやってくれて」


一瞬なんで泣かせて礼を言われんだよ、とツッコミそうになったが「心配そうな顔を向けられたくなくて笑っていた」と言っていた一花ちゃんの言葉を思い出した。そうか…家族の前ですら、泣かないようにしていたんだよな…。
あのお世辞にも上手いとは言いにくい作り笑いを青八木にも向けていたのなら、きっと青八木も安心するどころか余計心配になっていただろう。


「お前の前でも泣かなかったんだよな、一花ちゃん」


こくり、といつもよりゆっくりと首が縦に動く。


「…事故の後無理矢理運が悪かった、平気だと言って苦しそうに笑う一花に…なんて声をかけてやればいいのか、わからなかった」
「何か言ったところで絶対お前には譲らないだろうしな」


この兄妹は性格も見た目も似ていない、けどどうしてもって時にはお互い絶対譲らねーし、自分の気持ちを伝えるのもあんまり上手くない。そんな頑固なところはすげー似てるなって、やっぱり兄妹だなって最近はそう思うようになった。
きっと青八木が本心を聞かせろと言っても絶対に心配させたくないと思う一花ちゃんは平気だと言って引かないだろう。


「…これからもアイツの話…聞いてやってほしい」
「……ああ、わかってる」


なんて、いつもよりよく喋る寂しそうな顔を向ける相棒にそう言ったけど…内心もやもやとこれでいいのかと胸につっかかりを感じていた。


「なぁ、青八木。お前は一花ちゃんがマネージャーしてんの、どう思ってる?」
「………」


青八木は俯いて考え込んで、数秒後徐に顔を上げた。


「…よかったと思っている」


嬉しそうに口角を薄く上げながら、青八木はそう言った。たった一言だがその一言にはそれ以上に詰め込まれているのがわかる。

『以前と形は違うけど、また一花と一緒にロードレースが出来て嬉しい』、『もう一度ロードに向き合ってくれてよかった』…そんな言葉がオレには聞こえた気がした。



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