喧嘩卓球
熊本に来て2日目の夜。
今日は明日のレースの準備もそう時間が掛からずに終わって、早目に風呂に入る事が出来て思ったよりも早く自由時間を過ごせる。
風呂から上がった後浴衣に着替えて、旅館の小さい土産売り場でも見に行くかって青八木と一花ちゃんに声かけて、3人で土産物を物色した。明日もあるけど、帰りは多分バタバタしてるからゆっくり土産を見る時間も無いだろう。ここで買える物は買っときたい。
家族に買ってく物、仲良い奴らに配る用、あとは…自分が食べたいもんをそれぞれゆっくり選んでいた。その間多分15分かそこらか。
家への土産を一緒に選んでいた2人に「何かいいのあった?」と聞きながら見ると、青八木の手にしていた買い物籠には随分な量が入れられていた。しかも全部食い物だ。
まあ…この2人じゃそうなるよな…と納得したのも束の間。
「…絶対武者がえし!」
「きんつばがいい」
兄妹の空気がピリピリし始めた。どうやらどっちを買って帰るか意見がすれ違ったらしい。そういや言ってたな…家へのお土産の予算は2人の財布を合わせてのそれだって。
ああ…こりゃダメだ、喧嘩になる雲行きだ。
*
「お兄ちゃんの…ケチっ!」
「……!」
スパンッ、と鋭い音を立てて一花ちゃんの手にしたラケットがピンポン球を打ち出す。青八木もそれを同様に鋭い音を立てて打ち返した。
結果から言うと、やっぱり兄妹喧嘩になった。
そしてその喧嘩方法は……温泉卓球。
言葉だけなら平和的な方法だけど、実際2人の雰囲気はかなりピリピリしている。
…喧嘩の内容はかなり子供っぽいけど。
「絶対武者返し、だってば!!」
青八木の打った速い球を一花ちゃんは怯む事なく勢いよくラケットで打ち返す。青八木もそれを躊躇いなく打ち返して、またそれを一花ちゃんも打ち返す。それの繰り返しだ。しかもお互いへの文句付きで。よくお互いあれを喋りながら打つ余裕あるなって感心しつつも、少し呆れ気味に卓球場のベンチに腰掛けながら眺めていた。
…ジャンケンとかもっと早い方法あったんじゃねぇの…?
って、ここまで白熱しちまってるし、多分聞かないだろう。この兄妹頑固なとこはそっくりだからな。
「きんつばの方が…、安い…!」
「武者返しは入ってる個数多いっ、もん…!!」
鋭い音を立てて、一花ちゃんの打った球が台にバウンドして青八木の脇をすり抜けた。今のは見事に一花ちゃんに点が入ったな。ちらっと見えた青八木の顔は悔しそうだった。
お互いに随分と息が上がってるし、汗もかいてる。こりゃ後で2人とも風呂入り直しだな。
「はぁ…あっつ……」
言いながら、一花ちゃんは自分の着ている浴衣の襟に手をかけて外側に引っ張って首元を緩めた。汗の滴る細い首筋と鎖骨が晒されて、そこに無意識に視線を持っていかれた。それダメだろ…!エロいって!
そんなオレをよそに、青八木は強めの音を立ててサーブを打つ。今までより速い球だけど、一花ちゃんはしっかり反応してそれを打ち返す。
「……っ!」
「……」
お互いに段々余裕がなくなって来たのか、とうとう言葉を交わさなくなった。言葉が無くなった代わりにラリーがどんどん激しくなってくる。
けど…白熱すればするほど、一花ちゃんの浴衣の合わせ目がどんどん肌蹴てきてる、ような……
「こ、んの…!」
一花ちゃんが少し大きな身振りで打ち返したその時だった。
肩が見えそうなくらいに襟がずれて……深くくっきりとした胸の谷間がばっちり見えた。しかもあともうちょいずれたら下着まで見えそうな……当然、オレの視線はそこに釘付けになる。
ダメだ、これはダメだ…!オレがダメになる!
「あ、青八木!タンマ!」
慌ててベンチから立ち上がって、白熱してっとこ申し訳ないけど止めさせてもらった。オレのただならない様子を察したのか、2人ともぴたりとラリーを止めてくれた。不服そうな顔はしてるけど。
それに構わず、ちょっと来い!って青八木を小さく手招きすると素直にオレの方へ来た。
「青八木、あのさ…」
「……」
青八木の耳元に手を当てて、こっそりと一花ちゃんの襟の事を耳打ちをする。
言い終えると、青八木は表情を変えずに息の上がった一花ちゃんに向きを変えた。
「一花」
「なに…?」
「浴衣直せ」
直球かよ…!もっとさりげない言い方あるだろ…!
「え…?浴衣…?」
一花ちゃんは顔を自分の浴衣に向けて…青八木の言葉の意味に気が付いたのか慌てて大胆に開いた浴衣の襟を内側に引っ張って、がっつり見えてた胸の谷間が浴衣の中に隠された。…名残惜しくない、なんて言えば嘘になるけど、あのままじゃオレがヤバかったからこれでいい…いいんだ。
「あ、す、すみません…!!」
一花ちゃんは襟を押さえたまま、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
オレが青八木に浴衣はだけてる事耳打ちしたの、やっぱ青八木のあの言い方じゃバレるよな…。謝られちまうとオレも気まずい。
「あ、あー…いや…謝る事ねぇって」
寧ろオレが謝るべきだしお礼言うべきだ。
…やっぱ、一花ちゃんでっけぇな……。
「あ、あのさ…これ続けてたら明日に響くし、ジャンケンとかで決めるんじゃダメなのか?」
「あ…!」
「!」
「…もしかして、思いつかなかったのか?2人とも…」
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