A
手嶋さんに数学を見てもらう約束をした次の日。
放課後に手嶋さん…と当然の如くいたお兄ちゃんと昇降口で待ち合わせして、駅前の安くて美味しい赤い看板のレストランへ向かった。
みんな考える事は同じなのか、総北の生徒のグループがあちこちにいてやっぱり教科書とノートを広げている。こうやって学校帰りにレストランでテスト勉強…とか高校生の定番!って感じで憧れていたから、今ちょっとワクワクしてたりする。
これからやるのはそれはそれは嫌いな数学の勉強なのに、嫌だとは全く思わなかった。手嶋さんが教えてくれる…そう思うと少しドキドキするし。

初めて2人のレースを見た時は、思いもしなかったな。
まさかこうやって2人とご飯食べに行ったり勉強したりするなんて。
お兄ちゃんに手嶋さんっていう親友が出来たのに、私がその間にいても嫌な顔をしないし、手嶋さんも私の面倒をよく見てくれる。それがすごく嬉しかった。


……まあ、今はその手嶋さんをすごく困らせてしまってるわけですけど。


「こりゃ……大変、だな……」


教えやすいからと私の隣に座った手嶋さんは、おでこに手を当てて引きつった笑いを浮かべていた。私も大変申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

……私の数学力が壊滅的だった。

どこがわからない?と聞かれても、何がわからないのか分からない。なんて答えればいいのか悩んだ末、私は恐々としながら「全部です……」と答えた。
それから困った顔をしながら、手嶋さんは「この途中式わかる?」とか「この式は?」とか…私の教科書を指差して訊ねてきたけど、当然わからない。ちょっと考えてこれかなと思う答えを言ってみても、やっぱり全然違うみたいで首を横に振っていた。それを何度か繰り返しているうちに、手嶋さんの飄々とした顔もどんどん引きつっていった。


「……すまん、手嶋」


なんで先にお兄ちゃんが謝るの!?と言いたくなったけど、言い返せないのでやめておいた。私もものすごく申し訳ないし……。


「すみません…手嶋さん……」
「いや気にすんな…って言いたいとこだけど、こりゃちょっとな…」
「で、ですよ…ね…」


さすがに手嶋さんでもここまで壊滅的じゃ無理…かな…。
残念とかそれ以上に申し訳ないって気持ちがどんどん込み上げてくる。せっかく勉強見てくれるって言ったのに……


「徹底的にやんねーと、だな…」


予想外の言葉に、思わず「え?」と聞き返した。
てっきり「お手上げだ」と言われるかとばかり思っていた。


「見てくれるんですか?」
「オレが言い出したんだから当たり前だろ。まあちょっと厳しくなるけど、そこは勘弁してくれな」


「部活来れなくなるのは回避しなきゃな」って手嶋さんは眉を八の字にして困ったように笑った。
これだけ壊滅的で、しかも自分の勉強もあるっていうのに見てくれるなんて。本当、手嶋さんには頭が上がらない。


「は、はい…!お願いします!頑張ります!」




……と、意気込んだはいいけど。

頭、パンクしそう…!!
あれから2時間は手嶋さんに数学を教え込まれていた。
時間がないからって結構駆け足でテスト範囲を一からみっちり。途中でドリンクバーとかお手洗いに立ったりはしたけど、それ以外はもうノンストップ。雑談すらしてる余裕なかった。苦手な計算をこんなにみっちり詰め込んだのは受験の時以来かもしれない…当然もう頭が働かないし、すごくお腹すいた。


「今日はここまでだな」


手嶋さんはペンを置いて、ふう、と息をついてソファに深く腰掛けた。
教わってた私が疲れてるんだもん、教えてくれてた手嶋さんも疲れてないはずない。私のために申し訳ないと思う反面、ものすごく感謝もしていた。


「本当にありがとうございました、手嶋さん!すごいわかりやすかったです!」


手嶋さんの教え方はすごく上手かった。駆け足だったとはいえ、少しでも私が首を傾げると別の方向に考えるように誘導してくれたり、何かに例えてくれたり。頭がいい人って教えるのも上手いんだな…!
……手嶋さんの字が結構大雑把で男の人らしいそれだったのは、ちょっと驚いたけど。


「そりゃよかった!一花ちゃんもよく頑張ったな。ノンストップだったからな、疲れたろ?」
「それは手嶋さんもですよね?すみません、ずっと私の勉強見て貰っちゃって…」


私の勉強を見てくれてる間、手嶋さんが自分のノートに向かっていたのは私が問題を解いている間だけだった。さすがにそれが申し訳なくて、何度か「自分の勉強優先して下さい」って言ったけど手嶋さんは「いいから」の一点張りで結局甘えてしまった。本当に手嶋さんにはお世話になりっぱなしだ。


「いいんだって!一花ちゃんの数学結構やばかったしさ」


片目を瞑りながら頬杖をついて、面白そうに笑う手嶋さんに何も言い返す言葉がなかった。お兄ちゃんまでコクコク頷いてるし。


「って訳で…明日続き教えたいんだけど…なんか予定ある?」
「え…いえ、無いですけど……」
「じゃあ決まりだな!また放課後に待ち合わせで。青八木も来るだろ?」


コク、とお兄ちゃんも頷く。
いい…のかな、こんなに頼っちゃって。けど部活に行けないのは困るし、何より手嶋さんがいいって言ってくれてるんだ。今は頼らせてもらおう。




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