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峰ヶ山レース当日。
普段から総北のオハコの練習コースであるここは、今日はまるで違う場所なんじゃないかと思う位に人で溢れていて賑わっていた。選手はもちろん、観客に報道陣──私も一度だけこの峰ヶ山レースを観戦した事があるけれど、その時の人の多さとは比較にならない程だった。
すれ違った人たちの口から大抵聞こえるのは、「総北」、「小野田」という言葉。この人達は私達総北を観に来ているんだ。改めて実感した、全国一位の自転車部はこんなに多くの人に注目されるんだって事を。
こんな注目されている中で走らなきゃいけないなんて、きっとすごいプレッシャーだ。小野田くん、大丈夫かな……、彼の事だからきっとガチガチに緊張していそう。今の調子の悪さもあるし尚更心配だ。けど、今泉くんも手嶋さんもいるしきっと大丈夫だろう。

それにしても……お手洗いの列、すごかった…!
サポートの準備を済ませてから向かったお手洗いの列はまるでテーマパークのそれかと思う程だった。これだけ人がたくさんいるんだから予想はしてたけど……想像していたよりも時間がかかってしまってもうスタート時間間際になってしまった。しかもこの人の多さ。寒咲さんのバンのところに戻るのも大変だ。どうにか人波を縫って急いで戻ってるけど……これはお兄ちゃんに遅いって怒られそうだな…少しだけ気が重くなりつつも走って仲間の元に戻ろうとしていた、その時だった。


「わっ…!」
「あ…」


何かに、いや、誰かにぶつかってしまった。


「す、すみませ……」


急いで謝らなきゃと言いながらその人の顔を見ようとした…のだけど、思っていたよりもその人の顔は高いところにあって、困惑した。


「オレの方こそごめんね。ケガ、してない?」


私を心配そうに見下ろしてくるその人──一部が特徴的な巻き方をした赤茶色の髪に、ハートマークのような形をした泣きぼくろのあるその人の身長は、明らかに今泉くんよりも背が高かった。よく小さいと言われる私との身長差はかなりある。この人、多分2mはあるんじゃないかな…!こんなに背が高い人、産まれて初めて見た…!その身長の高さに圧倒されつつも「あ、は、はい…!大丈夫です!」となんとか返した。


「そっか、それならよかった。それじゃあもうスタートだから、オレ行くね」


大きな身長には少し不釣り合いなおっとりとした顔の彼はふわっと笑って、身長に見合った大きなフレームの鮮やかなピンク色のロードを傍らに携えて、私の向かっている方向とは反対に進んでいった。そのフレームの大きさにも驚いたけど…それ以上に、思わず息を呑んで目を見開くほどに驚く物を彼は身に付けていた。

青と白のサイクルジャージ……箱根学園のそれだった。

似ているデザインだと思いたかったけど、夏のインターハイで色んな感情を抱きながら見たライバル校のジャージを見間違える筈なかった。

──箱学の選手がこの千葉のレースに…総北のホームグラウンドのレースに来ている。
まさかインハイでの雪辱を晴らすために箱根から千葉まで……?ともかくその背の高い彼の出場のおかげで、総北の優勝で確実だろうと言われていたこのレースの行方はわからなくなってしまうに違いない。インターハイでは見かけなかった選手だけど…レギュラージャージを着ていた。もしかしたら次世代を担う選手かもしれない。このレース…多分、一筋縄じゃいかない。

この事手嶋さんは知っているのかな、多分彼の事だから出走者リストを見てもう知っているだろう。けどこの事を伝えなきゃと思って、私は一層足を速めた。


あともう少しでバンに着く、というところで到着するよりも先にスタート地点に向かう手嶋さんの姿を見つけて、駆け寄りながら少し声を大きくして呼ぶと「遅かったなー」って返事をされた。


「す、すみません…トイレ、混んでて……!それより!!」


ずっと走ってたから胸が痛くて呼吸が苦しい。けど途切れ途切れでもなんとか急いでさっきの事を伝えなきゃと思って言葉を紡いだ。


「さっき、箱学の…人に会って…!このレース、出る、みたいで…!見たことない、人でしたけど…!」
「ああ。リスト見たからな、箱学が出るの知ってるよ。ついでにソイツの事もな」
「え…!知ってるんですか…!?」


背の高いやつだろ?、と聞かれて私は頷いた。
手嶋さんが知ってるってことは、レギュラーメンバーでなくてもレースにはよく出ている人なのかな…と思った。だけど、次に彼の口から出た真相は実に衝撃的だった。


「ソイツ、オレの中学の時の同級生でさ、よく一緒に走ってたんだ」


思わず声を上げそうになった。呼吸がこんなに上がってなければ間違いなく思いっきり叫んでただろう。御手洗いから戻ってくるだけのこの短時間で一体私は何度驚かされたんだろう。初めてあんなに背の高い男の人に会って、しかもその人は箱学の選手で、極め付けにその人は手嶋さんの同級生だなんて……正直目眩がしそうだ。
と言う事は、手嶋さんは……今日はかつての仲間と戦わなきゃいけないんだ…。
進学してもロードを続けていればいずれそんな時が来るというのは少し考えればわかること。けどよりによってその人は総北にとって1番の因縁の相手といえる箱学の選手だなんて……。彼にかける言葉が見つからなくて、思わず唇を噤んだ。


「ははは、そんな顔すんなよ。大丈夫だ、総北のキャプテンとして恥ずかしくねぇ走りをしてくるからさ」


手嶋さんの笑顔は少しだけ寂しそうに見えた。だけど、それとは裏腹に毅然とした声で……。そっか…覚悟、決めたんだ。昔一緒に走った人と戦う事を。総北のキャプテンとして。
本当は3日前、不安そうだったから今日は大丈夫かなって心配だったんだ。けど…もう心配は要らなそうだ。それなら私のやる事はひとつしかない。


「私、手嶋さんの事全力で応援します!周りの声援にも、田所さんと鳴子くんの声にも負けないくらい大きな声で応援します!」


やる事はひとつ、いいや、できる事はひとつしかない。
コースの上でアシストする事も背中を押す事も出来ない私には、コースの外から彼に声援を送るしかできない。だから私は、その唯一できる事を全力でやるって決めたんだ。


「手嶋さんの一生懸命な走りは、きっと今泉くんと小野田くんにも伝わるはずです。だから……あえて言わせてください」


もう十分すぎるくらい練習に打ち込んでいる彼にプレッシャーを与えたくなくて、あえてあまり言わないようにしていた、この言葉。
手嶋さんの一生懸命な熱い走りはきっと2人にも伝わって、力になるはず。だって、今日まで練習をただ見ていただけの私にだってその熱は伝わっていたんだから。


「…頑張ってください!」
「…!」


一瞬驚いたような顔をしていた手嶋さんは、くしゃっと顔を緩ませた。


「ああ…!オレなりに精一杯走って来るよ。だから…精一杯応援しててくれ、一花ちゃん」
「はいっ…!」



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