8

昨日手嶋さんと約束した通り、彼の練習のお手伝いをする為に部活が終わっても居残った。どうやらお兄ちゃんには手嶋さんから説明されていたみたいで、帰り際「倒れないように見張ってくれ」とだけ言い残して先に帰っていった。

ついさっきまで夕焼け空だった外はもう街灯や校舎から漏れる明かりがないと辺りがよく見えない位に辺りは暗くなっていて、気温も昼間と比べて大分下がって上着を羽織らないと肌寒いくらい。
そんなうすら寒い空の下、私は校舎側の裏門坂入り口にいた。首にストップウォッチと右手にはメガホン、左手にタオルとボトルを抱えて。
街灯が少なく木の多い裏門坂は一層暗く見える。その暗闇中を左右に揺れながらこっちに近付いてくる小さな一つの光。


「あと少しです!!踏んで下さい!!」


その光が大きく見え始めて、私はメガホンを口元に当てて大きく声を張り上げた。
声が届いたのか、その光はさっきよりも速度を上げてこっちへ近付いてきて…だんだんと一台の自転車と人影のシルエットを浮かび上がらせる。


「手嶋さん!ファイトです!!」


思い切り声を張り上げながら揺れる光──手嶋さんの自転車のライトを見て、思った。

暗闇の中に浮かぶ、小さいけれど眩しいくらいのその光は……まるで星みたいだ、って。

本当に手嶋さんは星みたいな人だ。いつも星のワンポイントの入ったTシャツを着てるから…とか、そんな単純な理由だけじゃない。
自分は弱いと言いつつも決して驕らず、諦めずに小さな努力を重ねて徐々に輝きを増している彼は……小さいけれど、真っ暗な夜空の中でも健気に強く眩い光を放っている星のような人だと思った。

それからどんどん手嶋さんの姿が近付いてきて、微かに荒い息遣いと車輪の音が聞こえてくる。私は構えていたメガホンを下ろして、首に提げていたストップウォッチに持ち替えた。
間も無くして手嶋さんのフロントタイヤがゴールライン代わりの校門と坂の境目を跨いで、その瞬間にストップウォッチのボタンを押した。
…タイム、あんまり伸びてないな……。

その次の瞬間、ガシャンとロードの倒れる音がした。
慌てて音のした方を見ると手嶋さんが愛車と並んで地面に倒れ込んでいた。


「だー!キツかったぁ…!」


荒い呼吸を上げて、汗だくで空を仰ぐ手嶋さんの側に駆け寄って「お疲れ様でした」と手にしていたボトルとタオルを手渡した。それを手嶋さんは力無い声で「ありがとな」と微かに震える手で受け取って寝転がったままボトルの飲み口を口に付けてすごい勢いで流し込んでいた。半透明のボトルの中身が勢いよく3分の1位まで減った頃、手嶋さんはボトルを口から離してゆっくりと上体を起こして、タオルに顔を埋めた。


「タイム、どうだった?」


顔を上げてそう聞いてきた手嶋さんに、手にしていたストップウォッチを向けると彼は苦笑いを浮かべた。


「ありゃ…さっきよりはいいかと思ったんだけどな…」


手嶋さんの予想は残念ながら外れだった。
今のも含めて何本か登ったけど、最初の頃の方がいい記録だった。手嶋さんの体力もそろそろ限界だろうし…これ以上やってもきっといい記録を出すのは難しいだろう。それはきっと彼が1番よくわかっているはず。


「今日はここまで…だな…」
「ですね。部室戻ってマッサージさせて下さい」








「やっぱり。脹脛随分パンパンですね」


部室に戻ってから、ベンチにうつ伏せになってもらった手嶋さんの足元の脇に立って彼の脹脛に触ると予想通り随分と張っていた。今日の練習で追い込んだ…というよりもこれは……


「これ、昨日の残ってますね…」


昨日マッサージしたときよりは幾らかマシだけど、この状態で走っていたならなかなか走るのキツかったんじゃないかな。そりゃあタイムの伸びもイマイチになる訳だ。それなのに今日もこんな時間まで走って…本当に努力家というか…もうここまで来るとドMだな…。まあ、そんな頑張り屋の彼のことが大好きだったりするのだけど。


「ははは…やっぱ分かっちゃう?」


なんて手嶋さんは笑ってるけど、すっかり疲れた声だ。
わかりますよ、と苦笑いをしながら言ってマッサージを続けた。それにしてもこの2人きりの部室でマッサージ…ってよくよく考えてみたらすごく恥ずかしいな…いやいや何考えてるんだ、これは選手をサポートする為の立派なマネージャー業なんだから!集まってくる顔の熱を無視して、マッサージに集中しなおした。

…頑張りすぎないで下さい、そう言ったところで手嶋さんはきっと聞いてはくれないだろう。だったらせめて彼の負担が少しでも軽くなるように支えるしかない。そう思って、居残り練習のお手伝いを申し出た。
後から考えたら、私はなんて事言ってしまったんだろって顔が熱くなった。だってそれって部活終わりに手嶋さんと2人きりになるって事で……今は手嶋さんへの想いを募らせるのはダメだって頭ではそう思っているのに。
でも…少しでもいいから、彼の助けになりたかった。なんて、私のエゴかもしれないけど。


「よし、こんなもんですかね。今日も湿布貼っておきますね」
「ああ、ありがとな、一花ちゃん」


救急箱から湿布とそれを固定する為のテーピングを出して、湿布を手嶋さんの脹脛に貼った。終わりましたよ、そう言うと彼は起き上がって脹脛を摩った。


「今日もわりぃな。脚結構楽になった気がするわ」
「なら、良かったです」
「いやーほんと、一花ちゃんがいてくれて助かったわ」


助かった…ってことは、私少しは手嶋さんの役に立ててるんだ…。
邪魔になってないかなって少し不安だったから安心したと同時に、胸の奥がきゅっとなって熱くなった。

けど、その矢先。


─ぐうぅうぅ


私のお腹から響く獣の鳴き声のような音。
反射的にお腹を両手で抑えたけど…遅かった。ばっちり手嶋さんの耳に届いてしまったようで彼はぷはっと吹き出して笑っていた。こんな事は前にもあったけど、やっぱり恥ずかしい…!動いてたならともかく、部活中もこの居残り練習の間も応援ばかりで全然動いてないのに。


「この時間だし、そりゃあ腹減るよな。帰りコンビニでも寄ってく?」


今日のお礼に奢るよ、笑顔でそう言ってくれた手嶋さんに顔を熱くさせつつもこくんと頷いた。





45/96


|


BACK | HOME
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -