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練習を終えて部室を出ると辺りはもうすっかり暗くなっていた。少し前まではこの時間でもまだ明るかったし、気温もまだ蒸し暑かったってのに今じゃ涼しくなってかなり過ごしやすい気温だ。そんな練習しやすくなった秋の気候のせいで、今日は少し無理をし過ぎた。そのおかげで部室に忘れたスマホを取りに来た一花ちゃんに心配かけちまって、こんな時間まで片付けとマッサージをやらせてしまった。
けどすげー助かった、一花ちゃんのおかげで少し休めたしマッサージしてもらったから死にそうになってた脚が少し楽になった。
ちゃんと青八木にはオレからも連絡を入れて、事情と一花ちゃんがバスに乗るまで見送るって事を伝えるとただ「わかった」とだけ返事が返ってきた。一見素っ気ない返事だけど、オレが連絡してから殆ど間を開けずに返事が来たからきっと妹の帰りが遅い事を多少心配はしていたんだろう。

その一花ちゃんとの帰り道。こんな時間に女の子を一人で帰らす訳にいかず、せめて彼女の乗る正門坂のバス停から出る駅前行きのバスが来るまでは見送る事にした。大事なマネージャーに何かあったら大変だし…それに少しでも一花ちゃんと長く居たいっつー下心も少なからずあった。


「ごめんな…帰りこんな遅くなっちまって」
「何言ってるんですか、私が勝手にやった事ですから」


手嶋さんが謝ることないですよ、って一花ちゃんは屈託なく笑った。
この笑顔…キッツイ練習の後だとすげー癒しだ。いつもの何倍も癒される。


「それより、私の方こそすみません…疲れてるのに送ってもらっちゃって」
「いいって。一花ちゃんのおかげで少し回復したし、せめてこれくらいさせてくれよ」
「…ありがとうございます、手嶋さん」


街灯に照らされた少し照れ臭そうな笑顔がまた可愛い。
こうしてふとした時に、やっぱりオレはたまらなく一花ちゃんのことが好きなんだって思う。


「もうすぐですね、峰ヶ山レース」


一花ちゃんの言う通り、もうすぐ峰ヶ山でヒルクライムレースがある。
そのレースにオレも出走することになっている…いや、オレがメンバー決めたから出走することにした、か。だからその為に登りの練習を増やした。


「…緊張、してます?」
「ああ…正直なとこな。初めてあの黄色いジャージ着て走るしな」


後輩や先輩の前じゃ気を張ってなんて事ないって態度をしているが正直、めちゃくちゃ緊張しているしプレッシャーも感じている。青八木には少しだけんな事漏らしたけど…一花ちゃんにも伝わっちまっていたのか。それ以上にびっくりなのが、それを一花ちゃんに素直に言っちまってるオレだ。


「いつも通り走れば、きっと大丈夫ですよ」


一花ちゃんは微笑んでいた。


「手嶋さんの走りを見てると、こう…すごく熱くなるんです!えっと……その、上手く言えないですが……とにかく、タイムだってすごい伸びてますし、大丈夫ですって!」


一花ちゃんは少し興奮気味だ。言葉の途中でうまく言葉に出来ないもどかしさを表現しようとしているのか、彼女の手は忙しなくいろんな動きをしていたし、目線もあちこちに行ったかと思うと最後はオレをじっと強い目力で見上げてきた。


「…って…あんまりこういう事言うと余計プレッシャーになっちゃいますよね…」


そんな目で見てきたかと思えば、さっきまでの勢いはどこ行ったんだよと思うほど今度はしおらしくなって。それが面白くて可愛くて、オレはぷはっと笑いが漏れるのを堪えきれなかった。
そしたら一花ちゃんは「何で笑うんですか」って言いたそうに少し困ったような顔でオレを見てきた。


「いや、そこまで深刻になっちゃいねぇよ。大丈夫だ、オレもいつも通り走ろうって思ってたから」
「なら、余計なお世話でしたね」
「けど…少し気が楽になったわ。ありがとな」


へへ、と一花ちゃんは照れ臭そうに笑った。
やっぱり、一花ちゃんとこうして話していると癒される。体に乗っかってた重たいもんが軽くなったような感覚だ。…これはオレが彼女に惚れてるから、かな…。


「手嶋さんが深刻になってない、って言ったので言わせて欲しいんですけど」
「ん?なんだ?」
「チーム2人としてじゃない、手嶋さんのレースが見れるの…すごい楽しみなんです」
「…オレの?」


見上げてくる一花ちゃんの目はらんらんとしていて…そう、オレと青八木の走りが好きだと言ってくれた、あの時と同じ目だった。しかもチーム2人としてじゃなくて、オレのレースが観れるのが楽しみだなんて…正直、理解が追いつかなかった。だって青八木は峰ヶ山のレースには出ないんだ。一花ちゃんが好きだって言ってくれたオレらのチームワーク走法は今回は絶対に見れない。なのに、何で。


「私、手嶋さんの走りも好きなんです」


胸が一瞬何かに縛り上げられたような感じがした。
一花ちゃんの目は相変わらずらんらんとしたまま、真っ直ぐにオレを見てそう言ったその言葉を、すぐに受け入れる事ができなかった。

走りが好きだなんて言われたのは初めてだ。嬉しいような恥ずかしいような色んなもんがグルグルと頭の中で渦巻いていて…すぐに言葉を返すことができなかったし、数秒硬直していただろう。


「あ、ありがとな…嬉しいよ」


情けないことに漸く返せた言葉は、そんな定型文のような台詞だった。
好きな子にそんなこと言われて、今すぐにでも走り出したい気分だってのに。
ホント、いつも一花ちゃんはオレが言われたことない言葉をくれるし、部活中も健気に頑張って支えてくれる。…だからこうやってどんどん彼女に惹かれるんだ。ああもうホント好きだわ。抑えなきゃいけねぇって、わかってんのに。


「でも、今日みたいに頑張りすぎはさすがに心配ですけど……明日もまた今日みたいに遅くまで練習していくんですか?」
「ああ…そうだな。オレはこうやって人一倍努力するしかねぇからな」


さっきまで目をきらきらさせてた一花ちゃんは、眉を困ったようにハの字にさせていた。
「頑張りすぎないで下さい」とか言われるかな…けど、申し訳ないが一花ちゃんの頼みであってもこればかりは少し難しい。
けど、次に彼女から出た言葉は、


「……また今日みたいにお手伝いしても…いい、ですか…?」


予想もしていなかった言葉だ。手伝いたい……って、マジか…。


「あ…えっと、迷惑とか邪魔じゃなければ…です。手嶋さんの力に少しでもなれたら…って……」


さっきまで困った顔をしていたかと思えば、今度は恥ずかしそうな顔をしてオレから目線を逸らしていた。

一花ちゃんへの気持ちは抑えると決めたのに。これ以上好きになっちまったらマジで抑える事が出来なくなっちまう…頭ではそうわかってんのに、本心では側で支えていてほしい、応援してほしい…そう思っていた。彼女の声援やサポートはオレにとって1番の励みだ。それがあれば、吐きそうな程に辛い練習でも乗り越えられる…そんな気がした。

けど、そんな事されちゃオレは一層一花ちゃんへの想いを強くしちまうだろう。断るべきだってのはわかっている。

……なのに。


「…ダメ、ですかね?」


本当、ずりぃだろ。
そんな不安気な顔して、上目遣いでんな事言われたら…断れないだろ。


「…迷惑とか邪魔だなんて、んな事ねぇよ。今日だってすげぇ助かったし…オレからもお願いするよ、一花ちゃん」


そう言うと、一花ちゃんは「はいっ!」って嬉しそうに頷いた。


(…バカじゃねーのか、オレは。こんなんじゃマジで抑えらんなくなるだろ…)


心の中で自嘲した反面、彼女の嬉しそうな笑顔を見ながら明日からの練習が楽しみだと浮き足立つような気持ちになっていた。




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