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昼休みにオレはマネージャーである一花ちゃんに部の仕事を頼む為に彼女のクラスを訪れた。
嬉しい事にオレが呼ぶ前に一花ちゃんはオレに気付いてこっちに駆け寄って来てくれて、その様に一瞬胸が騒いだのを感じつつも手にしているプリントの束を手渡した。


「まず、このプリント今泉達に渡してもらっていいか?これからの練習メニューだ」
「はい、わかりました!」
「それと…まだ少し先なんだけど学校新聞で自転車部の特集組まれるみたいでさ、部活紹介の文面考えんの頼んでいいか?」
「それはいいですけど……私でいいんですか?」
「一花ちゃんに頼みたいんだ。オレと青八木も目ェ通すから、一先ずざっと頼めねぇかな?」
「…わかりました!手嶋さんが見てくれるなら安心です。やってみます!」


にっこりと笑った一花ちゃんは、声を弾ませてなんだか楽しそうだった。そんな彼女にオレも釣られてつい笑っちまう。


「なんか楽しそうだな、一花ちゃん」
「えっ…あはは、顔に出ちゃってます?」


照れ臭そうに頬を指で掻きながら、一花ちゃんは眉を下げて笑った。
無意識だったのか。本当、表情の変化が少ない青八木と兄妹なのに一花ちゃんは正反対だ。まあ…そんなわかりやすいのが一花ちゃんの可愛い所なんだけどな。


「その…嬉しくて。手嶋さんとお兄ちゃんの引っ張る自転車部でマネージャー出来るのが…」


なんとなくそんな事だろうとは思ってたけど、一花ちゃんの言葉でそう言われると照れくさい。それに恥ずかしそうに頬を掻きながら視線を逸らす仕草も可愛くて余計だ。


「他にも仕事あれば、なんでも言ってくださいね!キャプテン!」


──キャプテン。その言葉がやたら鮮明に聞こえた気がした。

つい先日、オレは金城さんからキャプテンの役割を引き継いだ。これからはオレがキャプテン、青八木が副キャプテンとして部を引っ張っていく。
正直な所不安ばっかだ。あのバケモノみてーな1年の3人を引っ張っていかなきゃならないんだ。加えて、王者総北としての最初の主将。すげー重責だよ。更にトドメとして…オレは部で1番弱い。一緒に走っていた青八木にすら、今やスプリントじゃ敵わない。これからの事を考えただけで胃が痛ぇわ。
けど……やらないっていう選択肢はオレの中にはなかった。オレはオレのやり方でこの部を引っ張って、来年の夏にもう一度表彰台に登ると決めた。青八木も支えてくれているし…一花ちゃんだって、こうしてオレの力になろうとしてくれている。そう考えると胸の奥が熱くなるような気がした。


「サンキュ、一花ちゃん」
「これくらい、マネージャーですから!」


にこりと満面の笑みを向けられる。
やっぱこの笑顔には不思議と力をもらえる。ドキドキと鼓動が逸って苦しさすら感じるのに安心すんだ。こんな矛盾した感覚になるのも好きな子の笑顔だから、なのか…。


「あ…次教室移動なんでした。プリント、みんなに渡しておきますね」
「ああ、わりぃな時間取っちまって。それ頼んだわ」


それじゃ、と名残惜しさを感じつつも一花ちゃんの教室から離れた。自分の教室に戻る為に下級生の教室が並ぶ廊下を歩いて階段の踊り場に着いた時、突然肩に重みを感じた。


「よー!手嶋!」


調子のいい声でオレを呼んだコイツは、クラスは違えど会えばそこそこ話す男だ。重みを感じた肩にはまるで逃がさねえと言うようにそいつの腕がしっかりと回されていて、このまま階段を進むのは無理そうだ。それに嫌な予感を感じつつもなんだよ急に、と訊ねるとニヤけた顔をオレに向けて来た。


「さっき話してた一年の子、チャリ部のマネージャー?」
「ああ…そうだけど、それがどうかしたかよ」
「なぁ、あの子紹介してくんねぇ?めっちゃタイプだわ!」


ああ、嫌な予感的中だ。コイツこの間彼女と別れたらしくて新しい彼女探してるつってたな。色んなヤツに女の子紹介しろだの何とか言って……いつかはオレにも来るだろうと思っていたけどとうとう来たか。しかもよりによって一花ちゃんを指名かよ。つーか彼女と別れてすぐに次の子探すってなんかすげーな…恋愛経験が豊富じゃないオレには考えらんねぇけど、男子校生には普通の事なんだろうか。


「わりぃな、ウチのマネージャーは勘弁してくれよ」
「は?何でだよ」


コイツの顔からニヤニヤした笑いが消えて、眉間に皺を寄せて納得いかねぇって言いたげに睨まれた。断られるとは考えてなかったのかよ。


「今ウチの部、3年生が抜けたからちょっと大変でよ。マネージャーも頑張ってくれてんだ。だからあんま余計な事したくなくてさ」


他に良さそうな子いたら紹介すっから、そう当たり障りない事を言って肩にまわされた腕をすり抜けてまた自分の教室へと足を進めた。後ろで納得いかなそうになんか言ってたけど…悪いが聞いてやれないわ。

我ながら狡いヤツだなって思った。

マネージャーがサポート頑張ってくれてるって事も、その頑張りに水を差すような事をしたくないのは当然事実だ。
けどそれよりももっと強い理由がある。

部を引退するまで、彼女への気持ちを抑えるって決めた。
それまでに一花ちゃんはきっと色んなヤツに言い寄られるだろう。もしかしたら他のヤツの所へ行っちまうかもしれない。
…だから、出来るだけ一花ちゃんに他の男を近付けたくなかった。
今みたいに彼女を紹介しろと言われた事は初めてじゃない。その度に、オレは今みたいに適当にあしらって彼女から遠ざけた。全くオレはちいせぇ男だと思った。気持ちを抑えるって決めたのに、こんなそれらしく理由付けて一花ちゃんを独占するような真似なんかして。

本当、オレは狡いヤツだ。




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