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手嶋さんのお誕生日会が無事に終わった。
明日もレースがあるから短い時間だったけど、手嶋さんも楽しそうにしていたし、当然私も楽しかった。
みんなからのプレゼントを渡すの、なかなかタイミングを掴めなくてお開きの間際になっちゃったり…緊張して上手いこと言えなくて「これからもよろしくお願いします!」なんてありきたりな事しか言えなかったのはちょっと、いやかなり悔しいけど……でもどうにか渡す事ができてよかった。みんなで選んだプレゼントのボトル、喜んでくれていたし。

だけど、私が頑張らなきゃなのはここからだ。

実は個人的に手嶋さんへのプレゼントを用意している。それを渡したくて。でもみんなが見てる前で、特にお兄ちゃんがいる所では恥ずかしい。だから誰もいないところでこっそりと手嶋さんに渡したかった。
食堂の片付けも終わって、みんなぼちぼちと自分の部屋に戻り始めている。それは当然お兄ちゃんと手嶋さんも。
…声、かけなきゃ…!せっかくこの日のために用意したんだから…!がんばれ私!って自分を鼓舞して勇気をだして口を開いた。


「あ、あの…!手嶋さん!」
「おう、どうした?」
「あの…ちょっとだけ、時間もらえませんか…?」








「すみません、明日も早いのに」
「いいって。それより何か用事?」


明日も早いし、その場でさっと渡してさっと部屋に戻るつもりだったけれど食堂がもう閉まる時間になってしまった。旅館の人達が締め作業を始めていたので早く出なきゃいけない雰囲気になってしまって、手嶋さんとロビーに移動して中庭が見える窓際のベンチに並んで腰掛けた。

もう小さなお土産屋も閉まっていて、ロビーを照らす光はフロントのオレンジ色の光と年季の入ってそうな自動販売機の強い蛍光灯の光だけで、ぼんやりと薄暗い。だけどその薄暗さが中庭の見える窓際から差し込む月の光を一層引き立ててなんだか幻想的。


「えっと…これ、渡したくて」


ドキドキと逸る鼓動を無視して、小さめのラッピングをポシェットの中から取り出して手嶋さんに手渡すと、彼は目を丸くして手の上にあるラッピングと私の顔を交互に見た。


「…もしかして、プレゼント?」
「は、はい…!」
「けど、さっきももらったぜ?」
「これは私から、です…。手嶋さんにはいつもお世話になってるので。その…受け取ってもらえると嬉しいです…」


恥ずかしくて言い終える前に手嶋さんから自分の手元へと視線を下げてしまった。手に持ったプレゼントにすっと手嶋さんの細い手が添えられて、それは私の手から離れていく。


「ありがとう、一花ちゃん。すげー嬉しいよ」


離れていくプレゼントを目で追うと、ニッと歯を見せて嬉しそうな手嶋さんの笑顔が目に入ってさっきからうるさい私の心臓は一層うるさくなって、頬がカアっと熱くなった。月明かりに照らされた、大好きな彼のその笑顔を直視できなくて、「いえ…!」と視線を逸らしてしまった。本当はもっと見ていたいのに恥ずかしくて。
そんな私をよそに、手嶋さんは「開けていい?」と聞いてきて、私はそれに視線を逸らしたまま頷いた。
シュルシュルもリボンの解ける布の擦れる音とガサガサとラッピングの開く音を聞きながら、ドキドキと高鳴る胸を抑えて手嶋さんの反応を待った。
…喜んでくれるといいのだけど…。喜んでくれなくても、せめて微妙な反応でなければいいな…!


「おお!これ防水の財布だよな!?」
「はい、この間見つからないって言ってたので…」


熊本レースの何日か前の事だった。
部室で手嶋さんが何かを探してたのでどうしたのかと聞くと、「練習用の財布が見つからないんだ」と困った様子でそう言っていた。大した額は入ってなかったからよかったけど、財布が無いと困る──と。
結局そのお財布は何日かしても見つからなくて諦めたらしい。
という訳で、今まで使っていた物の代わりになれば…とプレゼントには練習に持っていける防水財布を選んだ。
プレゼントするなら使いやすくてデザインもいいものを選びたくて、色々探し回った。そしてやっと見つけた、機能性もバッチリでデザインも手嶋さんのロードと同じカラーリングの黒地に緑のラインに、星の刺繍のワンポイントの入ったやつ。正にこれだ!って、見つけた時は叫びたいくらいだった。


「すげーありがたいわ!やっぱアレ見つからなくてさ、早く新しいの買わなきゃなって思ってたんだ」


そう言って、手嶋さんはまた嬉しそうに笑ってくれた。よかった、喜んでもらえたみたいだ。


「前使ってたやつよりも使いやすそうだし、デザインも好みだわ。へへ…マジサンキューな!今度はぜってー無くさねぇよ」
「いえ…!喜んでもらえて良かったです」


手嶋さんはプレゼントの財布を丁寧にラッピングの袋に仕舞い直してから、もう一度私に視線を合わせた。


「オレに世話になってるって言ってたけどさ…オレの方こそ、一花ちゃんには助けられてるよ」
「え…?」
「いつも練習中サポートしてくれるし、それにすげー応援してくれるだろ?助かってるし、すげぇ力もらってるよ」
「そんな…私はただ手嶋さんとお兄ちゃんと、みんなの走りが好きでやってる事なので」


それにマネージャーとして当然ですし、と言うと手嶋さんは「それがすげーんだって」と困ったように笑った。


「…その、さ……、もしオレが一花ちゃんの立場だったら、絶対んな事出来ねーなって思ってたんだ」


私の立場って、ロードレースにもう出れないのに…って事か。
確かに…事故に遭ってもう前みたいに自転車に乗れないと言われて、自転車から離れていた頃だったらマネージャーになろう、なんて考えにはならなかっただろう。
ずっと選手として走れない悔しさを忘れたかった。それどころか本当はロードに乗っていた事すらも忘れたいと思っていた。だから…もしもお兄ちゃんがトロフィーを初めて持って帰ってきたあの日がなければ…私はもうロードに関わる事も無かったと思う。

そう考えたら、今私がこうして総北のマネージャーをしているのは…彼のおかげだ。


「…手嶋さんのおかげですよ」
「え?オレの…?」
「はい。手嶋さんがお兄ちゃんと一緒に走ってくれてなければ…私は多分今ここにいませんから」




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