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夏休みが明けて、新学期が始まった。

夏休み…といっても、インターハイの期間とその後の5日間の連休以外は毎日部活で学校に来ていたから夏休みが明けたという実感はあまりない。
けど、それも授業が始まれば嫌というほどに実感する。別に授業が嫌って訳じゃねぇけど…毎日部活のためだけに通学していた日々が恋しく感じる。

それと、オレ達自転車部への周りの評価もガラリと変わった。
原因は…校舎にでっかく下ろされた垂れ幕だ。
インターハイ優勝とデカデカと掲げられたおかげで、クラスメイトや仲良い奴らから「おめでとう」とか「やったな!」ってよく声をかけられる。オレは走ってねーのに。全力で走っていた先輩と後輩のサポートをしていただけだ。
だから…嬉しいけど、オレに向けられるその祝いの言葉を素直に受け取っていいのか複雑だった。それはコースを走ってた先輩と後輩、それに垂れ幕にでっかく名前が書かれてる1番の功労者の小野田に言ってやってくれ、そう思いつつも礼を言っていた。

来年は、オレに向けられるその言葉を素直に受け取りたい。
今年いた柵の反対側へ行って…その道を走って、今年と同じように、来年もあのたった15センチの高みへ登って。
決して一筋縄じゃ行かない事くらいわかっている。だから…もっと強くなんねーと。

そう複雑な想いと決意を頭の中に巡らせながら廊下をとぼとぼ歩いていると、中学の時から割と仲の良いヤツに昼飯に誘われた。今日はいつも一緒に飯食ってる青八木も委員会で昼休み潰れるって言ってたし…何より、相談があるとかなり切羽詰まった様子で言われたもんだから断る訳にもいかなかった。



「あー、それお前が告ってくれんの待ってんだよ。絶対そうだろその反応は」
「…やっぱそうか?恋愛経験とかねぇから分かんなくてさー」


9月になったとはいえまだ熱い屋上に呼び出されて、相談された内容は恋愛の事だった。…恋愛経験ならオレも少ねぇんだけど…と思いつつ聞いてみれば、話だけでもわかる位に相手の女の子もコイツに惚れてるんじゃねえかって思える内容だった。


「誰が聞いたってそう思うだろ。早く告って幸せになっちまえよ」
「だよなぁ、やっぱ…へへ、サンキューな手嶋。思い切ってぶつかってみるわ!」


あー、羨ましい。コイツも高校に入っても続けてるサッカー一筋でオレと同じく彼女が出来るなんて当分先だろうなって思ってた。少しの寂しさと強い羨望を紛らわす為に相談料として奢ってもらったミルクティーを喉に流し込んだ。


「…で、お前はどうなんだよ。女バレの岩瀬だっけ?」
「それ一年の時の話だろ?それにありゃ東戸に言わされたようなもんだ」


女バレの岩瀬チャン、な。たしかに東戸に気になってるって話した事がある。けどそれは一年の時の話だし、この学年で誰が気になる?って話になった時に「あえて言うなら」、とかなんとかで半ば無理矢理言わされた。
…今聞かれたら、迷う事なく一年の青八木一花ちゃんが好きだって恥ずかしがりながら言っただろうな。とぼんやり考えながらもう一口ミルクティーを口に流した。


「じゃあやっぱあの子か?こないだの夏祭りん時一緒に歩いてた子」
「っ、ぶっ…!!」


口に入れたミルクティーを思わず吹き出しちまった。「きったねえ!」って隣で騒がれてるけどお前のせいだぞ、って思いつつも口を拭いながら「わりぃ」って軽く謝っておいた。正面向いてたおかげで引っ掛けなかった事は感謝して欲しいわ。


「…いたのかよ」
「手嶋の事見かけたから声かけようかと思ったんだけど…すっげー幸せそうな顔してたからやめた」


声かけるのをやめるくらいって、一体オレはどんな顔してたんだ。あー…鼻の下は伸びてたかもしんねぇ、あの時の一花ちゃんすげー可愛かったし…。
あの時間の中で何度心臓に悪いと思った事か。格好だけじゃなくて行動も言動ももう全てが可愛くて…ああ、射的の銃を構える姿はスゲー良かったな…普段明るく笑ってる姿からは結び付かないような真剣な顔してて。初めてオレはギャップ萌えって言葉の意味を理解した気がした。


「ほら、その顔だよ」


オレの心を読んだのかよ。っつーかその顔って言われても鏡ねぇしわかんねぇ。けど気がつけば口の端が上がってる。無意識のうちにニヤけちまってたのか…あの日もずっとこんな顔で歩いてたのかと思うとすげー恥ずかしいわ。


「あの子、チャリ部のマネージャーだろ?可愛いって噂の。どうなんだよその子とは」


ああ、すげー目がキラキラしてるし言えって圧がすげえ。…コイツの恋愛事情色々聞いちまったし、オレだけ話さないって訳にはいかねぇか。
観念して一花ちゃんとのことを話した。
オレと青八木の走りが好きだと言ってくれた事、成り行きだったけど誰にも話せなかった事をオレに打ち明けてくれた事、インターハイでも頼りにしてくれた事…それから夏祭りでの事。


「…お前さ、それぜってー脈ありだろ」
「……オレももしかしたら、って少し思ってるよ」


少なくとも部内の後輩や先輩よりは一花ちゃんに懐かれているとは思っている。一番尊敬してる先輩だって言ってくれたしな。照れ臭いしそんなこと言われる程オレは大した事ねーけど…ちっとも悪い気はしなかったな。いや、むしろ…嬉しかった。息が一瞬詰まるほどに。


「お前こそ告らないのかよ」
「…いや…今はそんな場合じゃねぇんだわ」
「ああ…部活か?チャリ部インハイ優勝だもんな」
「そういうことだ」


どうやらなんとなくオレの言いたい事を察してくれたらしい。
正直、自分でも驚くくらい一花ちゃんに惹かれている。いつか抑えきれなくなっちまうんじゃないかって位に。本当はすぐにでも想いを伝えられたらって思ってる。

けど、今はダメだ。

これから3年生が引退したら、オレと青八木…それと、もう長い事最低限の言葉しか交わしていないあの男が先頭に立って王者になった部を引っ張っていかなくちゃならない。…なのにオレは弱い。この部で誰よりも。
だから強くならなきゃいけない。誰よりも練習を重ねて、努力して。青八木とインターハイを走って、もう一度総北を表彰台へ上げる為にも…オレにインターハイを走って欲しいと言ってくれた、彼女の思いに応えるためにも。

だから今は、いつか溢れてしまいそうな程の一花ちゃんへの想いは抑え込まなくちゃいけないんだ。練習に打ち込む為に。


「本当自転車バカだよな、手嶋は」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「けど、いつかは言うんだろ?その子に」
「ああ…来年、部活を引退したらちゃんと伝えるつもりだ」




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