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自転車部のみんなと夏祭りの今日、私と幹ちゃんと綾ちゃんは待ち合わせの数時間前に綾ちゃんのお家に集まって夏祭りへ行くための準備をした。
その準備…っていうのはもちろん、浴衣に着替える為の。
私はいつもの服でいいかなって思っていた。浴衣って帯が苦しくてあんまり食べられなくなっちゃうし、お祭りでの食べ歩きが大好きな私には致命的だ。
だけど、そんな私に2人はこう言ってきた。


『一花ちゃんの浴衣姿、絶対可愛いと思うなあ!』
『うんうん、一花が浴衣着てきたら喜ぶんじゃないの?…手嶋さんも』


そんな事言われちゃ浴衣着るのやめとく、なんて言えなくて…結局私も着替える事にした。私の浴衣姿なんかで手嶋さんが喜んでくれるとはあんまり思えないけど……少しでも可愛いって思ってもらえたら嬉しいなって。

綾ちゃんのお母さんにも着付けを手伝ってもらって、2人がネットで私に似合いそうな髪型を検索してやり方を見ながらセットしてくれて、あとは自分で浴衣に似合うメイクをハウトゥー動画を見ながら見様見真似でどうにか施した。

そうして人の手を借りながら完成した私の浴衣姿を見て、幹ちゃんと綾ちゃんは可愛い可愛いって褒めてくれて、照れ臭いけど嬉しかった。自分のいつもと違う姿にちょっとワクワクもしたし。やっぱり少し動きにくいし苦しいけど…手嶋さんが褒めてくれるかもしれない、そう思えばこれくらいどうって事ないと思えた。


それから向かった夏祭りで、まさかみんなと逸れて手嶋さんと2人きりになるなんて思ってもなかったし……一緒に回ろうと誘われるなんて。

19時まで自由行動だとお兄ちゃんから連絡があった時、手嶋さんはお兄ちゃんや田所さんの事探しに行くかなって思っていた。
だから、すっごく嬉しかった。まるでデートに誘われたみたいで…なんて、そう思っているのは私だけかもしれないけど。それでも彼が私と一緒にいるって事を選んでくれた事がたまらなく嬉しかった。


最初に行きたいって言った焼きそばの屋台へ行って、それを食べ終えた後はもうあれこれ食べたいっていう気持ちが抑えられなくて、色々手嶋さんと一緒に食べ歩いた。焼き鳥、かき氷、たこ焼き、チョコバナナ、それから水飴。全部美味しかったしやっぱり夏祭りの屋台で食べる物は、お祭りの雰囲気もあってお店で食べるそれとはまた違う魅力があるな。それに…手嶋さんと同じ物を食べて、美味しいって言い合えるのも嬉しかった。

もちろん食べてばかりじゃない。食意地張ってるってよく言われる私だけど、遊ぶ事だって好きだもの。
今だって。


パン!って軽い破裂音が鳴って、銃から撃ち出されたコルクの弾がお菓子の大箱を打ち倒した。


「やった!!」
「おー!一花ちゃんすげーな!」
「へへへ…結構得意なんですよ、射的」


色々食べ尽くした後で、私と手嶋さんは途中で目に付いた射的の屋台に立ち寄った。
射的は結構得意なんだ。シューティングゲームならお兄ちゃんにもあんまり負けた事はないし。


「手嶋さん、何か欲しいのあります?私頑張ります!」
「おっ、頼もしい!じゃあさ、コツ教えてよ。オレもやってみたい」
「えっ…コツ、ですか?」
「うん。一花ちゃんがやってんの見てたら、オレもやってみたくなってさ」


手嶋さんの表情は、まるで小さな子供みたいにすごく楽しそうだった。これはコツを教える他になさそうだ……何より、もう屋台のおじさんにお金を払って銃を手にしているし。

少ない語彙力と身振り手振りでどうにか彼にコツを…というか、いつも感覚でやっているからコツと呼べるかすらもわからないそれを教えた。正直こんなので伝わるか不安だったけど、そこはさすが手嶋さん。私の言いたい事をすんなり理解してくれた。


「えーっと…狙いはここで定めて……」


そう小さく呟きながら、私が伝えた通りに銃を構える姿に胸がドクンと高鳴った。
こんな彼の姿をみられるのはきっと今しかない。そうわかってるのに恥ずかしくて直視できないっていう気持ちと、もっと見ていたいっていう気持ちがせめぎ合っていた。ドキドキしすぎて顔がすごく熱い。だって今の手嶋さん、すごくカッコいいんだもの…!

それから、パン!って乾いた破裂音がして…見事にお菓子の袋を打ち倒した。


「お!やった!!」
「やりましたね、手嶋さん!」
「いやぁ、一花ちゃんがコツを教えてくれたお陰だよ。サンキューな!」


手嶋さんはにっこりと嬉しそうな笑顔を私に向けた。
まだドキドキしてるっていうのに…この笑顔はずるい。心臓が破裂してしまうんじゃないかって位に鼓動が早くなっている。お菓子と一緒に私の心まで撃ち抜かれたようだ。


「ほれ兄ちゃん、これも持ってきな」


屋台のおじさんは手嶋さんが打ち倒したお菓子の袋の他に、小さなチョコの箱を2つ彼に手渡した。


「ありがとうございます。2つもいいんすか?」
「彼女が可愛いからな、サービスだよ」


いいねえこんな可愛い彼女がいてよ、っておじさんは笑っていた。

彼女…って誰が?誰の…?私が…?手嶋さんの……?

おじさんが誰と誰の事を言ったのか理解した途端、顔に一気に熱が集まってきた。頭のてっぺんから煙でも出てるんじゃないかってくらいに熱い…!


「いいいいやそんな!彼女なんて!違いますよ…!」
「あれ、違うのか。仲良さそうだからてっきりよ…まいいや、それも持っていきな!」
「ははは、残念ながら違います。けどオマケ、ありがとうございます!」


それじゃ次行こうか、っていつも通り飄々と笑う手嶋さんにこくんと頷いて、逸れないように彼のTシャツの裾に捕まって歩き出した。


「はい、これ」
「あ、ありがとうございます……」


私の目の前にさっきのチョコの箱が差し出される。手嶋さんの顔を見ずに受け取ってスマホとお財布でもうすでにぱんぱんの巾着の中にそれを押し込んだ。


「ぷっ…一花ちゃん顔すっげー赤い」
「だ、だって…、彼女だなんて…!」


顔はすごく熱いけど…恋人に間違えられて嫌だったとは全く思っていない。
恥ずかしかったけど…嬉しかった。だってそれって、側から見たら私達──


「…恋人同士に見えんだな、オレら」


今正に私が思っていた事だ。手嶋さんも同じ事を思ってたんだと思うとなんだか嬉しかった。そりゃ男女で歩いてれば普通そう見られるのが普通なんだろうけど…。

……嫌じゃなかったのかな、手嶋さんは。私と恋人同士に間違われて──。


「……手でも繋いでみる?」
「ぅえっ…!?」


あまりにも突然すぎる言葉に、思わず出た声は裏返っていて自分でもびっくりするほど変な声だった。恥ずかしすぎる。
手でも繋いでみる?って……本気なのかな…!?
また私をからかってるだけなのか……それとも……

考えながら、手嶋さんの顔を見上げてみる。

気のせいか…それとも提灯の明かりに照らされてそう見えているだけなのか……彼の頬が、赤みを帯びているように見えた。


「…なんてな!わりぃ、冗談だよ!」


ははは、って手嶋さんは面白そうに笑っていた。

大好きなはずの笑顔なのに──少しだけ、それを見るのが苦しかった。
……冗談、か……。


「も、もう…っ!手嶋さんまたそうやって私の事からかうんですから…!」


なんとか笑ってみせたけど、胸がチクチクと痛かった。



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