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「一花ちゃん、大丈夫か?」
「は、はい…!なんとか!」


周りの喧騒と祭囃子にかき消されないように声を張って、人混みを歩きながら軽く後ろを振り返るとぼんやりとした橙色の灯に照らされた一花ちゃんの顔がオレを見上げていた。その顔に、強く胸が締め付けられて思わずオレは顔を彼女から逸らした。
ただでさえ気温も湿度も高くて熱いのに、何体温上げてんだよ…オレは。
けど、仕方ねぇだろ…こんなの。

今オレの後ろを歩く一花ちゃんは、浴衣姿なんだから。



オレ達総北自転車競技部は今、学校の近所で行われている夏祭りに来ている。
きっかけは数日前に田所さんが言った「祭りに行くぞ!」って言葉。それに鳴子が「たまにはええ事言うやないですか!」と賛成、金城さんも「たまにはいいな」と賛同。今年一番の功労者である小野田も「いいですね!」と。明るい反応を示さなかった巻島さんと今泉も、田所さんに押されて結局参加している。田所さんの提案ならオレと青八木はもちろん賛成だ。オレもこういう夏祭りは結構好きだし、青八木も屋台の食べ物を楽しみにしていた。

そうして当日の今日…待ち合わせ場所に一番最後に来た寒咲、インハイで応援してくれていた橘、それから一花ちゃんの女子3人は、鮮やかな柄の浴衣に身を包んでいた。当然その一花ちゃんの姿にオレは釘付けだった。顔を逸らそうと何度も試みたけど結局気が付けば彼女を視界に収めていた。

サラサラの髪は巻かれたり編み込みされてたりと凝った髪型になっていて、それに着けられた花飾りがよく映えていた。
それと…いつもよりしっかりとメイクされた大きな目元は、ラメ入りのアイシャドウでキラキラと華やかに煌めいていた。唇も女の子らしいピンク色でぷっくりとしていて…一花ちゃんが口元を動かす度にその唇に視線を奪われた。
しかもオレと目が合うと恥ずかしそうに視線を逸らしたりして、その仕草がいじらしくて思わず声を上げて悶絶しそうになった。とにかくもうすっげー可愛い。


それからオレ達はゾロゾロと揃って縁日の屋台が並ぶ道を歩いていた。
けど気が付いたら前を歩いていたはずの先輩も後輩も青八木もいなくなってて…オレの側にいたのは一花ちゃんだけだった。ほんの少し一花ちゃんと話していた間に逸れちまったらしい。
みんなはオレ達が逸れた事に気が付いてねーのか、青八木からも他の部員からも連絡はない。一応こっちからも部のグループトークに今みんなどこにいるのかと投げてはみたけれど返事はおろか既読が一つもついていない。
一先ず屋台を見るのは後回しにして、みんなと合流する事を第一優先に一花ちゃんと人波を掻き分けるようにしてみんなを探した。


「いねーなー…みんなどこ行っちまったんだか」
「いくら人が多いとはいえ、田所さんとか鳴子くんはすぐ見つかりそうなんですけどね…」


一花ちゃんの言う通りだ。目印になりそうな部員…主に大声で喧嘩しながら歩いてるであろう田所さんと鳴子、それから髪と服装が目立つ巻島さん…この3人の誰かを見つければすぐ合流できるだろう。そう遠くへは行ってねぇはずだし。
って…思ってたんだけどな。みんなと逸れたと気がついた地点から随分進んだけど全然見つからない。
まさかどっか隠れてるとか…?一花ちゃんとオレを2人きりにさせる為に……い、いやさすがにねぇよな……第一オレが一花ちゃんの事好きだって知ってんのは青八木だけだし、あいつが誰かにそれを言うってこともありえないだろう。
なんて考えていた矢先、ポケットの中のスマホが震えた。歩きながらちらっと画面を見ると青八木からLIMEが来ていた。
一花ちゃんに声をかけて連絡をする為に一旦道の端へ寄って足を止めて、スマホのロックを外して青八木とのトーク画面を開くと、2件新しいメッセージが来ていた。


『19時に境内近くの高台に集合。それまで自由時間』
『一花の事、頼んだ』


…一瞬、思考回路が停止した。
頼んだ……って、これ19時まで一花ちゃんと2人っきりでいろ……って事か…!?しかも「どこにいる?」じゃなくてこんな内容送ってくるっつー事はやっぱこの状況わざとなんじゃねーのか!?


「手嶋さん、お兄ちゃんなんて?」
「あ、ああ…19時に境内近くの高台に集合で、それまでは自由時間だってさ」
「19時…ああ、確か花火が見えるんでしたね」


そういや誰かが言ってたな。集合場所の高台から違う場所でやってる花火大会の花火がよく見えるんだとか。


「それまで自由時間か…手嶋さんはどうしますか?」


どうしますか、って…当然一花ちゃんといたいに決まってる。夏祭りで好きな子と2人きりなんてきっとそうある事じゃない。
もし本当にオレと彼女が2人になるように仕組まれたってんなら…ありがたくこの状況を使わせてもらおう。


「…一花ちゃんさえ良ければ、一緒に回らないか?」


なんとかいつものように涼しい顔を取り繕えていたと思う。けど本当は心臓がうるさいくらいにバクバクと早鐘を打っていて、掌がじんわりと汗ばんでいた。成り行きとはいえ、デートに誘っているのと同じだ。青八木も一緒の飯に誘うならともかく、今回は完全にオレと2人きりだ。
…断らないで欲しい、そう強く願いながら一花ちゃんの返事を待った。


「はい…!私も手嶋さんと一緒に回りたいです!」


いつもより眩しく見える嬉しそうな笑顔を浮かべながら、弾むような声で返ってきたその返事にオレは心の中で大きくガッツポーズをした。断られなくて心底ホッとしたし、走り出せるんじゃないかってくらいに嬉しい。


「よかった!じゃ早速行くか。最初はどこ行く?」
「はい!お腹すきました!何か食べたいです!」


そう満面の笑顔を浮かべて、予想通りの答えを返してきた一花ちゃんにオレは思わず笑っちまった。こんな綺麗な格好してても、やっぱブレねーな。けど彼女のこういう所が可愛くて好きなんだ。


「ははっ、言うと思ってたよ。んじゃ、食べ歩きツアーと行くか!」
「はいっ!まずはさっき通った焼きそば屋さん行きたいです!」
「ああ、あの焼きそば屋か。確かに美味そうな匂いしてたなー。よし、行ってみるか!」


一花ちゃんとそう決めて、目当ての焼きそば屋へ引き返しているはいいが。
屋台通りを歩く人の数はいつの間にか増えていて、思うように進めなくてもどかしい。しかも後ろを歩く一花ちゃんは動きにくそうな浴衣に履き慣れていないであろう下駄のコンボ。こりゃちょっと油断したらすぐに離れちまいそうだな……一花ちゃん小さいから逸れたりしたら大変だ。この人混みじゃあ見つけんの一苦労だろう。それにこんな可愛い子が一人でいたらすぐ変なヤツにナンパされちまうだろうに違いない。青八木にも頼んだって言われてるし…尚更逸れるわけにはいかない。

…こんな時、手を繋げたらいいんだけどな。
危ないからって事を口実に手を取るか?……いや、さすがにそりゃな……。


「あの…手嶋さん」


後ろから一花ちゃんの少し控えめにオレを呼ぶ声が聞こえて、どうした?って言いながら振り返ると困ったように眉を下げた顔が見上げてきていた。


「…その…手嶋さんとも逸れたら嫌なので…裾、捕まっててもいいですか…?」


少し恥ずかしそうにしながら、そう言われて…一瞬、思わず息を詰まらせた。


「あ、ああ…!もちろん。一花ちゃんとも逸れちまったら大変だもんな」


なんとか平静を取り繕って笑ってみせるけど、心臓はうるさいくらいにバクバクと騒いでいた。
それからありがとうございます、って一花ちゃんの小さな手がオレのTシャツの裾をシワにしないようにって気を使ってるのか控えめに掴んできた。
そういや雑誌かなんかで読んだ記憶がある。
この裾に捕まってくるの、女の子のグッとくる仕草の上位にランクインしていたな。確かにこれ好きな子なんかにやられたらやべーだろうなってその時は思った。今実際にされてみると……こりゃ、相当やべーわ。もー可愛すぎていっそ叫びたい位だ。グッとくるどころじゃない…!

オレは一体この短い時間に何度一花ちゃんにドキドキさせられてんだ……オレの心臓、持つのか?これ……。



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