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短いようで長かった三日間が終わった。
今年も箱根学園が優勝だろうという周りの予想を覆して、総北の優勝という私達にとっては最高の形でインターハイは幕を閉じた。
みんなの想いを背負ってゴールゲートを一番最初に潜った小野田くんの姿も、表彰台に登ったみんなの姿も、きっとずっと忘れられないだろう。もちろん、インターハイの熱気も。手嶋さんの言う通り、3日目の声援、歓声、選手の気迫は1日目とは比べ物にならない程だった。本当にすごかった。


その帰りのバスの車内は、正にどんちゃん騒ぎだった。
選手として走っていたみんなもサポートしていた私達もへとへとのはずなのに、そんなの忘れてしまったかのように車内ではしゃいでいた。去年は辛い結果に終わったのだと先輩達から聞いていた。それがあるからこそ、今年の結果は一層嬉しい。

でもやっぱり身体は素直というか、あれだけ騒いでいたのにいつの間にかみんなぐっすりと眠っていた。それはもちろん私も。
目を覚ましたのは最後にバスの中で時計を見てから一時間程経った頃。休憩のために立ち寄る予定のサービスエリアに着いたとバスを運転してくれていた監督から声が掛かった時だった。

リクライニングの付いていない椅子で寝ていたせいで体が凝っているし、トイレにも行きたい。それにお腹すいた。
少し体を動かしておこうとバスを降りてお手洗いに行ってから小腹を満たす為に売店でおにぎりを二つとお水を買って、バスの中で食べようかと思ったけど…まだ出発時間までは余裕がある。
もう日が落ちてるとはいえ、外はジメっとしていて暑いっていうのにすぐバスに戻る気にはなれなくて。私は駐車場から少し離れたところにある小さい原っぱのベンチに腰掛けて、売店で買ったおにぎりを開けた。

おにぎりを一口齧ってぼんやりと空を見つめながら、インターハイでの事を思い出す。

本当にすごい三日間だった。
1日目から鮮明に思い出せるし、その時の体が熱くなる感覚も今でもしっかりと覚えている。あんな熱気と歓声の中を最高のチームメイト達や他校のライバルと走ることができたら、きっと最高だろう。


「お嬢さん、お隣いいですか?」


ぼんやりとインターハイに想いを馳せていた私を現実に引き戻したのは、背後から聞こえたその声だった。言葉だけ聞いたらまるでナンパのようだけど、その声はよく知ったそれだった。


「はい、どうぞ?」


突然のその声に少しドキドキするのを感じつつも、振り向いて言うとベンチの背もたれに腕をつく手嶋さんがいた。サンキュー、そう言って彼は私の隣に腰掛けた。


「三日間、お疲れさん」
「手嶋さんもお疲れ様でした。私達に色々指示してくれてありがとうございました」


おかげで無駄なく動けました、と言うと手嶋さんは右手の人差し指を立てて「経験者だからね!」と声を少し裏返して杉元くんの決め台詞とポーズを決める。


「…75点くらいですね」
「厳しいなー、90点位は行く自信あったんだけど」


眉を下げてニッと笑う手嶋さんに釣られて、私もぷっと吹き出した。


「3日目、手嶋さんの言う通りでした。熱気も、気迫も、何もかもすごかったです」
「だろ?来年はきっともっとすげーよ。王者だからな、オレらは」


そうか……常勝校である箱学を敗った私達総北は、王者の称号を勝ち取ったんだ。
王者総北──か。


「いい響きですね、王者総北って」
「だよな!これからそう呼ばれるんだって思ったらスゲーテンション上がるわ」


手嶋さんは楽しそうに笑った。だけど…少し離れたところにある街灯の光にぼんやりと照らされたその笑顔は、どこか切なそうにも見えた。


「来年…いや、今から頑張んねーとな」


空を見上げながらそう言った手嶋さんの声は、今までの明るい声とは打って変わって低く、真剣な声だった。途端、夏の初めの合宿での結果が頭に過ぎって…ぎゅうっと胸が締め付けられるようだった。


「……手嶋さん」
「ん?」
「私、羨ましいです。こんなすごい舞台で、最高のチームで走って競えるみんなの事が」


インターハイ、本当にすごかった。
優勝した事が心の底から嬉しい。ここまで頑張ってきたみんなの努力と築いてきたチームワーク、それから強い思いがこの結果に結び付いた。
けど同時に、今までで一番強くみんなの事を羨ましいと思った。この舞台に立てるみんなの事が、ロードにこんなに熱心に打ち込めるみんなの事が。…もちろん、そんなみんなをサポートできた喜びの方が強いけれど。


「すごい悔しいって思ってます。このレースに出れないのが」
「あ……その、なんか悪りぃ…」
「あ、違うんです!ほら、私女子だから!」


出れないじゃないですか、と苦笑いをしながら言うと、手嶋さんも「ああ、そうだな…!」って眉を下げて笑った。
なんて言ったけど…ロードに乗れないから出られなくて悔しい。その思いも当然ある。自分でもびっくりだった、こんな事思うなんて…一度はロードから離れたというのに。


「けど…今日のレースを見て、それ以上に思ったんです」


手嶋さんはじっと私を見て、静かに言葉を聞いてくれていた。
…1日目から今日まで、総北のみんなや他校の人達の熱くなったり、ハラハラしたりする戦いを見て…悔しいとか羨ましいとか、それ以上に強く思った事がある。


「インターハイのコースを走る手嶋さんとお兄ちゃん…チーム2人が、見たいって」
「…!!」


そう、この熱い道の上を2人が走っていたら……それを想像したら、気持ちが高揚した。2人の息のあったあの走りを見たらきっと他校の選手や観客は驚くに違いない。だってあの走りは2人にしか出来ないんだから、そう考えただけでぞくぞくするような感覚になった。
それに何より……他校の選手と全力で本気の戦いをする手嶋さんの姿は、きっと誰よりもかっこいいと思う。


「手嶋さん……来年は走って欲しいです。お兄ちゃんと一緒に、今日私達がいた柵の向こう側を」
「一花ちゃん……」
「…なんて、すみません…。押し付けるような事言っちゃって」
「いいや、そんな事ねーよ」


私から視線を逸らして言ったその手嶋さんの声は、少し震えている気がした。言い終えてからもう一度私に向いた彼の夜空を思わせるような青い目は、強く輝いて見えた。


「ありがとう、一花ちゃん。益々インターハイ出るんだって気持ちが強くなったわ…行ってやるさ、来年はぜってー柵の向こう側に、さ!」



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