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レースから帰ってきて、リビングに入ってきたお兄ちゃんの手には、金色に輝くトロフィーが抱えられていた。あと小さな花束も。
当然それらがどういう結果を残した人に渡される物かって事くらい知っている。以前私もほんの数回だけだったけどもらったこともある。それなのにお兄ちゃんが持っているって事があまりに衝撃的で理解出来ずにいた。


「どうしたの、それ…」
「……優勝したから、もらった」


見たらわかるだろ、と言わんばかりのじとっとした右目が私を見てきた。

お兄ちゃんはそんなに遅い方ではない。だけど、自己マネジメントが下手でレースの出だしはいいのに最後の方にはバテて後方に沈んでしまっている。それは自分でもわかっているようで色々試してはみてるようだったけど、残念ながら結果はなかなか変わらなかった。アドバイスくれる人がいたら良かったんだろうけど、人と接する事が下手だったお兄ちゃんは当然お友達を作るのも苦手で、結局中学時代はずっと一人で走っているみたいだった。

私もお兄ちゃんの練習に何度か付き合ったりしてたし、何かしらアドバイス出来たらよかったんだけど…私は走ってる時は感覚で走っていたから、残念ながらロクなアドバイスも出来ず役には立てなかった。私がトロフィーをもらったのだって、参加人数が少なくて、とか運が良かったからだ。

とにかく、そんなお兄ちゃんが優勝した。
高校生になって漸く今までの頑張りが報われたんだと思うと、なんだか私も嬉しくなった。いつからかお兄ちゃんの練習に付き添ったりレースを見に行く事も無くなってしまったけど、頑張っていたことは知っているから。


「いや……優勝させてもらった」
「え…?」


抱えたトロフィーに視線を落とすお兄ちゃんは、珍しく口元を緩ませて嬉しそうだった。
優勝させてもらった、って…どう言う事だろう。
総北高校に入学して自転車競技部に入ったお兄ちゃんは、毎日疲れて帰ってきていたけど楽しそうだった。良くしてくれるヤツがいる、面倒を見てくれる先輩がいるともちらっと話してくれたこともあった。その人達にアドバイスしてもらって勝てた……そういう事なのかな。


「……2人で、獲った」
「…どういう事?」


その言葉の意味がいまいちよくわからなくて首を傾げると、お兄ちゃんは微かにふっと笑った。…お兄ちゃんのこんなあからさまに嬉しそうな顔を見るのはいつぶりだろう。


「オレを…勝たせてくれたヤツがいる」


それだけ言ってお兄ちゃんは荷物を持って、リビングから出て行ってしまった。その場に残された私はただぽかんとその背中を視線で追うだけ。
勝たせてくれたヤツがいる…って……どういうことなんだろう。アドバイスしてもらってとか、そういう単純な事じゃないのかな…?







それから数週間後、私はある悩みに直面していた。
その悩みっていうのは──進路希望。

高校に進学することは決めている。だけど、志望校を決めあぐねていた。
そしてとうとう最近先生からも、両親からもどうするのかと突かれてしまった。
まだそんなに焦るような期間ではない…というのは普通に勉強が出来る生徒の基準で、私の頭じゃ早めに対策しないと、元々そんなに多くない選べる高校の選択肢が減ってしまうから。

もちろん考えてない訳じゃない。いろんな学校のオープンキャンパスにも行ったし、パンフレットも色々見た。学科が楽しそうなところ、制服が可愛いところ……色々魅力的な所はあったし、友達が多く志望してる学校も考えた。それと、お兄ちゃんの通う総北も。だけど、ここだ!と思える所がなくてなかなか決められなかった。

やりたい事があるのかと聞かれたら、はっきりとした事は答えられない。
まだロードに乗る事が出来たなら、きっとすぐに志望校は決まってただろうけど……なんて、今そんなことを考えたって仕方ない。

2年前、入院していた病室でお兄ちゃんに「新しい趣味を見つける」と言ったけど…やっぱりロードほど打ち込める物を見つけることができなかった。
まだ若いんだからゆっくり考えればいい、そう言われたこともあったけど…一度本気で何かに打ち込んでしまったもんだからなかなか難しい。

好きになれる物はあった。現実逃避と称して動画配信サービスとかで色々と映画を見始めたら、その楽しさに目覚めて映画鑑賞にどハマりしたり。
だから映画研究部のある高校とかいいかなって思ってた。あとバイトもしてみたいから、バイト可のとことか……あとは新しい友達も作って、放課後買い物に出かけたり……あと、ちょっと恥ずかしくて誰にも言ったことないけど、かっこよくて優しい彼氏も欲しいなって思ってたり……。
とにかく、普通に充実した高校生活が送れればそれで充分。…っていうのは、頭ではわかっているんだけど……。


そうやって、どうするべきかと悩みながら毎日を過ごしていた…そんな時に、またお兄ちゃんがレースに出場する事を知った。


「ねぇ、今度のレース見に行っていい?」
「………」


先日お兄ちゃんから聞いた、『オレを勝たせてくれたヤツがいる』っていう言葉がずっと気になっていた私は思い切ってお兄ちゃんに聞いてみた。その言葉の真相が知りたくて。
けど返ってきたのは言葉でもいつものコクっ、でもなく、じとっとした視線だった。
…お兄ちゃん、昔から私にレース観に来られるのあんまり好きじゃないみたいだったからなあ…この反応は妥当か。久々だから許してもらえるかと思ったんだけど。


「…進路、決まってないんだろ」
「う…それは、うん、まあ……」
「……」


軽くため息をつかれた。観にくる暇があるなら考えろ、そういう事か。
「ちょっとくらいいいじゃん」、と口を尖らせるけど効果なし。まあ……別にいいけどね。

だって……こっそり見に行くだけだもん。



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