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インターハイ1日目が終わった。
初めて体験するインターハイの熱気は私の想像を遥かに超えていて、本当にすごい1日だった。

箱学の泉田さんとスプリントを争っていた鳴子くんと田所さんは、進路にコーンが転がっていたのに危険を顧みずに真っ直ぐに突き進んで、田所さんがスプリントゼッケンを手にした。
落車して最後尾になってしまった小野田くんの登りでの100人抜き。最悪な状況だったのに、速報で小野田くんがチームに追いついたと見た時は胸が熱くなった。
直接見る事はできなかったけど、巻島さんと山神…東堂さんの山岳争いは速報の結果と周りの観客の会話でものすごい接戦だったと知った。
それから…金城さんと福富さん、京都伏見の御堂筋くんのゴール争いは接戦の末の3人同着。

全部すごかった。
手嶋さんの言った通り、ものすごい熱気だった。彼とお兄ちゃんが焦りを感じるほどに憧れたという言葉が本当の意味でわかった。
もしも私が男の子で、尚且つ怪我もしてなくて自転車に今でも乗れていれば、きっと出たいと心の底から思っていたに違いない。

けれど、そんな余韻にゆっくり浸っている暇は無かった。



「オレら機材とか重たいもん運ぶから、マネージャー達は洗濯と明日の補給の準備を先に始めててくれ」
「はい、わかりました!」
「っし、じゃあ青八木、さっさと終わらして次の仕事しようぜ!杉元もこっち手伝え!」
「わかった」
「はい!お任せ下さい!」


会場から撤収して今日の宿に移動して、漸く一息つける…と思ったのに、全く息つく暇がない…!!
手嶋さんが「サポートも大変だ」って言っていた通り、ものすごく大変だった。インターハイの熱気や凄さと同様、これも私の想像を越えていた。

レース中は灼熱の中締め付けられるような思いでチームメイトを待って、他校のサポーターに負けないように、選手に届くように目一杯声を張り上げてチームメイトを応援して。ゴール直後は選手の受け入れとアフターケア。そして宿にチェックインした後は次の日の準備で買い出しや洗濯。ちゃんと力を抜けたのは今のところ夕飯の時間だけだ。

けど…柵の向こうを走るみんなは、この真夏の灼熱の中でプレッシャーや責任感を背負いながら他校選手と全力で走っている。きっと私が思っている以上にキツいに違いない。
サポートは思っていた以上に大変だったけど…みんなも勝つ為に頑張ってくれてるんだ、私もこれくらい頑張らなきゃ!

それから息切れしながらも仕事をこなした。途中、先輩達に頼まれて軽いマッサージとストレッチのお手伝いもした。あとは今回している洗濯機が止まって洗濯物を干せば今日の仕事は漸く終わる。
低い振動音を立てている洗濯機の電子画面に表示されている残り時間はあと20分程。他にもう仕事はないし…これが止まるまでは休憩出来そうだ。ふとランドリールームの壁の時計を見上げると、もうあと2時間余りで日付が変わろうとしていた。本当に一日中動き回ってたんだと少し驚いたと同時に、明日ちゃんと起きれるかなと不安になった。
仕事が終わったら、すぐお風呂入って寝なきゃだなあ。明日も朝早いんだから。


「はぁ…つっかれた……」


クーラーの冷気を纏って少しひんやりとする白い壁にもたれ掛かって、ランドリールームに1人なのをいい事に盛大なため息と独り言を漏らした。
疲れた…けど、今日のレースを思い出すと胸の奥が熱くなるような感覚になる。


「すごかった…な…」


本当にすごかった、心から感動すると言葉って出てこないものなんだよね。本当に感動した映画を見た時とか、感想を思いっきり言いたいのに言葉が出てこなかったりする。それと同じ現象に今陥っている。頭の中ではすごく興奮しているのに、本当にすごかったって事しかいえなくて……何とももどかしい。
1日目の今日だけでこんなにすごかったのに、明日と明後日はどれだけの熱気なんだろう。

その時、ガチャリ、とドアノブが動く音がした。


「お、いたいた」


開いた扉の先にいたのは、手嶋さんだった。
お疲れ、そう言いながら彼はランドリールームの扉を潜った。私も手嶋さんにお疲れ様です、と返す。


「そっちどう?終わった?」
「あとはこれが止まったら干すだけです」
「そっか。じゃあオレも干すの手伝うよ」
「いいんですか?手嶋さんの仕事は…」
「オレの方はもう終わったよ。一花ちゃんも今日は疲れたろ?もうこんな時間だし、早く終わらせて休もうぜ」
「すみません…ありがとうございます、手嶋さん」


手嶋さんは笑いながら頷いた。
当然急に彼と二人きりになって、心臓はドキドキと早鐘を打ってるけど…同時に体がじんわりしてくるような…体に蓄積されてた重たい物が少し抜けていったような感覚になった。疲れた身体に手嶋さんのこの明るい笑顔は元気をもらえる。
手嶋さんは「これピエール先生から」って手に持っていたスポーツドリンクのペットボトルを一本手渡してくれた。嬉しい、丁度喉カラカラだったんだ。
お礼を言いながら受け取って、すぐに蓋を開けて一気に半分くらい飲み干した。それを手嶋さんに見られてたみたいで、「いい飲みっぷり」って笑われてしまった。


「どうだった?初めてのインターハイは」
「思っていた以上でした。選手の気迫も熱気も…今まで実際に見たどのレースよりも」
「3日目はもっとすごいぜ。特にゴール前はな」


やっぱり、3日目は今日以上なんだ…!
そりゃそうだよね、優勝チームが決まるんだもの。応援する周りの観客も部のサポートはもちろん、走ってる選手も今まで以上の走りをするはず。その熱気や迫力は、きっと私の想像じゃ測りきれないだろう。


「それまで大変だけどさ…頑張ろうな、サポート」
「はいっ!」


サポートもきっと明日の方が、それよりも明後日のほうが大変だろう。仕事の量もだけどハラハラしたりとかそういう気持ちの方も。けどそれすら楽しみって思える。そのゴール争いに総北の誰かがいるかもしれない…そう思うと全身が一瞬粟立つような感覚を覚えた。
それに何より、手嶋さんと一緒にサポートの仕事が出来るなら安心だ。
好きな人だからとかそんな安直な理由だけじゃない。今日私は改めて彼を先輩として尊敬した。


「小野田くんに100人抜け、って言った時の手嶋さん…かっこよかったです」


集団落車に巻き込まれてしまって最後尾から再スタートする小野田くんに、手嶋さんは「登りで100人抜け!」と力強く言った。その言葉に体が震えて泣きそうになったんだ。


「な、なんだよ急に…っ、別にオレは小野田なら出来ると思ったから言っただけだよ」
「それがすごいんですよ。いくら小野田くんの登坂力がすごいとわかってても私だったら咄嗟にあんな言葉、出ないです」


私ならあの場面、なんて彼に言っただろう。いくら考えても、やっぱり100人抜けなんて言葉は出ないと思う。いくら小野田くんの登坂力がすごいとはいえ、100人は無理だと思ってしまう。それが出来るのはやっぱり合宿で戦うために彼を見てきて、彼の強さを目の当たりにした手嶋さんだからなんだろう。
小野田くんの力を信じて、側から聞いたら無謀だと思える言葉をお前なら出来ると想いを託して思い切り背中を押した。そんなの、そう簡単に出来ることじゃないと思う。…本当にかっこよかったし、尊敬する。


「…すげーのはオレじゃなくて、本当に登りで100人抜いてチームに追いついた小野田だよ」
「小野田くんも本当にすごかったですけど…手嶋さんの言葉があったからこそだと思いますよ」


言い終えたタイミングで洗濯機が終了の機械音を響かせた。早いな、もう20分経っちゃったんだ。手嶋さんと話してるとあっという間だな…。


「お、終わったみてーだな。早く干して休もうぜ、明日も早いしさ」


少し早口気味に言って、洗濯機に手をかける手嶋さんの顔は少し赤かった。



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