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合宿でインハイメンバーの座を手嶋さんとお兄ちゃんと戦って勝ち取った今泉くん、鳴子くん、小野田くんの3人はメンバーの証の黄色いジャージを着て練習に参加するようになった。
そのジャージに初めて袖を通した3人は誇らしそうだった。そりゃあそうだよね、2年生との本気の走りを制して勝ち取ったジャージだもの。嬉しくないはずがないし…その重みをみんなもわかってくれてる筈。ていうか、嬉しくないとか分からない…なんて言ったら本気で怒ってる。

ただ、それを着た3人を見た手嶋さんとお兄ちゃんはどう思うかなって心配だった。けど手嶋さんは「似合ってんじゃん」って笑っていたし、お兄ちゃんも頷いていた。私の心配はただの杞憂だったみたいだ。
一年生と二年生の間にあった重たい空気はすっかり消えている…そう思って大丈夫そうだ。

インターハイに向けて、部もとてもいい雰囲気で動けていると思う。
コースを走る金城さん達は勝つために練習に臨んでるし、私たちサポートメンバーもみんなを全力で支えようと一層頑張っている。金城さんの言ってた「総北は支え合うチームだ」って言葉……正にその通りだと思う。


そんな中で、少し困ったことが起きた。

テーピングやドリンクの粉とか、残り少なくなってきた消耗品の発注を1週間前にはかけたのに全然届く気配が無くて…不安に思って発注先に問い合わせをしたら、向こうのミスで受注されていなかったとか。しかも品物が無いとかで、届くのが少し先になるらしい。更に今はインターハイ前。練習量も増えているし、当然補給の量も増えてる。
ケアに必要なテーピングや湿布もいつも以上に減りが早くてすぐに底をつきそうな物もある。こうなるともう品物が届くのを待ってられない。
ならもう駅前のスポーツショップや薬局に行って買いに行ってしまった方がいいって事で急遽部活の時間内に買い物に行く事になった。

金城さんと幹ちゃんと相談した結果、その買い出しに行く事になったのが私と──手嶋さんだった。

私が行く事になったまではよかったのだけど…そこに「手嶋さんに着いてきてもらったら?」ってニコニコしながら言った幹ちゃんに、金城さんも「それがいい」って間髪入れずに手嶋さんを呼んだ。それにまだ本調子じゃなくて練習に参加出来ない手嶋さんもわかりました、と承諾。
そういうわけで、私は制服に着替えて手嶋さんと駅まで買い出しに行く事になった。


手嶋さんと2人で買い物に行けるのはもちろん嬉しい。
けど…心臓がものすごくドキドキ言ってる。だって制服で2人で買い物とか、まるでデートみたいじゃん…!!
って…何を考えてるの私は…!意識しすぎだって!ただ先輩と部活の買い出しに行くだけ、それだけだってば…!手嶋さんだって、きっとそう思ってる……そう頭の中でごちゃごちゃと思考を巡らせながら制服に着替えて更衣室から部室に戻ると、既に手嶋さんも制服に着替えていて、私が部室へ戻ってきたのを確認すると「じゃ、行くか」と笑って……その笑顔がまた、私の胸をぎゅっと締め付けた。


それから2人で正門坂前のバス停からバスに乗って、駅前の商店街へ向かって、目当てのスポーツショップとドラッグストアをはしごする。
買い物リストを見ながら手嶋さんと手分けして物を探したお陰であっという間に買い物は終わってしまった。けど2人で手分けして持っているとはいえ、なかなかの量だ。これ、1人じゃやっぱり無理だったな、手嶋さんがいてくれてよかった…。

買い物がすぐに済んで部活に早く戻れるのはいい事……なのに、買い物があっさりと終わってしまって少しだけ寂しい気持ちだった。
…せっかく手嶋さんと2人きり、だったのにな…。ってだめだめ!今は一応部活中なんだし!ふわふわした気持ち、切り替えなきゃ!


…と、意気込んだけど。


「ありゃ…次のバス30分後だな」


なんともタイミングの悪いことに、学校へ行くバスは私たちの目の前で行ってしまって、手嶋さんの言う通り時刻表を見ると次のバスが来るのは30分後だった。
…まだ手嶋さんと一緒にいられる、って内心嬉しかったのは内緒。


「どうすっか、ここ日陰無くてあっちぃしな…どっか店入って待つか」
「そうですね。どこか涼しいとこ行きましょうか」
「ここの近くにゲーセンあったよな。ぶらぶら見て時間潰そうぜ」


ゲーセン…そういえば、今日って……。







「あ!あった…!!」



手嶋さんと避暑の為に入ったゲーセンで、店内を探し回って目当てのプライズを見つけた私はUFOキャッチャーの筐体に張り付いた。
今日は大好きなアメコミ原作のヒーロー映画の主人公のフィギュアのプライズが並ぶ日だった。写真からしてすごくいい出来で、ずっと楽しみにしていたのにすっかり忘れてしまってた。


「あ、それ知ってる!結構有名な映画のやつだよな?へー、こんなの出たんだな」


カッコいいな、って隣で筐体の中を覗き込むようにしてフィギュアを見ていた手嶋さんは明るく私に笑いかけた。


「一花ちゃん、この映画好きなんだ?」
「はい…!話題だったから何となく観たらすっかりハマっちゃって…」


ちょうどロードバイクから離れて新しい趣味を見つけようとしていた時、当時話題だったし観てみようと軽い気持ちで観てみたらすっかりハマってしまったんだ。
特に目立ったこともない一見平凡な主人公だけど、人を思いやれる優しさや何があってもめげないで頑張る姿にすっかり心を惹きつけられてしまった。…どことなく手嶋さんに似てるかもしれない。


「けどこれ…獲るの難しそうですね。ここで獲るのは諦めてネットで買おうと思います」


UFOキャッチャーなんて全然やったことない私じゃきっといくら使っても獲れない気がする。これだけ出来がいいから、かなりの値段は付いてそうだけど…ネットの方が確実に手に入れられそうだ。


「んー……な、これちょっとやってみていいか?」


じっと筐体の中を覗き込んでから手嶋さんは私にそう言ってきた。突然のその言葉に戸惑いつつも頷くと、「サンキュ」と言って手嶋さんはまた筐体に顔を向けた。


「手嶋さん、こういうの得意なんですか?」
「ああ。配置で獲れるかわかるんだよ。これ、多分獲れると思うぜ」
「配置で…!?それだけでですか!?」


こういうのって配置だけでわかるものなのだろうか。私にはとても想像出来ないけど……すごいなあ…手嶋さん。
そう思ってるといつの間にか彼は自分のお財布から小銭を筐体に入れていて、それからは軽快な音が鳴って、チカチカと鮮やかな色のライトが点滅していた。後でかかったお金、払わせてもらおう。

筐体に向かう手嶋さんの横顔は、自転車に乗ってる時の真剣なそれとは違う、得意気で余裕そうな表情だった。その横顔が…すごくカッコよくて。
ドキドキと胸が強く鼓動を打ち始めて、思わず誤魔化すようにぎゅっとスカートの裾を握った。

それから数分後。
手嶋さんは迷う事なくアームを操作して…ガコン、とフィギュアの箱が取り出し口に落ちて筐体から騒がしくファンファーレのような音が響いた。
手嶋さんのことを疑っていた訳じゃないけど、配置で獲れるかわかるって言葉は本当にその通りでやっぱり彼は本当はエスパーなんじゃないかと思った。


「す、凄いです手嶋さん!ほんとにこんな簡単に獲っちゃうなんて…!!」


獲得口に落ちたフィギュアの箱を手に取ると、ずっと欲しかったそれが手に入ったんだという実感が一気に湧いてきて気持ちが昂った。間近で見ると本当にカッコいいな…!


「すっっごい嬉しいです…!!ふふふ、やっぱり手嶋さん凄いですね!」
「はは、そんなに褒められる事じゃねーよ。けど、そんなに喜んで貰えるとオレも嬉しいな」


もう、この人は自転車以外を褒めても謙遜するんだから。
少なくとも私には本当にすごい事なのに。けど…そんな所も手嶋さんらしい。


「これ…本当に大事にします!手嶋さんが獲ってくれたんですから、尚更!」


嬉しくて思わず箱をぎゅっと抱えて笑いながら言うと、手嶋さんは一瞬驚いたように目を見開いて…頬が赤くなった、ような。それから私から目を逸らして口元を手で抑えていた。

あれ…私、何か変な事言っちゃった……かな?




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