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午前中の長い授業が終わって、待ちに待ったお昼休み。
いつものように中庭で部活以外でも仲良くしてもらってる幹ちゃんと、以前彼女に紹介してもらったテニス部の綾ちゃんと3人でそれぞれ持ってきたお弁当を広げて談笑しながらそれを食べていた。


「……ごちそうさまでした」


ふう、と息をついて使い終えたお箸を拭いてからケースに閉まって、空になったお弁当箱の蓋を閉めていると隣から視線を感じた。その先を辿ると、幹ちゃんと綾ちゃんが目を見開いて信じられない物を見るような視線を私に向けていた。


「…一花ちゃん……どうしたの…?」
「もしかしてアンタ、具合悪い!?平気!?保健室行く!?」
「えっ…べ、別に全然平気だよ…!?なんで?」


そう言った後で気付いた。二人の視線が私の持っていたお弁当箱に向けられていることに。
今日私の持っているお弁当箱はいつものサイズの半分。私にとっては小さいんだけど、これが女子の持つお弁当箱の標準サイズらしい。普段の私のお腹だとこのサイズじゃ全然足りないんだけど……


「一花ちゃん、それで足りるの?」
「う、うん…最近これで丁度いいんだ」


ここ数日食欲があまり沸かない。いつもの量の半分でお腹いっぱいになってしまう。
お兄ちゃんにもお母さんにも当然心配された。お腹痛いのか、どこか具合悪いのかって。でもお腹の調子は悪くないし、当然どこも具合は悪くない。むしろ調子いい方だ。……たまに胸がぎゅっとなって、切なくなるような気持ちになる事以外は。


「一花…まさか恋でもした…?」
「んぅ…ッ!?」


綾ちゃんの言葉に驚いて思わずげほげほと咽せてしまった。


「え!?マジ!?当たりなの!?」
「そうなの!?一花ちゃん!」


未だにげほげほと苦しんでいる私をよそに、二人は声を弾ませていた。
咳き込みながらもなんとかちょっと待って、と言うと二人は相変わらず目をキラキラさせつつも私の背中を叩いて落ち着かせようとしてくれた。

そう、綾ちゃんの言う通り当たりだ。
数日前、屋上で手嶋さんにロードに乗ってた時の事を聞いてもらった時に自覚したばかりだけど……私は彼に恋をしている。
手嶋さんの事を考えると胸が締め付けられて、ドキドキしてくる。恋するとご飯も喉を通らなくなる、なんて言うけど本当だったんだな、あれ。
いつもどんなに体調崩しても食欲だけは落ちなかったのに、まさか恋して食欲が落ちるなんて。別にこれが初恋でもないのに、こんなことは初めてだった。
もしかしたら……自分で思っている以上に重傷なのかもしれない。


「ね、誰!?誰が好きなの!?今泉くん?あ、まさかあのメガネとか…!?」
「い、いやいや!2人はいい部活仲間だよ!」
「んー…もしかして、手嶋さん…かな?」
「うぇ…ッ!!?」


体がビクッと跳ねた。
まさか、恋愛とか疎そうな幹ちゃんにピタリと言い当てられるなんて思いもしなかった。って…恋愛に疎いのはあまり人の事は言えないか…。


「え、誰、その手嶋さんって」
「うちの2年生の先輩だよ。一花ちゃんのお兄さんと仲良い人で…一花ちゃんとも仲良いよね!」
「へー、ふーん、そっかー、一花はその先輩が好きなのかー」
「いや…えっと…そ、それは……」


別に本人にバレたわけじゃないし、女友達に言い当てられただけなのにもう恥ずかしくて顔がすごく熱い。もう火が吹けるんじゃないかってくらい。動揺して視線も一点に定められなくて、無意識にあちこちに泳がせた。


「図星だな」
「図星なんだね」


綾ちゃんのニヤリとした笑顔と、幹ちゃんのニコニコした笑顔に抗えなくて……こくりと頷いた。


「そっかー、一花に好きな人出来ちゃったかー!こりゃ男子泣くぞー」
「え、なんで…?」
「何でってアンタ、自分がモテてんの知らないの!?…って今はそれは置いといて。その手嶋さんとはどうなの!?」
「ど、どうって…よく面倒は見てもらってるけど、手嶋さんはきっと後輩としか…」
「けど手嶋さん、嬉しそうだったよ?昨日みんなが合宿行く前何か話してたよね?」


今自転車部のみんなは、マネージャーの私達と古賀さんや一部の部員以外は昨日から4日間の合宿に行っている。
本当はついて行きたかった。けど普通の授業を休んでの合宿だから選手しか認められていないそうで…金城さんにどうしてもダメですかってせがんでみたけど、困らせてしまうだけだったし、お兄ちゃんにも「迷惑かけるな、バカ」って怒られた。
…すごく見たかったな。一年生と二年生のインハイメンバーを賭けた戦い。
マネージャーの立場があるから手嶋さんとお兄ちゃんを応援はできなくとも、この目で結果を見届けたかった。
けどそれは叶わなかったから、せめて出発前に声をかけたくてみんなから少し離れた場所で手嶋さんに声をかけた。



『すみません…どうしても出発前に声をかけたくて』
『全然かまわねぇよ。で、どうかした?』
『勝負、仕掛けるんですよね?一年の3人に』
『ああ、そのつもりだよ。作戦では3日目の夕方位にな』
『…あの、手嶋さん』


頑張って下さい──は違う。インターハイにあんなに強い思いのある2人だ、頑張るのは当然の事。
勝って下さい──これもマネージャーとしては言えない。…本心ではそう思ってるけど。


『信じてます。お兄ちゃんと、手嶋さんの事』


手嶋さんの大きな目が一瞬見開かれて…それから「ああ!」って笑った。


『一筋縄じゃいかねーだろうけど…精一杯やってくるぜ』


それからすぐに出発時間になって、手嶋さんは手を振ってバスに乗り込んでいった。




……今頃みんな、頑張ってるんだろうな。
楽しみだな、合宿から帰ってきて1000キロ走り切ったみんなの成長した姿を見るのが。
それと、3年生の先輩と同じ黄色いジャージを着るお兄ちゃんと手嶋さんを見るのが。

でも何より──大きな怪我をせずに帰ってきてくれれば、それで…。



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