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峰ヶ山での一件から3日が経った。あれから私も元通りというか、あの日の朝見た夢の事も気が付けばすっかり忘れていたし、先輩との会話を思い出しては情緒不安定に……なんて事もなくいつも通り授業受けてご飯食べて、部活に励めている。全部がいつも通りだった。そう、全部。
泣きじゃくる私の面倒を見てくれた手嶋さんも、あの日の事はなかったかのように接してくれている。自転車を辞めた本当の理由だった事故の事に関しても手嶋さんは一切触れてこない。
事故の事にあまり触れられたく無い私からしたらそれはとても助かる事…なんだけど、何故かそれが落ち着かなかった。手嶋さんには事故のことを聞いて欲しい…気が付けばぼんやりとそんなことを思っていた。こんな事思うなんて自分でもびっくりだ。

そういうわけで今朝、朝練が終わった後意を決して手嶋さんを昼休みに呼び出した。「お話ししたい事があります」と告げると一瞬驚いたような顔をしていたけどすぐに察してくれたようで「なら人のいない屋上がいいよな」と提案してくれた。

そしてお昼休み。手嶋さんを待たせちゃいけないと授業が終わってすぐに教室を飛び出して屋上へ向かった。
日差しが強くて少し暑い今日は、流石にここをランチ場所に選ぶ生徒はいないようで誰もいなかった。手嶋さんもまだ来ていない。とりあえず暑さを多少は凌げる日陰に入って手嶋さんを待とうとしたところで屋上と校内を繋ぐ鉄製の重たい扉がギイ、と音を立てて開いて、手嶋さんが顔を出した。


「わりー!待たせちまったか?」
「いえ、私も今来たところです」


私の側まで駆け寄って来た手嶋さんは「とりあえず腹減ったな」と床に座り込んで持っていた袋からサンドイッチを取り出した。気のせいかもしれないけど…手嶋さん、なんか様子がいつもと違うような…なんか緊張してる…?いや、気のせいだろう。私も手嶋さんの隣に座り込んで、持ってきたお弁当箱を広げた。


「……すげぇ弁当箱だな」


手嶋さんの視線は私の手の中のお弁当箱に向けられていた。どうやら私のお兄ちゃんとお揃いのお弁当箱は普通の女子が持つには少々大きいらしい。初めて見る人には必ずと言っていいくらいに驚かれ続けたのでもう慣れてしまったけど…手嶋さんに言われるのはなんだか恥ずかしくて苦笑いを浮かべてると「一花ちゃんらしくていいじゃん」なんて笑っていた。……これは褒められた、のかな…?

そんなことよりもこの間の事を話さなきゃと思って、「あの」と切り出した。


「この間は本当にありがとうございました。峰ヶ山でのこと」
「あれから大丈夫そうだな。よかったよ」
「はい。あの後普通に部活出来ましたし」


鼻声になってたのは鳴子くんとかに笑われましたけど、と苦笑いをすれば手嶋さんも「たしかにすげー声だったもんな」と眉を下げて笑った。


「それと…すみませんでした。他校の選手と話し込んでたり、泣いちゃったりして」
「まあ、他校のやつと話してた事はわかってるならオレから言うことはねぇよ。その後の事は…オレもごめん」
「え?何で手嶋さん謝るんですか?」
「やっぱお節介だったんじゃねーかって思ってさ…」
「そ、そんな事ないですよ!」


思わず声を張ってしまった。本当にそんな事ないんだ。あの時、もしも1人だったら絶対もっと酷かったに違いないから。頭の中ぐっちゃぐちゃのまま、みんなに心配かけないようにしなきゃって取り繕うのに必死でロクにマネージャーの仕事なんて出来てなかっただろう。
酷い泣き顔は見られてしまったけど、手嶋さんが側にいてくれてよかった事は間違いない。


「あの日も言いましたけど…手嶋さんが側にいてくれて良かったと思ってますし、安心したんです」


顔を綻ばせながら言うと、一瞬手嶋さんは驚いたような顔をした。心なしか頬も赤くなっているような……たしかにちょっと暑いけど、赤くなるほど暑いかな?


「…大した事してねーけど…それならよかったわ」


私にとっては本当にありがたい事だったのにまた手嶋さんは謙遜するんだから。だけどそんな所がまた彼らしいなと思うと口元が緩む。


「あの、手嶋さん。前に言ってましたよね…私のロードに乗ってた時の話、聞きたいって」
「ああ。言ったな、それ」
「…よかったら今、聞いてもらえませんか?」
「オレが聞いていいなら…聞かせてくれ」


手嶋さんの言葉に頷いて、私はぽつぽつと今まで誰にも話した事のなかった昔の事を話した。




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