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人前で泣いたのはいつぶりだったかな。それも家族以外の前で泣くのなんて…それこそまだ小学生低学年くらいの時以来じゃないか。
ずっと人前では泣きたくないと頑張って堪えていたのに……ずっと表に出さないようにって押し込んでいた悔しさとか、後悔とか、色んなものが今になって爆発してしまって、よりによって今一番尊敬している先輩の前で大泣きしてしまうなんて。


「…すみまぜん、手嶋さん…」


ひとしきり泣いて、久々に発した声はすっかり鼻声になっていた。まだ部活も終わってないっていうのに、どうするのこれ。誰かに突っ込まれたらなんて誤魔化そう。
なんて考えてたら手嶋さんはぷっと笑って「すげー鼻声だ」って言ってきた。じとっとした目線を送りたいところだけど、泣き腫らしているであろう不細工な顔じゃきっとまた笑われてしまう。だから俯いて彼に顔を見られないように隠した。


「落ち着いた?」
「…はい、手嶋さんの言う通りスッキリしました…」


だろ?って、顔を隠すために垂らした髪の隙間から覗き見ると手嶋さんはにこりと笑っていた。


「あの、本当にすみません…部活中なのに泣いたりして……しかも手嶋さんの練習時間まで奪っちゃって……」


本当はちゃんと顔を見て頭下げて謝らなきゃいけないっていうのはわかっている。けど、今の酷い顔を手嶋さんに見られるのは凄く嫌で、髪で顔を隠したまま頭を下げた。他校生と話してたり、みっともなく泣いちゃって、しかも先輩に世話までかけてしまって…本当になんてマネージャーだ私は。


「オレはちょっと長めのインターバルを取ってただけだ。気にしなくていいよ」


手嶋さんの顔を見ることはできないけど、声で笑ってくれているんだろうなっていうのはわかる。本当に…なんて優しい人なんだろう。インターバルだなんて…泣きじゃくる私の背中をずっと優しくさすってくれていた。ちっとも休憩なんて出来てないだろうに。
申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、彼の優しさに胸がぎゅっとなるような、あったかいような…嬉しいのに切ないような気持ちになっていた。


「…ていうか、何でさっきから顔隠してんの?」
「だって、酷い顔してますから、絶対」


見られたくないんです、そう言うとぷっと吹き出す声が聞こえた。そんな理由か、って思われているんだろうな。私にとって…というか、大半の女子からしたら立派な理由だと思うのに。


「一花ちゃん」
「……」
「一花ちゃんってば」


手嶋さんは私の名前を呼び続ける。どうやら彼はそんなに私の酷い顔が見たいらしい。呼び続ける手嶋さんに、頑なに顔を隠す私。そのちょっとした攻防戦が続いて……結果、最後に折れたのは私だった。これ以上手嶋さんの練習時間を奪ってはいけないし、それに名前を呼ばれ続けてちょっと恥ずかしいような変な感じになった。諦めた私は微かに顔を上げて顔にかかる髪を少しだけ避けた。


「やっと見せてくれたな」
「…あんまり見ないで下さい…酷い顔ですから……」
「そんな事ねぇよ。さっきより全然いい顔してる」
「え…?」
「さっきの一花ちゃん、すごい顔だったぞ?」


下手だよな、作り笑い。そう手嶋さんは面白そうに笑っていた。
なんとなく自覚はしてた…作り笑いがあんまり上手くない事は。けど面と向かって言われるのは初めてでなんだか恥ずかしい。
心配させないようにと無理矢理作っていた笑顔が、もしかしたら余計に心配させていたのかもしれない…そう思うと居た堪れない気持ちだった。

でも気持ちは不思議と落ち着いていた。泣きじゃくる前は自分でも訳わからないくらいぐるぐるしていたのに。…誰かにこうやって泣かせてもらえるのって、こんなに安心できるんだ。ううん…誰か、じゃない……多分、手嶋さんだったからだ。


「酷い顔っつってたけど、そんな事ねーよ。いつも通り可愛いから大丈夫だ」
「っうぇ!?」


突然可愛いだなんて言われて素っ頓狂な間抜けな声を上げてしまった。それを聞いた手嶋さんは「どんな声だよ」って面白そうにケラケラ笑っている。


「も、もう手嶋さんてば……そんな冗談言ってからかわないで下さいよ」
「別に冗談言ったつもりも、からかったつもりもないんだけどなー」


この言葉だってきっと冗談なんだろうって思っているのに、頬に熱が集まって来る。ただでさえ目の周りが熱いっていうのに、これ以上顔の体温を上げないでほしい。


「…もう大丈夫そうだな?」
「あ、はい。手嶋さんのおかげで大分落ち着きました」
「そっか。よかった。けど、今日はもう休んでた方がいいんじゃねぇか?柏東のやつら、まだいるし…」
「いえ!大丈夫です!」


手嶋さんの言う通り、まだ柏東の選手が近くで練習している。その中には河村先輩もいるだろう。でもこうなったのは先輩がきっかけだったかもしれないけど、彼のせいなんかじゃないし、さすがにもう話しかけてはこないと思う。
目は重たいから腫れてしまっているんだろうけど、それ以外は全然平気だ。


「ならいいんだ。けどあんま無理すんなよ?」
「はい、ありがとうございます!手嶋さんがいてくれて本当に助かりました」
「言ったろ?オレは長めのインターバルを取ってただけだってさ」
「いえ…側にいてくれただけでもすごい嬉しかったので」


今度は作り笑いじゃなくて自然に笑えていると思う。だけど手嶋さんは何やら困ったような様子で私から目を逸らしていた。




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