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峰ヶ山でのチーム練習ヶ一息ついて、今日の後半のメニューである個人メニューに取り掛かった。春先から田所さんに合宿に向けてどうしても強くなりたいと青八木と2人して頼み込んで作ってもらった一年の時よりキツめの練習メニューは最初こそ吐きそうになる位に辛かったのに、最近は少し余裕を持ってこなせるようになってきて力が付いてきていると実感できる。

メニューとメニューの合間に青八木と一緒に入ったインターバルもそろそろ終わりの時間になろうとしている。青八木に声かけてそろそろ準備しようと立ち上がった時、少し離れた所に一花ちゃんと巻島さんの姿を見つけた。微かに会話も聴こえてくる。どうやら一花ちゃんは今巻島さんの記録を録っているようだ。


「…わぁ…!やっぱり巻島さんすごいですね!この坂このタイムで登れるなんて!」
「あぁ…ありがとよ…」
「小野田くんも言ってましたけど、ダンシングもカッコいいですし!巻島さんの登り見てるの楽しいです」
「ったく一花まで小野田みてーな事言って……んなに褒めんな、キモいでいいッショ」


照れる巻島さんに一花ちゃんは楽しそうに笑っていた。
一花ちゃん、朝から顔色良くなくて心配だったけど…今は大丈夫みてーだな。いつも通り楽しそうにしている。やっぱ一花ちゃんはああやって楽しそうに笑ってんのがよく似合うわ。こっちもやる気もらえるし。何より、やっぱ可愛いわ。
けどいつものように部活に励む彼女を見て、安心しているはずなのに…胸にモヤモヤした何かがあったし、楽しそうに話す2人から目を逸らしたくなった。


「……手嶋」
「!?」


突然肩に何かが乗ってきて、思わず驚いて背中が跳ねた。一体なんだと振り向くとオレの肩に手を乗せた青八木が立っていた。こいつがオレを呼ぶときに体叩いてくるなんて珍しいな…と思った直後、青八木の眉間にほんの僅かに皺が寄っている事に気付いた。オレに向けている目も何か言いたげだ。


『何度も呼んだ』
『ボーッとしてどうした』


そう青八木の目は語っていた。


「ああ…いや、一花ちゃん、今朝調子悪そうだったから大丈夫かなってさ…」


けどもう大丈夫そうだな。そう言うと青八木は頷いた。
やっぱ青八木も一花ちゃんの調子があんま良くなさそうなことに気が付いてたか。まあそりゃ兄貴だもんな。


「……最近、一花のことよく見てるな」
「………え?」


体がピタリと一瞬硬直した。そんなオレの様子を知ってか知らずか、青八木はさらに追い討ちをかけるように口を開いた。


「手嶋、気付くと一花の事見てる……」


ドキリと一瞬心臓が跳ねた。
ああ…そうだ、青八木の言う通りだ。2年限定レースのあの事件以来、オレは気が付けばふとあるごとに視界に一花ちゃんを収めている。今朝だって一花ちゃんの様子がいつもと違うように感じたのは最近彼女をよく見ていたからだ。

どうして一花ちゃんの事を気が付けば見ているか…薄々気が付いてはいる。だけどだめだ、認めちゃ。今はやらなきゃいけない事がある。
……女の子を好きになってる余裕なんてオレにはないだろうがよ。


「もしかして…」


青八木の言葉に思わずごくりと息を呑んだ。これに続く言葉の予想は容易につく。
そうだよな、ここまでくりゃ青八木だって思うだろ。……オレは一花ちゃんの事が好きなんじゃないか、って。


「……あいつ、何かやらかしたか?」
「え!?」


オレの予想は外れだった。絶対好きなのかと聞かれるかと思ったから、ちょっと拍子抜けしちまった。けど青八木らしいわ。


「いや、そんなんじゃねーよ。一花ちゃんよく頑張ってくれてるし、いいマネージャーだよ」
「……そうか」


それならよかった、と言いたげに青八木の口角がほんの僅かに上がる。今日は珍しくよくしゃべったな。思い返せば青八木は一花ちゃんの事になるとよく喋る気がする。やっぱなんだかんだで大事なんだな。


「さて、そろそろ行こうぜ。残りのメニューもキツイからな」
「……」


こくんと青八木の頭が縦に動く。

ヘルメットを被って、ロードに跨って、もう練習に出る準備は万端だった……が、オレの空気読めない目はまた気が付けば一花ちゃんの姿を写したがった。見るな!と視線の軌道修正をしようとしたが…遅かった。ばっちり一花ちゃんと目が合った。


「手嶋さん!お兄ちゃん!行ってらっしゃい!」


屈託ない笑顔で一花ちゃんはオレたちに大きく手を振った。
ああ、やっぱすっげー可愛い。期待してくれている彼女の為にも今日も頑張ろう、そう自分の中で気合を入れて「おう!」と一花ちゃんに返事をしてペダルを踏み込んだ。


「…調子よさそうだな、手嶋」
「ん?ああ!このまま暫く引かせてくれよ」


青八木の前を走っているけど、笑ってるのが姿を見なくても空気でわかる。

その時、背後から車輪の音が聞こえてきた。一台や二台の音じゃない…集団だ。
うちはもうチーム練習を終えてるから先輩や後輩の物でもないだろう。
近付いてくるその集団はすぐにオレたちを抜いて前に出て、その正体を確認する事が出来た。
見覚えのある白いジャージ。その集団の中にはなんとなく見覚えのあるような顔もいた。…あれは柏東の自転車部だ。




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