9
ちょっと色々あった2年限定のレースが終わってから数日。
優勝した青八木と、それをアシストとマネジメントしたオレは「よくやった」と先輩達に褒めてもらえたし、尊敬する田所さんには「合宿も期待してるぜ」と背中を叩いてもらった。そのおかげもあって、オレ達は一層合宿に向けて練習を増やし、戦略のバリエーションも増やそうと頭も練った。
ここまでいい調子だ。青八木の脚も強くなってきてるし、オレも脅威になるであろう今泉達一年のデータと対策法もしっかり把握できている。
今日もまだいつものコースを走り始めたばかりだが、今のところいいタイムだ。このままいけば記録更新できそうだ。


いい調子……だがひとつだけ、困っている事がある。

あの色々あった2年生レースの後、一花ちゃんに絡んできた男を追い払った後の事だ。


『お兄ちゃんと手嶋さんが来てくれて本当に安心したんです。だから…ありがとうございました。駆け付けてくれて』


その言葉と共に彼女が見せたあのふわっとした泣きそうな笑顔──それがずっと忘れられずにいた。
いつも一花ちゃんの眩しいくらいのニコニコした笑顔には癒されているし、元気をもらえる。可愛いアイドルの笑顔を見ると元気になるーとか、そんな感覚だった。

けどあの笑顔は全然違った。心臓が締め付けられるような…苦しいくらいの感覚になったのに、ずっと見ていたいとも思った。すげー可愛かった。
その笑顔がふとした時に脳裏に浮かんできてはオレの思考回路を詰まらせる。それが今一番の困り事だ。
オレはこの状態をなんていうのか、薄々は気付いているけど…認めたくない、いや、認める訳にいかねぇんだ。


(女の子を好きになってる余裕なんかねぇだろうが、手嶋純太)


青八木の後ろを走りながら、自分に言い聞かせた。
田所さんとインターハイに出れるチャンスはもう今年しかない。集中しろ、今はインターハイのこと、その前の合宿を乗り越える事だけを考えろ。
多分マネージャーって立場を気にして言葉には出さなかったけど、一花ちゃんだって言ってたろ…オレらにインターハイ出て欲しいって!
だから芽生え始めたこの感情を、オレは認める訳にはいかないんだ。

また浮かんでくる一花ちゃんの姿を振り払うように軽く頭を振って、もう一度前を向いた。


「…!手嶋…!」


向いた、はずだった。


「…え?」


青八木が青ざめた顔で振り返るのが見えた次の瞬間、体が車体ごと浮いている感覚がした。…どうやら何かに乗り上げたらしいと気がついた頃には、オレは盛大に落車していた。







「…急患」
「あれ、お兄ちゃ……ってどうしたんですか手嶋さん!?」
「あー…ちょっと落車しちまってさ…」


盛大に落車して、膝に傷をつくっちまったオレは水道で血と汚れを流した後青八木に半ば連行されるような形で部室にいる一花ちゃんの元へと連れて来られた。


「けど大した傷じゃねぇし、全然平気だよ。軽く消毒しとけばさ」
「どこが大した傷じゃないんですか!そんな大きな傷…!早くこっち来てください!」


たしかに見た目はちょっと派手な傷だけど痛みはそこまで強くない。幸い打ち所が良かったみたいだ。けど一花ちゃんは大袈裟すぎるほど慌てていた。
「自分でやるよ」って言ってみたけど聞き入れてくれる様子はない。ここは言う通りにするしかないみてぇだな…。
催促されるまま部室のベンチに腰掛けると、棚の上から救急箱を持ってきた一花ちゃんがオレの足元にしゃがみ込んで、背中には心配そうな顔を浮かべた青八木が立った。全く兄妹揃って心配性なんだからよ。


「滲みると思いますけど、我慢してくださいね」
「あ、ああ…」


一花ちゃんは左手でオレの膝にガーゼを充てて、右手には消毒液のボトルを手にして傷口に液をかけてきた。
消毒液の冷たさとツンと滲みる痛みに思わず声を上げそうになるがぐっと堪えた…が、顔に出ちまうのは堪えきれなかった。それに気が付いちまった一花ちゃんが申し訳なくなる位に心配そうな顔で見上げてくる。


「すみません…!すぐ終わらせますから」
「いや、大丈夫だよ」


大丈夫だって言ったのに、一花ちゃんは相変わらず心配そうな顔をしながら救急箱からガーゼやら絆創膏やらを出して傷に充ててくれる。オレの後ろにいる青八木もじっとオレが手当てをされる様子を心配そうに見ていた。


「それにしても…珍しくないですか?手嶋さんが落車だなんて」
「…考え事してたみたいだった」
「えっ…、ああ、ちょっとな…」


言えるかよ、一花ちゃんの事で悩んでた……なんて。はぐらかしてはみたけど、青八木が何か疑うような視線を向けているのは背中越しでもわかる。お互いの考えがわかるっていうのも、こんな時ばかりは困りもんだ。
多分この空間の中でオレだけが少し居た堪れない気持ちのまま、傷を手当してくれる一花ちゃんの手は進んでいく。


「ほかに痛む所はないですか?手嶋さん」


ある程度終わった頃、眉をハの字にして、どう見たって本気で心配してるって顔した一花ちゃんがじっとオレの顔を見上げてきた。
さっきは消毒液が滲みてそれどころじゃなかったけどこの体勢、なかなかヤバくないか…?オレを見てくる一花ちゃんは必然的に上目遣いになるし、加えてこの表情だ。心配してくれてるっていうのに不謹慎だが目眩がしそうになるくらい可愛い。
何より一番やべぇのが、処置が終わったのに彼女の小さな手はまだ脚に触れたまま。
意識するなと必死に言い聞かせるけど一花ちゃんに触れられている箇所がやたら熱く感じるし、じわじわと顔に熱が集まり始める。


「だ、大丈夫だよ。んな心配すんなって」
「…本当に平気か?」
「平気だっつーの!お前もそんなに心配すんなよな」
「……」


相変わらず青八木はなんとも言えない視線を向けてくる。今の「平気か?」はきっとうっすらと赤みを帯びてきているであろうオレの顔の事を言ってたんだろう。


「大丈夫ならよかったです…。でも、痛いところあったらすぐ言ってくださいね?」


一花ちゃんはあの日のレースと同じく、安心したという顔でふわりと笑った。
ああ、わかったよ。なんていつも通りになんとか返したが正直、大丈夫じゃない。その顔はダメだって…反則だろ、そんな可愛い顔…!




17/96


|


BACK | HOME
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -