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手嶋さんの第一印象はずばり、「怖そうな人」だった。
チーム2人の走りを初めて見たレースで、彼はお兄ちゃんを逃すために他の選手を挑発的な言葉と表情をセットにブロックを仕掛けていた彼を見て、私はそう思った。
だけど自転車競技部に入部してから、その印象はガラリと変わった。

「優しくて気さくな先輩」、それが今の私の手嶋さんへの印象。
マネージャーの仕事は大体彼が教えてくれた。それもわかりやすくて、今ではとても頼りにしている先輩。相棒であるお兄ちゃんの妹だから良くしてくれている…っていうのもあるのかもしれないけど、本当は手嶋さんはとても面倒見のいい人だったんだなって思った。

思った……のだけど……最近、少しそれがよく分からなくなってきている。


私と幹ちゃんの後に入部してきた一年生達。
私と同じクラスの今泉くん、それからウェルカムレース当日に飛び入り入部してきた真っ赤な鳴子くんと、自転車初心者でメガネの小野田くん。この3人は特にすごい走りを見せてくれる。
今泉くんは中学のレースでも優勝を重ねてきただけあって、平坦も登りも無駄のない速い走りをする。
関西から引っ越してきたと言う鳴子くんも、地元では屈指のスプリンターだったようで平坦の速さは目を見張る。
そして一番びっくりなのが、一年生レースで初めてのロードバイクを難なく乗りこなし、しかも今泉くんを抑えて山岳リザルトを獲った小野田くんだ。彼の登坂能力には本当に驚いた。

この3人の走りには3年生の先輩達も注目しているようで、ちょくちょく金城さんは私達マネージャーに一年の記録はどうだと尋ねてくる。そして彼らのタイムを見てはフッと嬉しそうな笑顔を浮かべる。きっと有望な一年生が入ってきてくれた事が嬉しいんだろう。

そんな私の同級生達の走りを注目しているのは、3年生だけではない。
当然2年生のお兄ちゃんと手嶋さんも一目置いているようでよく3人の練習を見学している。
…だけど、その表情はいつも険しい。明らかに先輩や私に向ける表情とは全然違う。チームメイトとして見ているというより、あれは完全に敵を見る目だ。
まだ練習を見ているだけならともかく……3人と接する時の態度にもそれが出てしまっている。


…まさに、今とか。


「はーっ、今日もキツかったなー」
「……」


今日もメニューを終えて、汗だくになりながら部室に戻ってきたお兄ちゃんと手嶋さんに用意したタオルを「お疲れ様です!」と言って2人に手渡す。
「サンキュー」とそれを受け取った2人は殆ど同時に思いっきりタオルに顔を埋めた。こんなところも息ぴったりなんだ、となんか微笑ましくて思わず笑いそうになる。
と、その直後にガラガラと音を立てて部室の扉が開いて、一年生の3人が部室に入ってきた。


「みんなお疲れ様!」
「おうマネージャー、お疲れさんやで!」
「……っかれ」
「お、お疲れ様です!一花さん!」


3人に挨拶した後で、恐る恐る側にいるお兄ちゃんと手嶋さんを見ると…やっぱり2人は私に向けていた表情とは打って変わった鋭い視線を向けていた。もはや睨んでると言っていいくらい。


「…お疲れさんっす」
「…っかれっす」
「あ、お、お疲れ様です……!」


私と挨拶した時と比べて、明らかに今泉くんと鳴子くんの声色が低い。小野田くんなんて萎縮しちゃってるし……。


「……うす」
「……」


手嶋さんの声も普段より低くて素っ気ない。お兄ちゃんの頷きも心なしかいつもより浅い気がする。普段からぶっきらぼうなお兄ちゃんはともかく、明るく接してくれる手嶋さんのこの態度の悪さのギャップに少し困惑してしまう。
2年生とこの3人が鉢合わせると、いつもこんな感じだ。彼らが明るく話しているところなんて見た事がない。
私もいい加減このずしっと重たくてピリピリした空気に慣れた方がいいんだろうけど……もう正直逃げ出したくてたまらない。…慣れるには当分は時間がかかりそう。
でも……なんでこんなに2人は一年生に対して無愛想なのか聞いてみたいところではある。だけどマネージャー風情が首突っ込んでいいのかなぁと思って聞けずにいる。お兄ちゃんに聞いたところできっと答えてくれないだろうし。


「オイ、マネージャー。タオルくれ」
「あっ…う、うん!ごめんね…!」


雰囲気に萎縮して3人にタオルを渡すのすっかり忘れていた。
今泉くんに急かされるまま慌てて3人にタオルを手渡すと今泉くんと鳴子くんは「どうも」、「おおきに」と言いながら受け取って、小野田くんは「ありがとうございます!」とわざわざ頭を下げて受け取った。

それから3人は2年生の2人と目も合わす事なく、「明日こそオッサンぶち抜いたる!」「…次は金城さんに勝つ」「巻島さんすごかったなー!」といつものように今日の先輩との走りを賑やかに話していた。


「……あいつらにはぜってぇ負けねぇ」


小さかったけど…確かに手嶋さんの強い意志の篭ったその言葉が聞こえた。
その一言でなんとなくだけど、何故2人が一年の3人に敵意を向けるのか──その理由が思い浮かんだ。
確信はないけど、2人はこの3人のことを教え導くべき後輩としてではなく、ライバルとして視ている。彼らの実力を認めているからこそ、負けたくないと思っているからあの態度……なのかもしれない。

そんな事をぼんやりと考えていると、ガラガラとまた部室の扉が開いた。今度は金城さんが入ってきて、一年生の3人に外に来るように呼んだ。
3人は金城さんの後に続いて部室を出て行ったので、また私とお兄ちゃんと手嶋さんが部室に取り残される。
3人が部室からいなくなったお陰か、流れていた重たい空気が軽くなるのを感じた。よ、よかった…この空気、もうそろそろ限界だった…。全身の力がすっと抜けて安心したのも束の間──私の空気の読めないお腹から低くぐうぅ、とけたたましく響く音。当然私に向けられる2人の視線。


「あ、はは…す、すみません…!!」


なんて苦笑いしたけど、ものすごく恥ずかしかった。いつも聞かれてるお兄ちゃんはともかく、手嶋さんに聞かれるのはすっごい恥ずかしい…!!


「ぷっ、いい音したなあ〜!腹減った?」
「は、はい…」
「オレも腹減ったわ。青八木も減ってるだろ?」
「……」


お兄ちゃんもコクっと頷く。


「飯でも食ってく?3人で」
「え…いいんですか?私も」
「もちろんだよ、一花ちゃんさえ良ければさ」


手嶋さんはニッと笑った。そのちょっと幼く見える笑顔にどきっとしつつもお兄ちゃんを見ると、特に嫌そうな顔はしていなかった。


「はいっ!行きたいです!」



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