2
総北に入学して、自転車部に入ってからもうすぐ一ヵ月になろうとしている。
ようやく高校生活という物にも馴染みはじめてきて、やっと新入生気分が抜けてきた。ありがたいことに新しい友達はすぐに出来たし、最初は迷子になりまくってた校内の構造ももうほとんどばっちり。何も不自由なく、楽しい高校生活を送れている。まあ……授業についていくのは、未だにいっぱいいっぱいだけど……。

自転車部のマネージャーの仕事もなんとかやれているはず。
最初こそ凡ミスを繰り返してしまってお兄ちゃんにチクチクと刺されるような視線を向けられたり、下らないミスをして先輩に笑われたこともあったけど、今はそれもかなり減ったと思う。
正直大変だったり苦手な仕事もあるけど……先輩達も優しいし、私と幹ちゃんの後に入ってきた一年生達も先輩もすごい走りを見せてくれる。そんな人達の力にほんの少しでもなれているのかと思うとなんだかワクワクして、今では部活の時間がすごく待ち遠しいくらい。




「…わ!すごいです二人とも!タイムかなり更新してます!」


今日も長い授業を終えて待ちに待った部活の時間。私は手嶋さんとお兄ちゃんの記録を録る為にゴールライン代わりの白線の端に立って二人のフロントタイヤがそれを越えた瞬間に両手に一つずつ持ったストップウォッチのボタンを押し込んだ。
その細長い液晶の数字は、2つとも新学期になってから一番早い数字を写していた。
呼吸のまだ荒い2人は表情を明るくしながら「見せて見せて」と私の持つストップウォッチを覗き込んできて、その数字を確認すると一層表情を輝かせた。…普段家じゃなかなか表情を変えないお兄ちゃんのこんな顔はかなりレアだ。


「田所さんにメニュー見直してもらった甲斐があったな!」
「…後で報告、しに行こう」
「ああ!」


嬉しそうな2人を見ていると釣られて私まで笑ってしまう。それに、マネージャーって立場があるから堂々と言えないけれど…一番応援している2人のタイムが伸びるのは私もすごく嬉しい。

私が総北に入って、自転車部のマネージャーをやりたいと思ったきっかけになったお兄ちゃんと手嶋さん…チーム2人。
2人の走りはやっぱり息ぴったりですごいチームワーク。先輩達や同級生の今泉くんと鳴子くんのような速さは無いかもしれないけど、私はその2人の走りに見惚れた。


「その前に…ちょっと休憩しようぜ。さすがに脚パンパンだわ」


お前もだろ、という言葉にお兄ちゃんもこくんと頷いて、2人はロードを路肩に寄せた。


「あ……」


お兄ちゃんは何か思い出したのか、微かに聞こえる位に小さな声を上げた。


「おー、飲み物?了解」


お兄ちゃんは小さな声を出しただけで何も言ってないのに、手嶋さんはお兄ちゃんに笑顔を向けてそう言っていた。それにお兄ちゃんはなんだか嬉しそうに少しだけ口角を上げて少し先にある自販機へと向かって行った。
…いつ見てもすごいな、これだけで会話が成立してしまうなんて。

今みたいに2人のまるでテレパシーで会話しているような場面に遭遇するのは初めてじゃない。というか、殆ど毎日見てる。

2人のすごいところは走りだけじゃなくて、こうして自転車に乗ってない時でも意思疎通がばっちり出来ていること。初めてこれを見た時はすっごい驚いた。
というかこれは2人がすごいっていうか、手嶋さんがすごいって言った方がいいな。
妹の私ですらお兄ちゃんの言いたい事はわからないのに、手嶋さんは頷きや「!」って声だけでお兄ちゃんが何を伝えたいのかを正確に読み取っている。本当にお兄ちゃんの事をよくわかってるんだ…妹の私以上に。この2人の仲の良さは思っていた以上だった。…ちょっと羨ましい。


「一花ちゃんも今日は動きっぱなしだろ?よかったら一緒に休憩どう?」
「はい、じゃあちょっとだけ」


手嶋さんの言葉に甘えさせてもらって、「失礼します」と声をかけて彼の隣に腰を下ろした。走ってるみんなに比べたら全然疲れてなんてないけど、少しだけ休憩もらおう。


「部活はどう?慣れてきた?なんか困ってたりしねぇか?」
「はい!手嶋さんも他の先輩方もちゃんと仕事教えてくれますし…全然困ってないです」


「お兄ちゃんの教え方はよくわかんないですけど」、と付け足すと手嶋さんは「たしかに!」とふはっと笑った。


「みんなの走りも本当にすごくて…練習見てるだけでもすごい楽しいです!」
「そりゃよかった!先輩達も一年もすげぇよな、いやぁ練習着いてくの必死だよ」


オレらももっと頑張んねーと、そう言って手嶋さんは眉を下げて笑った。
みんな、の中には自分たちは入ってないと思ってそうだな…私にとっては2人の走りが誰よりもすごいと思うし、一番惹かれる。


「私は、お兄ちゃんと手嶋さんの走りが好きですし、すごいと思ってます」
「…そういや言ってくれてたな、オレらのファンになってくれた…って」
「はい!だから2人の練習をこうやって見れるのはすごい嬉しいです」
「ありがとな…、青八木も頑張ってるし、嬉しいよ」


手嶋さんは照れ臭そうに頭を掻きながら笑った。


「最初のうちは結構苦労したからなー、青八木誰かと走った事も無いみたいだったしさ」
「あはは…確かにお兄ちゃん、いつも1人でしたから…」
「一花ちゃんは青八木とは走んなかったのか?」


話題がお兄ちゃんの走りになった時から、この質問が来るのはなんとなく予想していた。
お兄ちゃんと走ったことはある。だけど、一緒に走っていた…というより私が走りに行くお兄ちゃんを勝手に追いかけてついていってたって言った方が正しいし、それにそれもロードを始めたばかりの短い期間だけ。殆ど無いって言ってもいいと思う。
私が追いかけるのをやめたのは…お兄ちゃんとは大きな違いがあったから。


「…登りが得意だったんですよ、私」


その一言で手嶋さんは察してくれたようで、「ああ…」と納得したような表情をしていた。これだけで察してくれるなんて、さすが手嶋さんだ。


「そっか、青八木登りはあんま速くないからな」
「はい…逆に私は平坦が苦手だったので。それに気が付いてからは、全然」


部活で久々にお兄ちゃんの走りをじっくり見たけど、やっぱりお兄ちゃんの走りはあまり変わっていなかった。当然速くはなっているけど、相変わらず登りには苦労しているみたいだった。


「だから、手嶋さんと走ってるのを見た時すごいびっくりしたんですよ」
「確かに、ずっと1人だったのに急にコンビなんて組んだらそりゃ驚くよな」
「はい、その上すっごい息ぴったりだし、テレパシーで会話しちゃうし!」
「ははは…テレパシーって、オレも青八木もエスパーじゃないぜ?」


あれをテレパシーと言わず何て言えばいいのか。それとも2人にしか感知できない電波でも飛ばし合ってるとか…?そんなことを考えていたら、思わず手嶋さんを凝視してしまっていたようで彼は「えーっと…」と気まずそうな笑いを浮かべていた。


「んー…なんつーのかな、目線とか微妙な顔の動きとか?そういうので何考えてんのかなーってわかるんだよ」
「いや、それもすごくないですか!?」
「よく見てると結構わかりやすいぜ?一花ちゃんにも分かると思うよ」


言いながら手嶋さんは明るく笑っていた。…手嶋さんに言われるとちょっと出来そうな気がしてくる。
そんな時、スポドリを片手に持ったお兄ちゃんがビンディングシューズの足音立てながら戻ってきた。なんて丁度いいタイミング、とじっとお兄ちゃんの顔を見てみる。


「おー、おかえり」


コク、と小さく頷くお兄ちゃん。だけどその表情はいつも通り変わらなくて……やっぱり私にはよく分からない。


「そこの自販機のスポドリ売り切れてたから向こうまで行ってたのか。それでちょっと遅かったんだな」


コクリ、とまたお兄ちゃんは頷いた。
…うん、やっぱり私にはいつまで経っても手嶋さんと同じ事はできそうに無い。



10/96


|


BACK | HOME
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -