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新しくマネージャーとして入部してくれた2人への練習の流れの説明も一通り終えて、今日のメニューも半分こなして一旦補給の為に部室の前へと戻ってきた。いつもなら青八木と一緒にメニューをこなして同じタイミングでインターバルに入るけど、今日あいつは別メニューだ。
愛車を一旦ラックにかけて、「入りまーす」と間延びした声と共に部室の扉を開けた。今先輩達も練習行ってて誰もいないだろうけど、礼儀として毎回入る時はそう一声出してから入っている。


「お疲れ様です!」


誰もいないと思っていた部室から、女の子の声がした。この声は…青八木の妹ちゃん…一花ちゃんだ。
彼女はテーブルにボトルを数個と天然水のペットボトルを並べている。どうやら並んでるボトルの数的に多分部員全員分のドリンクを作ってくれてるようだ。
色々説明してる時、ちょっと時間余ったから補給の用意のやり方やタイミングも軽く教えたんだった。次からでいいって言ったのに、もう取り掛かってくれてるなんて。


「早速補給の準備してくれてんのか。サンキューな」


助かる、そう言えば一花ちゃんははにかんだ。
最初は顔も体も硬らせてすげー緊張してたけど、時間が経って落ち着いてきたみたいだな。顔が緩む頻度が増えてきたし、口調にも固さが抜けてる。


「ただ見てるだけなのもなんか落ち着かないよねって、幹ちゃんと話してて。だからせめて補給だけでもお手伝いしようと思いまして」


幹ちゃんは外でタオル用意してくれてます、と。2人ともやる気あるなと嬉しくなって思わず顔が緩んだ。どんな競技にも共通する事だが、ロードレースもサポートしてくれる人間が必要だ。きっと彼女達はいいマネージャーになってくれるだろうよ。


「手嶋さん補給ですよね?待ってて下さい、すぐ用意しますので」
「ああ、ありがとな。助かるよ」


いえ!と一花ちゃんは笑った。

しかし、やっぱ色々実感が湧かないな…
廊下でぶつかった時『こんな子がマネージャーなら』なんて思ったらマジでマネージャーとして入部してきて、しかも一年の終わりからどんな子か気になっていた青八木の妹だったなんて。それも…オレが想像していた妹とは、とても似つかない子だった。顔はもちろん、性格もだ。

けど、昼休みでの件はオレの中で解決した。青八木の妹だったからオレの名前をしってた…って事だろう。多分兄貴の応援でレース見に来たことあるんだろうな。
それと誰かに似ているって疑問、それも解決した。その答えはアイドルでもモデルでもなく…青八木だった。たしかにぱっと見全然似てないけど、よく見ると似てる気がする。見た目で共通するのは青八木と一緒で背がそんな高くないとことか……ぱっと浮かぶのはこれくらいしかねぇけど、やっぱどことなく似ている。


「お待たせしました!多分、分量は間違えてないはずです…!」
「はは、サンキュー。味が濃かったらラッキーだな」


手渡されたボトルを受け取りながら、戯けて言うと一花ちゃんは「ですね」って困ったように笑った。


「あの…お昼休みの時は、驚かせてすみませんでした。名乗りもしてないのに名前呼んじゃって…」


申し訳なさそうな顔が見上げてくる。あの時のこと、もしかしてずっと気にしてたのか…?結構真面目なんだな、一花ちゃん。そういうところは真面目な兄貴に似てるかも知れない。


「全然気にしてねぇよ。なんでオレの名前知ってたのかって驚きはしたけどさ…もしかしてレース観に行ったりした?」
「えっ…!」


一花ちゃんの大きな目が、驚きで更に大きく見開かれた。この反応は図星…か?
「なんで知ってるんですか!」と聞きたげな彼女の顔に思わずくすっと笑っちまう。わかりやすすぎだ。こういうわかりやすいとこ、青八木とは全然似てないな。


「えっと……はい。何度か観に行きました」
「やっぱりそうか!ありがとうな…って、青八木を観に行ってたんだよな」


オレが礼を言うのはちげーな、って笑ってみせた。が…一花ちゃんはぶんぶんと首を横に振った。そして何やら力強い目力でオレを見上げてきた。何故かその目から、金縛りにでもかけられたんじゃないかと思うほど目が離せなかった。ただ…すげーキラキラしてて、綺麗な目だと思った。


「2人のレースを観に行ったんです。最初はお兄ちゃんがどうやって優勝したのか気になって、でしたけど。けど…2人の息のあった走りに感動して!」


それから一花ちゃんは一層目をキラキラさせて、「あの作戦すごかったです!」「くっついて走るのも凄すぎてびっくりしました!」…などなど、戸惑うくらいにオレらの走りを褒めてくれた。そしてトドメに、


「私、ファンになっちゃったんですよ。手嶋さんとお兄ちゃんのコンビの!」
「……マジ?」


彼女から出た言葉は、オレにはなかなか衝撃的だった。たとえ青八木とのコンビだとしてもファン、だなんて当然言われたことはないから。
ていうか…青八木の言ってた「レース観てオレのファンに」ってやつ、青八木とのコンビとしてだったけどマジじゃねーかよ…!!

今日一日で色々起きすぎだろ……これ、夢とかじゃねぇよな…?

一花ちゃんから見えないように軽く自分の手の甲をつねってみるが、しっかりと痛みを感じた。…どうやら現実のようだ。



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