居てくれることが一番の
すっかり暗くなったアパートの廊下を小学校からの相棒の愛車と一緒に進むようになって、もう半年近くになる。最初の頃は一緒に帰る相手がロードかよ、なんて心の中で笑ってたりもしたけど、すぐにお前はここまでオレに着いてきてくれたんだなと一層愛着が強くなった。
今日もまた、側の相棒を支えにしながらヨロヨロの体を部屋まで運ぶ。きっと今のオレの顔は酷い物だろう、今この廊下に他の住人がいなくてよかったわ…。


(あー…また傷増えてら…)


コイツには昔からオレの無茶に付き合わせてばかりだ。日に日に増していくフレームの傷を見つけては申し訳ない気持ちになるが、オレには無理をする走りしかない。どうかその傷はオレの無理に付き合ってくれた勲章だと思ってくれ。

大学に入ってから、とにかくやる事が多い。高校の時の比じゃない部活のキッツイ練習メニュー。それが終われば夜遅くまでのバイト、帰ってきてどっさり出された課題やレポートと格闘。ほぼ毎日これの繰り返しで、なんとか表に出さないよう笑ってはいるが、日に日に疲弊していく。休日はその疲労を回復させる為に泥のように眠る事しかできないし、思い描いていた大学生活とは違っていた。けどこの道を選んだのはオレだ。まあ大変だけど、楽しくないわけじゃない。

こんなボロボロのオレを見たらオレの彼女は、一花はなんて言ってくれるだろうか。きっと優しく笑って、暖かい言葉をくれる。そうやってオレを甘やかそうとしてくるに違いない。
付き合い始めた頃はオレの方が先輩って事もあってむず痒さを感じたりもしたけど、今はただただそれが恋しい。弱音を吐きたいわけじゃない、ただ…一花の陽だまりみたいな優しさに触れたいと強く思う。
って……つい昨日電話したばっかりなのにな。遠距離恋愛になっても一花となら何も問題ないと思っていたけど、こんなにすぐ恋しくなっちまうなんてどんだけオレは一花にベタ惚れなんだよ。もはやこれは依存か……?いや、まだそこまで重たい彼氏にはなっていないと信じたい。

そんなオレを皮肉るかのように重たい足をなんとか進めて、漸くこの愛車と暮らす部屋の扉の前に辿り着いてから、ポケットの中のやたらと重たく感じる鍵を取り出して扉を開けた。


「ただいまー。おかえりー、オレ…」


十二時間以上振りに帰ってきた部屋の中は当然真っ暗だし、ただいまと言ったところで返事が返ってくる事も当然無い。虚しさを紛らわそうと思って一人で自問自答してみるが余計に虚しい。
玄関から上がってロードをいつもの置き場所に置いてから、今度は息を吐く間も無く机の上につい愚痴を溢したくなるほどの量の課題を広げた。


「マジ…死ぬわ……」


そんな事を溢してもこの課題が消えていく訳じゃない。仕方なく半分機能停止している頭と手を動かして課題を睨みつけた。

それから数時間は経っただろうか、側に置いたスマホがヴーっと音を立てて震えた。しょぼつく目で画面を見れば、青八木からのメッセージ。


『誕生日おめでとう、純太』


は?誕生日?と訝しく思ってスマホで日付を確認すると、日付は九月十一日、時刻は零時丁度だった。忙しくてすっかり忘れていた……今日はオレの誕生日だ。
たった一言でも零時丁度に送ってくれるあたりがアイツらしい。思わず笑いを溢しながら青八木に返事を返していると続け様にメッセージが入ってくる。高校の後輩や先輩達、大学で知り合ったやつらと部の仲間達……ありがたいことにたくさんの人に祝いのメッセージが入ってくる。
…けど、その中にこういう時一番に連絡をしてきてくれそうな一花からのメッセージは無かった。もしかしたら日付が変わるのを待っている間に寝落ちでもしちまったのかもしれない。スマホを握りしめたまま爆睡している様が目に浮かぶわ。きっと朝になったらこれでもかってくらいに祝いの言葉をくれるんだろう。

そう、考えていたんだが。

朝になっても、昼になっても、バイトが終わる時間になっても一花からの連絡はなかった。まさかオレの誕生日忘れているのか…?自分の誕生日を忘れていたオレが言うのも変な話だが、女々しいことに彼女にはやっぱ祝ってほしいと思ってしまう。まぁけど、一花も忙しいんだろう。
とにかく一花の声が恋しいし、家に帰ったら電話してみよう。明日は休みだからいつもより長めに話せるし。そう考えながら狭いアパートまでチャリを飛ばした。

一花に連絡しよう、そう決めたらここ数日はヨロヨロになりながら歩いていたこの廊下も不思議と短く感じるし、いつも通りヘトヘトだったはずの体も軽く感じる。電話をかけたところで一花が出てくれるとは限らないのに。


「ただいまー…」


鍵を開けて、返事がないと分かりきっているのについつい言いながら玄関に入ってしまう。虚しいからやめろっつーの、とため息をつきかけた……が、部屋に異変を感じた。
部屋の電気が点いている。日当たりのいいこの部屋は朝は電気を点ける必要はないから電気は消して出ているはずだ。その異変に気が付いた時、部屋の奥から足音が聞こえてきた。この部屋にはオレ以外の誰かがいる、そう確信して背筋が冷えた。
…けど、そのヒヤッとした感覚は一瞬で。聞こえてくる足音が誰の物なのかはすぐにわかった。


「おかえりなさい、純太!」


部屋の奥からパタパタと足音を立てながら姿を現したのは、恋しくて仕方なかった一花だった。彼女はにっこりと笑ってオレの元へ駆け寄って来てくれる。
何でいるのかとか、聞きたい事も言いたい事もあるけど…反射的に両腕を広げて、そこに飛び込んで来た一花をぎゅっと抱き締めた。
この小さな体を抱き締めるのは一体いつ振りだろうか。もうずっと前の事のように感じるけど、全部覚えている。サラサラの髪の感触も、ふわっと鼻を掠める甘いにおいも、この温もりも…何も変わっていない。オレは夢でも見ているんだろうかと、腕の中の一花の存在を確かめるように頭に顔を寄せてみると「ふふっ」と小さく笑う声が聞こえて、オレとの距離を詰めるように一花の腕が首に回された。


「ったく…来るなら連絡しろよなー」
「えへへ…びっくりした?」
「したした。帰ったら電話しようと思ってたんだぜ?まさか家に本人いるなんて思わないだろ」
「へへへ、サプラーイズ!ってね」


いたずらっ子みたいな笑顔を浮かべる一花を見て思わず顔が綻ぶ。突然のサプライズに驚いたけど、今こうして一花が側にいてくれることがたまらなく嬉しい。さっきまでヘトヘトだったのに、こうして一花といるだけでそんな事なかったかのように思える。やっぱり一花の太陽みたいな明るい笑顔と陽だまりの中にいるみたいな暖かさは何よりの癒しだ。


「…本当はね、日にちが変わったらすぐに電話しようと思ったんだ。でも、やっぱり去年みたいに直接お祝いが言いたくて…」
「それでこっちまで来てくれたのか」


急にオレの家に来る事を決めたのか。それで今まで連絡がなかったんだな…ここまで来るのだって決して安くないのに、ただオレに直接おめでとうと伝えたくて来てくれるなんて……それだけオレは一花に愛してもらっているんだと思うのは、自意識過剰なんかじゃないよな。


「けど…その、ここまでの移動賃とケーキ買ったらお金無くなっちゃって…プレゼント用意してなくて…ごめんね」
「ははっ、んなのいいって!つーか会いに来てくれたことが最高のプレゼントだよ」
「ううー…純太大好き…!」
「うん、オレも一花大好き」


首に回された腕に力が込められて、胸に一花の額がぐりぐりと擦り寄ってくる。この甘え方が堪らなく可愛いんだよなぁ、と心臓をきゅっと掴まれたような感覚を感じながらオレも一花を抱き締める腕に少しだけ力を込めた。

会いたくて堪らなかった時に会いに来てくれた事が、どんなプレゼントよりも何よりも嬉しいんだ。ボロボロのヘトヘトになったオレにいつも寄り添ってくれていた一花が、離れてしまった今もこうしてここにいてくれる事が何よりのプレゼント。


「……一花、一個だけわがまま言っていい?」
「なに?なんでも言って?」
「…甘やかしてくんね?」


こんなカッコ悪いこと言えるのも一花だからだ。一花はどんなオレも受け入れてくれて、情けないところを見せたって寄り添ってくれるから。それにきっと、一花もオレが甘やかして欲しがっている事に気が付いている。
そのつもりで来たと言うように、優しく笑って頷いているのがその証拠だ。


「純太」


ぎゅっとくっついていた体が少しだけ離れて、一花の眩しいくらいの満面の笑顔が視界に映る。やっぱりこの眩しい笑顔はオレの心を明るく照らしてくれる、太陽みたいだ。


「お誕生日、おめでとう」




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