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なんだかとっても幸せな夢を見ていたみたい。部活中幹ちゃんと届いた備品の段ボールを運んでいる最中に情けない事に倒れてしまって、保健室で寝ていた私の所に手嶋さんが来てくれて、私を抱き締めて好きだって言ってくれるすごく幸せな夢。

…夢にしては、なんだかリアルだったな。

私を抱き締めてくれていた時の体温も、優しく私を腕の中に閉じ込めてくれていた時の感触も、においも、伝わってくるドキドキした鼓動も全部現実であった事みたいに覚えている。

……もしかしてあれは、全部現実だったんじゃないのかな…?

と、寝起きのぼんやりした頭で思う。


学校までお母さんが迎えに来てくれて、当然のごとくそのまま嫌いな病院へ連行された。診断結果はやっぱり風邪じゃなくていつもの疲れた時に出る疲労熱。明日一日ゆっくり休んでいればきっと大丈夫だとお医者さんに言われた。
そして病院から帰ってきてすぐ制服からパジャマに着替えて、今まで正に死んだように部屋のベッドで寝ていた。
帰ってきた時はまだうっすらと明るかった部屋は、すっかり真っ暗になっていた。一体どれくらい寝てたんだろう…と枕元のスマホの画面をつつくと当然ながら画面の強い光に目が眩む。なんとか目を細めながら時間を確認すると二十一時を過ぎていた。もう夜中だとばかり思っていたから、まだこんな時間か…と思った私の目に飛び込んできたのはLIMEの通知。一体誰からだろう、もしかして幹ちゃんからかな……荷物の事謝らなくちゃと思ってその通知からトーク画面を開くと、そのトーク相手は手嶋さんだった。


「…ぅえ!?」


思わず可愛くない声を上げながら、スマホを握り締めて彼からのメッセージを読む。手嶋さんとのトーク画面が動くのは文化祭の時の私から送った「今どこですか?」というメッセージ以来だ。


『よ!LIME送んの久々だなー(笑)』
『具合は平気?青八木からは大丈夫だって聞いたけど、やっぱ心配でさ』
『あとごめんな、熱があったのに急にあんな話しちまって…』
『けど、ちゃんと気持ち伝えられて良かったって思ってるし…今思い返しても幸せだわ』


や、やっぱりあれは夢じゃない…!!

って事はやっぱり私は本当に手嶋さんに抱き締められていたし、好きって…いや、大好きって本当に言ってもらえてたんだ。


「ううぅぅ……!!」


ああ、もうどうしよう。せっかく寝ていたおかげで下がったかなと思っていた熱がまた上がっている気がするし、心臓はバクバクだしまた可愛くない声が出ちゃった。こんな声、絶対手嶋さんには聞かせたくない。

けど……すっごく幸せ。まだちょっと夢なんじゃないかなって思っているけど、夢であってほしくない。そう思いながら、震える指先で返事を打ち込む。


『さっきまで寝てたおかげで大分良くなりました。明日一日休んでいれば大丈夫そうです。なのですみません、明日は部活お休みさせて下さい』
『なんだかまだ夢みたいです。ずっと好きだった手嶋さんに、好きって言ってもらえた事…』


送った直後にすぐ既読のマークが付く。手嶋さんはいつも私のメッセージを見てくれるのが早い。誰に対してもきっとそうなんだろうけど…もしも私が手嶋さんからの返事がいつも待ち遠しいように、手嶋さんも私からの返事を待ってくれているなら嬉しいな。


『よかった!休みの件もりょーかい。明日会えないのは残念だけど、ゆっくり休んでくれ』
『オイオイ、夢にしないでくれよ(笑)オレ一花ちゃんが彼女になってくれてスゲー嬉しいのに』


「か、かか……彼女…!」


スマホを持つ手がガタガタと震えるし顔もすっごく熱い。
「彼女」という単語がひたすら頭の中でぐるぐると回って頭からボンッと煙でも出そうだ。そうだよね、お互い好きって伝え合ったし、私…手嶋さんの彼女でいいんだよね……!?
ずっと好きだった手嶋さんの彼女になれて嬉しいのは当たり前なんだけど、照れ臭かったり恥ずかしかったり…いろんな気持ちが頭の中で渦巻いて、とうとうキャパオーバーした私は自分でも大丈夫かと思うような大きな呻き声を上げてしまって、それを聞きつけたお兄ちゃんに心配されて、そして怒られた。







一日学校を休んでゆっくり寝たおかげで体調はすっかり回復した。というか、以前よりなんだか体が軽く感じる。それは間違いなく手嶋さんとの関係が変わったからだと思う。
彼女になれた事がすっごく嬉しいし、それから、これからも手嶋さんの事を応援していていいって、見ていてほしいって言って貰えたから。これからも大好きな彼の頑張る姿を見れることが本当に嬉しくて、そんな彼の事をこれからもっとサポートしていきたいなって思う。

もちろん、手嶋さんの応援だけじゃなくてお兄ちゃんの応援ももちろん、これからの総北を支えるためにマネージャーの仕事も今まで以上に頑張るつもりでいる。
これは手嶋さんへの気持ちとは何も関係ない。私が一歩踏み出す為のきっかけになってくれたチーム二人が、この総北自転車競技部が好きだから。
それから……自転車が好きだから。

まぁ……ほんの、ほんの少しだけ手嶋さんの応援に力が入っちゃうかもしれないけど…。




お休み明け最初で、手嶋さんと恋人同士になったから初めて顔を合わせた部活。
何か変わるのかな…とドキドキしながら部室に来たけれど、手嶋さんの態度は文化祭以降のよそよそしい距離感が無くなった位であまり変わらなかった。つまり、ただ元に戻っただけだった。そりゃあ部活中にそんな甘ったるい空気になれないっていうか、なっちゃダメっていうのは私もわかっているから逆に安心した。

でも…こっそりと「また居残り練習頼める?」と聞いてきた手嶋さんの顔は、走った直後でもなかったのに少し赤かったような気がする。

そうして迎えた部活終わり。
最近まではもう学校を後にしていた時間だけど、今日からはまた私は手嶋さんとお兄ちゃんと一緒に部室に居残る。二人と居残り練習をするのはなんだか、一年振りとかそのくらい久々のように感じた。実際そんなに経っていないのに。

田所さんと走っていた湾岸クリテリウム以来、お兄ちゃんはどんどんタイムを伸ばしている。前に言っていた必殺技の開発も少しずつ進んでいるみたい。
けど、一つ気になる事が。最近お兄ちゃんが走っている時に何か変な呪文のような…というより歌……?それが微かに聞こえてくるのが気になる。家にいる時もたまに聞こえるから、あれがお兄ちゃんから発せられているのは間違い無いのだろうけど怖くて聞けずにいる。

それと、最近まで調子の悪かった手嶋さんは、今日はかなり調子がよさそうだった。今日のメニューだった峰ヶ山アタックでもタイムを更新して、居残り練習では裏門坂のタイムを少し縮めたり。あと、以前よりも体力がついてきているみたいで一日に走れる本数も増えている。ここまでどれだけの努力をしてきたんだろう…と考えるとただただすごい、っていう気持ちが胸に込み上げてくる。


「病み上がりなのにごめんな、居残りの手伝いさせちまって」
「いえ!私もまた二人のお手伝い出来て嬉しいです」


練習を終えて、更衣室で運動着から制服に着替えて部室に戻るとそこにいたのは制服に着替え終えた手嶋さんだけで、お兄ちゃんの姿はなかった。手嶋さん曰く、すぐに着替えてさっさと帰ってしまったらしい。前は私が部室に戻ってくるまでは待っていたのに。前からなんだか気を遣われているな、と思っていたけど…今日はなんだか顕著というか。もしかして手嶋さんの関係を知ってるのか……お兄ちゃんに知ってるの?と聞くのもなんだか恥ずかしいから、今は気にしないでおこう。


「やっぱ一花ちゃんが応援してくれてると調子がいいわ」
「えへへ…役に立ててるなら光栄です」


ほんの数日前までは、手嶋さんに迷惑をかけてしまってばかりだと思って、自己嫌悪ばかりしていたけど今はまたこの時間まで練習に付き合わせてもらえた事がすごく嬉しい。でもそれだけじゃなくて…今は正直、すっごくドキドキしてる。
手嶋さんと初めて恋人同士になって初めての二人きりの時間だし……何かを期待しているわけじゃないけど、意識してしまうのは仕方ない事だと思う。


「バスの時間…まだ少しあるよな?外さみぃし、ここで待ってようぜ」
「は、はい…そうですね…!」


私はこんなに意識してしまって、心臓がドキドキしっぱなしなのに手嶋さんはいつも通りでなんだかずるいなぁと思ってしまう。
そんな私の気持ちを知ってから知らずか、手嶋さんは日誌を書く時に座っている横長のソファに座ろうと促してくる。
促されるまま何も考えずに座ったけど、当然隣同士横並びになるわけで…余計に意識してしまって、今度は何もしていないのに顔に熱が集まってくる。
手嶋さんはきっと余裕なんだろうな…と思っていると、突然肩が何かに引き寄せられた。
何事かと思って顔を上げると、思っていたよりもずっと近くにある手嶋さんの顔。それからぴたりとくっついた肩と肩。どうやら私は彼に肩を抱き寄せられたみたいだ。


「て、手嶋さ……」


当然かぁっと温度を上げる私の顔。心臓だってもう飛び出るんじゃないかってくらいにドクドクとうるさいし、このまま爆発してしまいそう…!


「ははは、一花ちゃん顔真っ赤」
「だ、だって…手嶋さんが急に…!」


私はもう全然余裕ないのに、面白そうに笑っている手嶋さんはやっぱりずるい。でも、くっついた肩から微かに感じるもう一つドキドキした鼓動。これは確実に私のものじゃないし、よく見たら手嶋さんの顔も赤いように見える。


「……恋人らしい事できないって言ったけどさ」
「…はい」
「練習終わって、バス待ってるこの時間くらいは、許されるよな?」


バスを待っている間のこの時間は手嶋さんは私と恋人として過ごしてくれる…恋人として過ごしたい…そういう事でいいんだよね。
さっき時計を見たら次のバスが来るまで、十五分程だった。その時間だけでも彼を独り占めしていいなら、充分すぎるくらいだ。
「はい」と頷くと肩に置かれていた手嶋さんの手が頭に移動して、ぽんぽんと優しく私の頭を撫でてくれる。
やっぱり手嶋さんの手は心地良い。細くてそんなに大きくはないかもしれないけど、優しくてあったかい手。やっぱり大好きだなぁ、そう思いながら彼の肩に頭を預けた。


「…ねえ、手嶋さん」
「んー?」
「手嶋さん、言ってましたよね。"私の事を一番に考える事ができない"…って」
「ああ……言ったな」


手嶋さんの返事は心なしか少し申し訳なさそうだった。

彼の立場を考えれば部活と自転車優先で私との時間を優先できないなんて、そんなのは当たり前のこと。だから、そのことで私に申し訳ないなんて思って欲しくない…そう思っていた。
手嶋さんが告白してくれた時、それを一緒に伝えられたらよかったのだけど…あの時はもう熱も出てたし、色々いっぱいいっぱいで。


「手嶋さんならきっとわかっているかもしれませんが…やっぱり、ちゃんと伝えさせて下さい」


頭を撫でてくれていた手嶋さんの手が止まる。私の言葉をちゃんと聞いてくれようとしているんだろう。
きっと私がどう思っているのか、手嶋さんもわかっていたから私に告白して気持ちを伝えてくれたんだと思う。それでも、きちんと私の言葉で伝えたかった。伝えなくちゃいけない気がした。


「私の事を一番になんて、考えないでください」


手嶋さんは驚いた顔もせず、何も言わずに私の話を聞いてくれている。やっぱり私が私を一番にしないで欲しいと思っている事、手嶋さんはわかってくれていたんだ。そんなところもやっぱり堪らなく好きで、胸がきゅうっと締め付けれるみたいになって、つい好きって言葉が出そうになるけど今伝えるべきはこの言葉じゃない。
好きって言葉を飲み込むように深呼吸をして、もう一度口を開く。


「この前も言いましたが、私は手嶋さんの頑張る姿が大好きで、何よりも憧れなんです。だから……手嶋さんは今まで通り、自転車と総北の事を一番に考えていて下さい」


私は手嶋さんの前に進む努力をしている姿が何よりも、誰よりもかっこいいと思っているし、キラキラして見える。自分は弱いと言いながらもそれを理由に立ち止まることも、後ろを向くこともしない、どんなに地道な一歩でも前に進む……そんな強くてかっこいい彼の事が、私は世界で一番大好きなんだから。

そんな彼が何よりかっこいいと思ったのと同時に、私も手嶋さんみたいに前に進みたいと思った。手嶋さんみたいに、今の自分にできる事を頑張りたい……もう選手として走る事は出来ないけれど、その今だからこそ出来る事がある。そう思わせてくれて、私の景色を変えてくれた彼の事を少しでも支えられるのなら、これ以上ないくらいの幸せだ。


「…ありがとな、一花ちゃん」


短い言葉だったけど、同時に抱きしめられた。しかも優しい手嶋さんからはあんまり想像できないようなちょっとだけ強い力で。少しだけ苦しいけど、言葉以外で「好き」って伝えてくれているみたいで嬉しい。私も同じように言葉以外でも「好き」を伝えたくて、手嶋さんの胸におでこをすりすりと擦り付けて、両腕を背中に回した。


「もう一つだけ、わがままを言ってもいいですか?」
「ん?なに?」
「…私が前に進む姿を、手嶋さんにも見ていてほしいんです」


きっともうすぐその一歩目を、あなたに見せる事が出来るはずだから。



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