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『さっきは遊びに来てくれてありがとな!スコーン気に入ってくれたみたいで良かったよ』
『さっきオレの方で撮った写真も送っとくな。青八木見切れてる(笑)』


部屋のベッドに横になりながら、スマホの画面に映し出された手嶋さんとのLIMEの画面を見て思わずため息をついた。この日からまだそんなに経っていないのに、こうして手嶋さんと普通にやり取りをしていたのがかなり前の事みたいだ。

文化祭一日目、手嶋さんとお兄ちゃんの模擬店に遊びに行った後で来た手嶋さんからのメッセージ。それと、模擬店内で撮ってもらったギャルソン姿の手嶋さんとのツーショット写真。画面の中の私は緊張と恥ずかしさでひどい顔だし、ポーズだってガチガチで全く格好ついてない。その反面、手嶋さんはいつものように笑っているしギャルソン姿も相まってすごくかっこよくて改めて好きだって思い知る。それと同時に、ズキリと痛む胸の奥。

幹ちゃんと綾ちゃんに乗せられて手嶋さんとこの写真を撮る事になって、でも二人だけでなんて恥ずかしすぎるから、せめてお兄ちゃんも一緒に…って思ったのにお兄ちゃんは端っこに行って頑なに写真に入ってくれなくて。結局体の半分写ってしまっているけど。

この時の自分がすごく羨ましい。もしも時間が戻せるなら「何があっても手嶋さんへの気持ちを口にしちゃダメ」と伝えたい。

文化祭の時の事といえば…お兄ちゃんは私に付き纏っていたあの人と手嶋さんとのやり取りをずっと動画で撮っていた。私が来る前、手嶋さんはあの人に何を言っていたんだろう。私があの場に走って向かっている時…手嶋さんが殴られてしまう前、何かを言っていたのは聞こえたけど内容まではわからなかった。
お兄ちゃんが持ってるあの動画を見れば、きっと二人が何を言い合っていたのか分かるんだろう。あの時何があったのか知りたい。でもその気持ちと同じくらい、見るのが怖い。
せめて動画じゃなくて、あの時の事を一部始終見ていたはずのお兄ちゃんに何があったのかだけ聞いてみようか……そんな事を考えていた矢先、タイミングよくドアがノックされて「一花」と私を呼ぶお兄ちゃんの声が聞こえた。


「どうしたの、お兄ちゃん」


ベッドから起き上がってドアを開けると、首からタオルを提げて部屋着姿のお兄ちゃんがいた。髪の毛先が少し濡れてるしお風呂上がりだって事はすぐわかった。お風呂空いたと知らせに来てくれたみたいだけど、今日はもうとっくに入ってしまった。


「風呂、もう入ったのか」
「うん。お兄ちゃんより先に」
「そうか」


お兄ちゃんはそれだけ言って部屋の前から去ろうとする。それを「ねえ!」と呼び止めたのはほとんど咄嗟のことだった。


「あ…えっと……今少し、いいかな…?」


頷いてくれたお兄ちゃんを部屋に入れて、ベッドに並んで腰掛ける。
やっぱり少し怖いけど、あの日の事をお兄ちゃんに聞かなくちゃならないと思った。それに最近手嶋さんの記録が芳しくないのも気になる。部活中はしっかりとキャプテンとして毅然としているけど、その後の居残り練習での様子とかも聞きたい。


「えっと…その」


お兄ちゃんを部屋に呼んだはいいけど、肝心の事はやっぱりすこし怖くて言い出す事が出来ない。「えっと」とか「うーんと」とか口籠もっていると、お兄ちゃんの小さく息を吐く声が聞こえた。


「ここ数日、純太の記録が落ちてる」


お兄ちゃんは私の言いたい事を何となく察してくれたのか、珍しくお兄ちゃんの方から話を切り出してくれた。

動画の事よりも実はこっちを聞くことの方が怖かった。その原因はきっと私だから……そうだったら、私はどう手嶋さんに責任を取らなくちゃいけないのだろうと考えてしまう。彼が調子を取り戻す為だったらなんだってしたいと思うけど、却ってそれすらも迷惑になってしまうんじゃないのかと…。


「…知ってる……記録、見てるから…」
「部活後の自主練は更に伸び悩んでいるみたいだ」
「うん……それも、記録は見てる」


部活中はキャプテンだからという責任感からか、それとも疲労度の違いか、居残り練習ほどタイムは落ちていないのも知ってる。
こうなってしまうのが怖くて、来年の夏が終わるまでこの気持ちはしまっておかなくちゃって思っていたのに。
でもいつしか心のどこかで思っていた。手嶋さんも私の事を好きって言ってくれるかもしれないって事……それと、もし私が告白をしても、手嶋さんならきっとそんな事で調子を狂わせたりなんかしないだろうって。だからこそ私はあの時、告白をしようとしてしまった。


「体調悪いとか……その…悩んでること、とか…言ってなかった…?」


膝の上に置いた手を思わずぎゅっと握った。
私が遠目で見ている限り体調が悪いって言うことは無さそうだけど、もしかしたら手嶋さんは不調の原因になり得そうな心当たりをお兄ちゃんには話しているかもしれない。
もし私との事で悩んでいて、練習にも響いてしまっているのならそこから出来る事が見つかるかもしれない。
それがもう手嶋さんと前のように話せなくなる事でも、それどころか今よりももっと距離を置かなきゃいけないとかだとしても、チーム二人の走りも手嶋さんの走りも見れなくなるよりは…多分ずっといい。


「それは何も聞いてないが……でも、心当たりはある」
「……その、心当たりって…?」


バクバクと心臓が鼓動を早めている。本当は聞くのがすごく怖い。お兄ちゃんは手嶋さんの事を一番近くで見ている人だから、お兄ちゃんの予想だったとしてもそれはきっと限りなく正解に近い。
自分でもそうだと思っているけど、“お前が原因だ”って、そうお兄ちゃんの口から言われてしまったら……また当分立ち直れなくなってしまう気がする。


「………」


さっきまで私の質問に答えてくれていたお兄ちゃんは、じっと私を見たまま黙ってしまった。多分今頭の中で色々考えているんだろう。手嶋さんの域にはまだまだ遠いけど、最近は私もお兄ちゃんが黙っている間何を考えてるかとか、思ってる事がなんとなくわかるようになってきた。
でもそれってきっと、私じゃなくてお兄ちゃんが変わってきたからだと思う。最近のお兄ちゃんは大分表情が動くようになったし、喋るようにもなった。あとそう、前向きになったというか、なんだか明るくなったし……なんかかっこよくなったなあって思う。これは絶対手嶋さんのおかげだ。
私だけじゃなくてお兄ちゃんまでこんなに変えてしまうんだから、やっぱり手嶋さんってすごい人だ。

それなのに私は彼に何も出来ないどころか……迷惑をかけてしまっている。


「……言わない」
「え…!?」


ざっと三十秒くらい待たせておいてそれ!?と思わず声を上げそうになった。
それから「何で!?」と聞いてもお兄ちゃんは口を噤んだまま教えてくれなかった。あーもう頑固で無口ってタチが悪い!…けど、私の事を気遣ってくれて言わないでいてくれるなら、今はその気遣いに甘えたい。


「…一花」
「な、なに…?」
「お前のサポートには、助けられている。それは純太も同じだ」


真剣な顔で言ってくれるお兄ちゃんの言葉には何も嘘はないんだろう…っていうか、お兄ちゃんは嘘つかないし。いつもだったら「そうかな」なんて言って、照れ臭くて笑ってしまうけど…今は信じられないというか……この言葉を受け入れる事が出来ない。


「そんな事ないよ……助けられていたのは、私の方だよ」


少しだけ泣きたい気持ちを堪えて、なんとか笑いながらお兄ちゃんにそう返す。
今は失恋したショックとか、後悔とか罪悪感でいっぱいだけど手嶋さんとお兄ちゃんの走りを見たから今の私がある。もちろんお兄ちゃんにも感謝しているけど、手嶋さんには感謝しきれないくらい助けてもらった。それに比べたら私のサポートなんて、全然大したものじゃない。


「……バカ」


一人で少し悲しくなっているとお兄ちゃんがぽつりとつぶやいた。しかも呆れたような表情付き。頭が悪いのは自覚しているけど、今そんな事言われるのは納得いかなくてムッとお兄ちゃんを睨んでいると、お兄ちゃんは今度はため息を吐いた。全く意味がわからない。今お兄ちゃんが何を考えているのか私には全然分からないけど…手嶋さんだったらわかっちゃうんだろうな。


「話があったんじゃないのか」
「あ……うん」


お兄ちゃんが切り出してくれたお陰で手嶋さんの様子については少しだけわかった。肝心の原因は分からなかったけど……きっと私が原因であることは確かだと思う。


「…文化祭の時…手嶋さんとあの人、何話してたのかなって…」


「動画撮ってたんだよね?」と訊けばお兄ちゃんはこくりと頷く。


「見せてくれない、かな…?」


恐る恐る訊いてみると、お兄ちゃんは少し黙り込んでしまった。多分何かを考えているんだろう。


「ダメだ」


考え込んでいた割に返事はキッパリとしていた。これは何を言ってもきっとダメだろう。なんだか腑に落ちない、私を守る為に撮っていたはずの動画なのに私には見せてもらえないだなんて。


「あれは、本人から聞くべきだ」
「え…?なに、それ…」


なに、どういうこと?と何度も訊いてみるけど、お兄ちゃんは黙りこくって話してくれなかった。手嶋さんは一体何を言ってたのか知るのは怖いけど、こうも頑なに教えて貰えないと逆にもっと気になってしまう。

…そういえばお兄ちゃんはあの時の事を、ずっと物影に隠れて撮ってたんだっけ……って事は、私の恥ずかしい告白シーンもバッチリ録画されてしまってるって事で……それに気が付いてしまった途端、顔が一気に熱くなって思わず両手で顔を覆った。


「ねぇお兄ちゃん…あの動画、最後の方消してくれないかな…?」
「編集したら証拠にならないかもしれないだろ」


だめだ、とまたキッパリと言われてしまった。

お兄ちゃんの言う事はもっともだ。これから先同じような目に遭わないよう願っているけど、もしまたあの人が何かしてきたらあの動画が盾になる。あれはずっと残しておかなくちゃいけない……そうはわかっているけど、やっぱりあの部分だけ消してほしくてたまらない。
恥ずかしいのももちろんだけど、あの後フラれてしまうんだって事を思い出したくない。

一人で項垂れていると、ポン、と後頭部に衝撃と軽い痛みを感じた。一体何だとその正体を辿ると困ったように笑うお兄ちゃんの手が頭に乗せられていた。


「…純太もお前も、バカだ」


どうしてお兄ちゃんはそんな事を言うのか、意味が分からなくて顔を顰める事しか出来なかった。



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