おやすみ、大好きな人
いつもなら部活が終わると手嶋さんと喋りながら帰りの支度をしているお兄ちゃんは、今日は珍しくパパッと支度を済ませて誰よりも早く部室を出て行った。
その理由は今日はお兄ちゃんがずっと楽しみにしていたゲームの発売日で、予約した駅前のゲーム屋さんに直行する為。今日一日お兄ちゃんはわかりやすいくらいにソワソワしてて思わず手嶋さんと一緒に笑ってしまった。「観たいアニメがある時の小野田にちょっと似てるな」なんてコソコソと内緒話ができて嬉しかったなあなんて。

そして私よりも少し後に帰ってきたお兄ちゃんは早々に夕飯を食べ終えてお風呂も済ませた後はゲームのコントローラーを持ってテレビの前に鎮座している。相当このゲーム楽しみにしていたんだなあ。
私もゲームは好きな方だけど、お兄ちゃんとはちょっと好みがずれていてお兄ちゃんがプレイしている物はあんまり興味がなかったりする事もある。正に今日お兄ちゃんが買ってきたものがそれだ。


「……こわくないの?」
「……」


私の問いかけにお兄ちゃんは答えなかった。余程熱中しているみたいだ。
今お兄ちゃんがプレイしているゲームは、シリーズ物のホラーゲームでこれの発売をずっと楽しみにして今日まで情報をずっと追っていた。
私はホラーゲームはあんまり得意じゃないのでそんなに興味はないけど、やっと発売日を迎えたゲームをプレイするワクワク感はよくわかる。テレビに映るゲーム画面はただただ「怖い!」しか感想が出てこないけど、不思議と人がやっていると見たくなってしまう物。熱中するお兄ちゃんの後ろに座り込んで、お兄ちゃんの体でテレビを半分隠すようにしてゲーム画面を見つめた。





少しだけお兄ちゃんがプレイしてるのを見てから部屋に戻ろうと思っていたのに、結局ゆうに1時間はお兄ちゃんの後ろで画面を見てしまっている。その間ビックリするようなシーンもあったし、思わず目を瞑ってしまうような怖いところもあったのに。その度にお兄ちゃんは私をじとっとした目で見てきたけど「鬱陶しい」とか「部屋に帰れ」と言うことはなかった。そう言う所は優しいよなぁ。


「その扉開けたら絶対ワッ!って出てくるよ」
「……」
「あ!ほらほら!なんか音してるよ!!」
「……わかってる」


絶対に何か出る!と思って思わずお兄ちゃんの背中にしがみついて顔を伏せたけど、なかなか扉を開ける効果音が聞こえてこない。もしかしてお兄ちゃんも少し怖がってる…?そう思って少しだけ顔を上げると、まるでこのタイミングを見計らったかのようにお兄ちゃんの操作する主人公が扉を開けた。そして思った通り、ワッと飛び出してくる描写のエグい怪物。


「わーー!!ほら!!だから言った!」


びっくりした拍子に思わずお兄ちゃんの服の首元を引っ張ってしまって、今度こそ「おい」と睨まれてしまったけど怖いんだから仕方ないじゃん!!だってこれは怖すぎる!グラフィックが綺麗な分エグいしグロテスクだし!


「…そんなに怖いなら部屋に行けばいいだろ」


とうとう呆れたような顔でため息混じりに言われてしまった。けどここまで見てしまったら戻るだなんて絶対に無理だ。ゲームの内容が気になるのもあるけど、それよりも何より……


「一人で部屋に戻るのこわいよ!!」
「……」


あー、このじとっとした睨むような顔は手嶋さんじゃなくても何が言いたいのかわかる。これは絶対「めんどくさい」って思われてる。でも仕方ないじゃん、怖い物は怖い。階段を登って二階に着いた瞬間に陰からなにか飛び出して来るんじゃないかって思っちゃうし、部屋に入ったら何かが潜んでるんじゃないかとか…!
一人で戻れないならお兄ちゃんの側で丸まってるワンコを抱えていきたい所だけど、一番懐いてるお兄ちゃんがここにいる限りきっと嫌がるだろう。私だっておやつあげたりして可愛がってるのに全くひどいなぁ。
まあでも、怖いけどゲームの展開が気になるしこのままお兄ちゃんが止めるまでここで見て、お兄ちゃんと一緒に部屋に戻ればいいか。
なんて考えていたらお兄ちゃんのスマホがヴーっと音を立てて震えて、思わず肩がびくっと跳ねた。驚いて変な声を上げた私を無視したお兄ちゃんはゲームをポーズ画面にしてスマホを耳に当てた。どうやら誰かからの着信みたいだ。その誰かっていうのはきっと、


「…純太か」


お兄ちゃんに電話をかける相手は私達家族か、相棒の手嶋さんしか考えられない。お兄ちゃんの口から彼の名前が出た途端、今まで感じていたドキドキとはあきらかに違うドキドキを感じる。お兄ちゃんの電話口から微かに手嶋さんの声が聞こえるけど、会話の内容はわからない。多分、練習メニューの相談かな。


「ああ。それでいいと思う」


ちょっとだけでも手嶋さんと話せたりしないかなあ、なんて期待していたけどもう終わってしまったようだ。こんなにすんなり相談事が決まるのは二人の仲がいいって事なんだろうな、なんだか羨ましい。


「すまん、まだ少しだけ時間いいか?」


羨ましいなあなんて思ってたら、お兄ちゃんの視線がちらっと私に向いた。え、何、まさか私が後ろでうるさい話でもする気なんだろうか。ちょっとやめて欲しいな手嶋さんなら笑ってくれそうだけど恥ずかしいよ…!


「…悪いが、少し付き合ってやってくれ」


電話の向こうの手嶋さんに告げてから、お兄ちゃんは何も言わずに私にスマホを渡してきた。え、なに、どう言う事なの?と私の頭はぐるぐると混乱しているのに、そんな私を無視してお兄ちゃんはまたゲームを再開した。どうしようと困惑して渡されたスマホの画面を見つめると通話画面に表示されている手嶋さんの名前と1秒ずつ刻まれる通話時間と、うるさくなる私の鼓動。


『えーっと…もしかして一花ちゃん…?』
「うぇ!?…は、はい!」


突然電話口から手嶋さんに呼ばれて、咄嗟に間抜けな声を上げながら受話器を耳に当てる。当然もうお兄ちゃんのやってるホラゲどころなんかじゃない。


『ははは、わり、驚かせちゃったな。青八木と一緒に何かしてた?』
「い、いえ!そんな事無いです!一緒にっていうか、お兄ちゃんがやってるゲームを見てました」
『あー、今日発売日だって言ってたやつか。ホラゲなんだっけ?』
「そうなんです!しかも結構怖くて!」


つい声を上げてしまったところで、お兄ちゃんが横目でこっちを見てきて小さな声で「上に行け」と言ってきた。手嶋さんに言ってた「付き合ってやってくれ」ってつまり、「妹がびびって一人で部屋に戻れないっていうから付き合ってやってくれ」って事か……。それって手嶋さんに私の面倒を押し付けただけでしょ!と言いたい所だけど、私にとってこの上なくありがたい。お兄ちゃんが付いてきてくれるよりも、電話口だとしても、誰よりもずっとずっと心強い。ありがとうお兄ちゃん!と心の中で言って、二階にある自分の部屋に向かうために廊下へ出る。


『あー、もしかしてそれで一人で部屋に戻るの怖くなった…とか?』
「え!何でわかったんですか…!?」
『お、当たった?なんとなくそうなんじゃないかって思っただけだよ』


やっぱり手嶋さんはすごい。ホラゲが怖かったとしか伝えてないのに、ぴたりと当ててしまうなんて。わかってもらえて嬉しいなと思うと同時に、手嶋さんには隠し事ができないなとも思ってしまう。
手嶋さんと話しながら、薄暗い階段を登る。一人だったらきっとビクビクしていたけど今は手嶋さんが着いていてくれるから全然平気。彼と話してるって事にも、電話口から聞こえる声にもドキドキしてはいるけど…。


『しかし一花ちゃん、怖いのとかダメなんだな』
「ホラー映画とかならまだ少しは平気なんですけど、なぜかゲームは苦手で…」


ホラー映画ならまだ多少は大丈夫なのに、どうしてゲームが苦手なのか。多分視点だろうな。実際に自分の視点で歩いたりしているようなあれが多分怖いんだと思う。あと映像が綺麗すぎるのも原因。


「お兄ちゃん何であれ真顔で出来るのかほんと不思議ですよ。怖いって感情無くしたんじゃないかと…」
『ははは、真顔でやってたのかアイツ。でもしっかりビビってたぞ?さっき話した時声が少し震えてた』
「え!そうなんですか!?全然わかんなかったです…!」


やっぱり手嶋さんすごすぎる。声が震えてたなんて私には全然わからなかったし、ゲームの怪物と対峙した時だってすごーく冷静に弱点を攻撃していた。多分きっと、私は手嶋さん以上にお兄ちゃんを理解できる事は一生ないだろう。ちょっぴり悔しいけど、お兄ちゃんの事をここまで理解してくれる人が家族以外でできた事は嬉しいな。

薄暗い廊下を進んで、自分の部屋のドアを開けて電気を点ける。当然の事だけど、部屋の中には何も潜んでなくてホッとした。


『部屋帰れた?』
「はい!手嶋さんと話していたおかげです」


笑いながら「ありがとうございます」と伝えると少しだけ間を置いてから「お役に立てて良かったよ」と返ってくる。
無事に部屋に帰れたし……ここで電話を切るべきタイミングなんだろう。だけどすごく寂しい。だってせっかく電話しているのに、まだ全然お話できてない。もっと話したいな…って思うのはわがままかな…。
なんてしょんぼりとしていたら、電話口から聞こえる『あのさ』という声。


『オレそろそろ寝たいのに全然眠気来なくてさ、一花ちゃんさえよければ…もう少し電話付き合ってくんねーかなー、なんて』
「…!はいっ!もちろんです!」


手嶋さんの方からこんな事言ってくれるなんて嬉しすぎて思わず涙が出そう。もしかしたらもう少し話していたいって気持ちが伝わってしまって、気を遣ってくれたのかもしれないけど…。でもちょっとだけ、そうじゃないかもって舞い上がってもいいよね。


『よかった!ありがとな、一花ちゃん。でも眠くなったらいつでも切っていいからな』
「いえ、私も怖くて寝れるか不安だったので…。手嶋さんもいつでも切ってくださいね」
『じゃあ、お互いに眠くなるまで…だな。そういや今日練習中にさー…』


それからベッドに横になりながら、どれくらいの時間かはもうわからないけど色々な事を話した。
練習中、小野田くんが芸術的な転び方をした話、今泉くんと鳴子くんのしょうもないケンカの内容、授業中に起きた面白い話とか、田所さんがかっこよかったっていう話。それから手嶋さんがいいカフェ見つけたから今度行こうって言ってくれたり……。
なんだか、ちょっと、ほんの少しだけ……恋人同士が寝る前にする会話ってこんな感じなのかなぁ、なんて思ったりして…なんて、さすがにこれはちょっと浮かれすぎだな。

手嶋さんの声はドキドキするのに心地がよくて、段々と微睡んでくる。そういえば、好きな人の声を聞いていると安心して眠くなったりするのだと何かで読んだ事がある。そうなのだとしたら、手嶋さんの声は私にとってこの上ない子守唄だなあ、本当に子守唄を歌ってもらったらきっと即寝落ちできそう。あ、でもやだな、手嶋さんの歌ずっと聞いていたい。


『…一花ちゃん、眠たい?』
「あ…すみません。ちょっとうとうとしてきました…」
『実はオレもなんだわ。んじゃ…そろそろ寝ようか』
「はい。そうですね…遅くまでありがとうございました、手嶋さん」


電話を切るのは名残惜しいけど、同じタイミングで眠くなったっていうのはなんだか嬉しい。一緒の時間に寝るって、やっぱり恋人同士みたい。なんて事を考えたら眠れなくなってしまいそうだからやめよう。


『オレの方こそ。一花ちゃんのおかげでいい夢見れそうだわ』
「えへへ…私もです。今日はよく寝れそうです。それじゃあ…また明日」
『ああ、また明日。おやすみ、一花ちゃん』
「はいっ。おやすみなさい……手嶋さん」


名残惜しくもスマホを耳から離して通話終了のボタンを押そうとしたところで、少し焦ったように聞こえる『あのさ!』っていう手嶋さんの声。慌ててもう一度スマホを耳に当てて返事をする。


『ワリ、大した事じゃないんだけど……ゆっくり話せて嬉しかったよ』


私にとってその一言は大した事なくなんかない。だって胸がぎゅっとなって、ちょっと苦しいような、でもすごく嬉しくて。


「…私も、手嶋さんと話せて嬉しかったです!」


手嶋さんも同じ事を思っていてくれた事がすごく嬉しくて幸せ。
いつか、こうやって寝る前に電話して、一緒のタイミングで眠りに着く事が当たり前になったら嬉しいな…なーんて、それは夢見がちすぎる。

それじゃあ今度こそおやすみ、そう言い合って今度こそ通話を切った。

お兄ちゃんのホラゲのせいで絶対夢見悪いと思っていたけど、そのおかげでいい夢が見れそう。明日も部活がんばろう!そう思いながら、スマホを抱き締めて目を瞑った。



*****



ゲームも一段落したし、明日に響くからそろそろ寝ようとしたがスマホが手元にない事に気がついた。そういえば純太から電話がかかってきて、一人で部屋に帰れないと騒いでいた一花にそのまま渡した事をゲームに集中していたおかげですっかり忘れていた。
あれから戻ってこないし、あいつの部屋から物音もしないからきっとそのまま寝たんだろう。きっとオレのスマホも一花の部屋のどこかにあるはずだ。
仕方ない…妹とはいえ勝手に部屋に忍び込むのは少し気が引けるが、そっと入って回収しよう。

部屋へ向かおうとするとさっきまでオレの隣で寝ていた犬も眠たそうな顔をしながらのそのそと起き上がる。こういう時は一花の後も着いて行ってやって欲しいと思うが、オレに懐いてくれているのは嬉しい。とりあえずこいつを先に部屋で寝かそうと犬を抱えて二階へ向かう。
もう家族が寝静まった階段はすっかり暗くて、一花の言う通り、あのゲームをやった後だと確かにこれは少し怖いなと思う。階段を上がったら怪物が降ってくるっていう場面、あったしな……。
今抱えているうちのパピヨンは吠えないから番犬の才能はないが、それでも今はこいつがいてくれてよかった。少しだけ安心できる。

階段を登りきって、一先ず自分の部屋に入って犬を寝かし付けてから一花の部屋に向かう。そっと音が出ないようにドアノブを回して、静かに扉を開くと部屋は電気が消えていて暗い。やはりもう寝ているようだ。
静かに部屋に入って、窓から入ってくる微かな光だけを頼りに自分のスマホを探す。だがどこを見渡してもオレのスマホはない。一体こいつはどこにやったんだ…と、やはりベッドで寝ている一花を睨む。さっきまであんなにビビっていたのに、まるで嘘のように幸せそうな寝顔をしている。
…と、その顔の横にオレのスマホらしき四角い物を見つけた。しかも何故か大事そうに抱えて……。


(何でオレのスマホを抱えているんだ…?)


ああ、もしかして純太と話していたからか…?
オレは恋愛事はよくわからないが、一花の事はそれなりに理解しているつもりだ。一花が純太の事を誰よりも慕っているのは間違いないだろうし、それが“好き”という事なら、きっとそうなんだろう。
純太に一花が部屋に行くのを手助けしてやってほしいというつもりでスマホを渡したが、どうやらオレは純太に妹の寝かし付けまでさせてしまったらしい。
けど、純太も一花と同じ感情を持っているのだから、問題ないだろう。


(……早く付き合えばいいのに)


そうは思うが、この二人の性格を考えればなかなかそうはいかない事はわかっている。手助けをしてやりたいが……残念ながらオレにはどう背中を押してやればいいのか今はわからなくてもどかしい。

それよりも今はスマホを回収しなければ、と手を伸ばした。

……が、「ふぁ…?」と間抜けな声を上げながら持ち上がる一花の瞼。しまった、と思った時にはもう遅く、驚いた一花の悲鳴が家中に轟いた。



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