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青八木一花です、と名乗って頭を下げた。
けど…先輩達からの反応が何もなかった。いや、黙ってしまったようだ。私が名乗った直後部室はしんと静まりかえってしまってかなり気不味くてたまらない。


(私何かまずい事言っちゃったかな…!?もしかしてマネージャー経験者しか入部受け付けてなかったとか…!?)


内心ビクビクと焦りながら、私は頭を下げたまま目線をあちこちに泳がせていた。冷や汗も出そうだ。


「あ、青八木…?」
「ショォ……」


先輩達の驚く声が聞こえて、徐に顔を上げると大柄な先輩と緑髪の先輩が目を見開いて驚いた顔をしていた。その隣にいる手嶋さんもすごく驚いた顔をしている。
偶然廊下でぶつかった一年に名乗りもしてないのに名前をよばれて、しかも部の新入部員で、しかも相棒の妹だった…なんて、情報量が多すぎてそりゃあ驚くのも無理はないか……後で手嶋さんに「昼休みは驚かせてすみません」ってちゃんと謝ろう。


「オイ、青八木…って、おめぇ…」


大柄の先輩が動揺を隠さずに私とお兄ちゃんを交互に見てくる。
どうやら先輩達は青八木という苗字に驚いていただけだったのか…よかった、マネージャー経験者しか取ってなかったってわけじゃなかったみたいだ。


「兄の一が、いつもお世話になってます」


言いながらまた軽く頭を下げると、先輩達はさらにどよめいた。
「マジでおまえの妹か!?」と聞かれた殆ど表情の変わらないお兄ちゃんはいつものコクっ、じゃなくてしっかりと「はい」と返事をしていた。…声で返事、できるんじゃん。たまには私にもそうやって返事して欲しい。


「似てねぇッショ……」
「…オレも最初に聞いた時は驚いた」
「あはは、よくそう言われます…」


子供の時からお兄ちゃんと似てないと言われているのは慣れている。
性格はともかく、外見はそんなにかな…?あ、でもお兄ちゃんほど目つきは悪くない。そう考えたらやっぱり似てないのかもしれない。


「とにかく…おまえ達も挨拶を」


そうだったと呆気に取られていた先輩達はもう一度姿勢を正して、私と幹ちゃんに向き直った。

最初に挨拶をしてくれたのは主将の金城さん。
部室に来る前、軽い挨拶はしていたしその前に朝の部活紹介で既に主将である事も名前も知っていた。厳しそうな人だな…と思っていたけれど、実際話してみると思ってたよりも優しそうな人だった。それにしても彼は年齢の割にかなり大人びてるなあ…見た目もだけど、纏っている雰囲気かな、かなり落ち着いている。この人、絶対モテる。

それから大柄な先輩の田所さん。
どうやら田所さんはお兄ちゃんが一番お世話になってる先輩らしい。「手嶋と青八木はオレが育てた」と得意げな彼を見るお兄ちゃんの目は見たことない程にキラキラしていた。それと、その隣に立つ手嶋さんも嬉しそうだった。お兄ちゃん、一緒に走る人だけじゃなくて走りを見てくれる先輩も出来たんだ、と思わず口元が緩みそうになった。

次に緑髪の巻島さん。
彼の挨拶は金城さんと田所さんに比べて大分そっけない感じだったけど、めんどくさがっているというよりも恥ずかしそうな様子だったし、多分…この人は話すのがあまり得意な方じゃないんだろうなと思った。身近に似た人がいるからなんとなくわかる。巻島さんはその人に比べたら大分話してくれる方だ。うん、お兄ちゃんのこと。

その次に、一言小さく名乗って終わりのお兄ちゃん。
高校2年生になっても相変わらず自己紹介が簡素だ。もう少し自分のこと話せば会話のきっかけにもなりそうなのに……。

そして最後──


「2年の手嶋純太だ。マネージャーが入ってきてくれて助かるわ!これからよろしくな」


弾むような声で名乗る手嶋さん。やっぱりレースの時とは印象がかなり違うな…彼は私が思っていたような怖い人ではないのかもしれない。手嶋さんの見せた明るい笑顔に、私は少し安堵した。


「今日2人には練習の流れを把握してもらいたい。本格的に仕事を始めるのは明日からでいい」


金城さんに私と幹ちゃんは返事を揃えた。


「その前に寒咲、少し聞きたいことがある。これが終わったら来てくれ」
「はい、わかりました!」
「それから、青八木」
「「はい!」」


お兄ちゃんとピッタリと返事が揃って、思わず顔を見合わせてしまった。お兄ちゃんと声が揃うなんて何年ぶりだろう。小さい時からお母さんに呼ばれてもお兄ちゃんは動作でしか返事をしなかったから……
それより、金城さんは一体どっちを呼んだんだろう。そう思って彼を見ると、「しまった」と言いたげな表情を浮かべていた。あんまり狼狽えたりしない人なのかなと思っていたから、ちょっと意外で微笑ましくなってしまう。誰にも言えないけど。


「…すまない。マネージャーの青八木だ」
「あ、はい」
「ややこしいな、呼び方。どっち呼んだのかわかんねぇ」
「確かに。毎回マネージャーの青八木、じゃなげぇショ」
「それなら、一花って名前で呼んで下さい」


そうだな、と先輩達も頷いて私とお兄ちゃんの呼び方問題は解決した。
それから仕切り直すように金城さんはもう一度私に視線を向けた。


「一花は先にこれからの流れを聞いてくれ。…手嶋、青八木。頼めるか」


はい、と手嶋さんとお兄ちゃんの声がぴたりと揃う。
よかった、お兄ちゃんが教えてくれるなら少し気が楽。3年の先輩達だったらものすごく緊張しちゃっていたと思う。まあ…ちょっと不安なところはあるけど…口数的な意味で……。
お兄ちゃんは口数が少なすぎて何が言いたいのかわからない事の方が多い。「こうなの?」、「ああいうこと?」と聞けば頷いたり首を横に振ったりするからそれで確認してるけど…正直いちいち聞かなきゃいけないのは煩わしい。それが原因で兄妹喧嘩になることも少なくない。(といっても私が一方的に捲し立ててるのだけど)
でも今回はそれは無いだろう。私だってさすがに部活中に兄妹喧嘩を起こすような短気ではないつもりだし、何より手嶋さんがいるから説明とかは彼がしてくれる事に期待しよう。

それでは各自準備をしてくれ、と金城さんの一言でこの場は解散した。
みんな散り散りになって一旦場の空気が緩んで思わず顔を下げてふぅ、と深くため息をついた。


「初日、緊張するよな」


ハッと顔を上げると手嶋さんが笑っていて、その隣にお兄ちゃんもいる。気の抜けたところをバッチリ見られてしまったみたいだ…慌てて力の抜けた姿勢を戻した。


「わ、あ…えっと、すみません…!これからなのに…」
「いいって。オレも去年初日はガチガチだったよ。そんな簡単じゃねーかもしんねぇけど、そんな気張らなくていいからさ」


な、と笑いかけられたと同時に、ぽんと肩に手嶋さんの手が乗っかった。思わずどきっとしたけど、当の彼は平然としていた。若干戸惑いを感じつつも「は、はい…!」となんとか返事をした。
もしかしたら、手嶋さんにとってはこのちょっとしたボディタッチは普通のことなのかな……と思っていると私の肩から手が離れて、そのままその手はお兄ちゃんの肩へ。…うん、やっぱり手嶋さんにとっては普通のことらしい。だからそんな気にする事ないんだ、うん。

しかし…怖いと思っていた彼は、本当は随分とフレンドリーな先輩のようで少しだけ安心した。



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