「ちょっと…鳴子くん…!?」


背後から焦る三郷の声が聞こえるけど、そんなん今は聞いてられへん。とにかく人の大事な花壇メチャクチャにしてはしゃいどるあのアホ男二人に一言謝らせな気が済まん。
ワイは花の事はようわからん。けど育てるんは時間かかるて事はわかる。毎日水やって、様子見て、そんなちっぽけな事やけど楽やない事位はわかっとるつもりや。実際ワイはそれが出来んくて小学生の頃朝顔毎回枯らしてもうたし。

「好きだから育ててる訳でもない」とか「可哀想だったから」とか煮えきらん事言うとったけど、三郷はホンマにこの花壇を大事にしとるんやなと思った。
それにや……花壇に水やってる時の三郷は楽しそうやったし、花を見ながら飯食うとる時のアイツはほんわかして幸せそうやった。ワイもそんな三郷の雰囲気がええなと思った。なんちゅーか、心地ええ風を受けて走ってるとはまた違う心地良さを感じた。


「…オイ」


ボールを蹴り合っとる男らの間に立って、飛んできたボールを足で踏んづけるようにして止めると男らの睨むような視線がワイに向く。「は?」とか「誰だよお前」とか色々言われとるみたいやけどそんなん知らん。
とにかくコイツらの事が許せん、三郷にあんな悲しい顔をさせたコイツらが。


「アイツに謝りや」
「はぁ?んだよお前!」
「アイツって誰だよ、まさかあのボロ花壇の事言ってんのか?」


ギャハハと不愉快極まりない笑い声が耳障りで、途端に脳みそ沸騰しそうな程の怒りがガァっと込み上がってきよった。


「あそこで泣きそうな顔しとる女子や!この花壇はな、アイツが…三郷が毎日一人で大事に育てとったんや!!それをお前らがめちゃくちゃにしたん分からんのか!!このドアホ!!」


怒りに任せてもうたせいで、自分でも想定外のボリュームの声が出てもうたし、全身の血がドクドクと沸き立っとるような感覚がする。こんだけ言うとけばこのアホたれ共もわかるやろ。コイツらが謝ったところでこのめちゃくちゃにされてもうた花壇が元に戻るワケやないのはわかっとる、けど少しでもええから三郷の気が晴れればええ。


「はぁ?何、コイツマジで……」
「つか一年だろお前、二年の先輩達にそんな口きいていいと思ってんのか?」


早よ謝れクソッタレ!と言いたいのを我慢して睨むだけに留めてやったのに、コイツらは三郷に謝るどころか睨み返してきよった。アカン、めっっちゃ腹立つ顔や、殴ってやりたい衝動をぐっと堪えとるワイを誰か褒めて欲しいわ!


「先輩とかそんなん知るか!はよ謝れ言うとるんや!この──」
「鳴子くん!」


もういっぺん怒鳴ったろうと口をでっかく開けたところで、背後から両肩を掴まれた。なんやと振り向くと三郷がワイの肩を掴んでふるふると首を横に振っとった。


「いいから…鳴子くん……」
「……三郷…」


ホンマなら何で止めんねん!と声を上げたいとこやけど、三郷はワイのシャツを掴む手ェにぐっと力を込めてきよった。しかも、めっちゃ悔しそな泣きそうな顔をして。これもホンマなら「悔しいならなんか言うたれ!」と言うところやけど……初めて見た三郷のその顔に、ワイは金縛りにでもあったみたいにピタリと動けんくなってしまって小さく名前を呟く事しか出来んかった。

よう動けんうちに三郷はワイの肩から手を離して、「あの」といつものほわぁーとした声と反対にキッパリとした声で言うてアホ共を見上げた。


「…花壇の事はもういいですから……離れた所で遊んでもらっていいですか?ここ、片付けなくちゃなので…」


アホ二人は顔を見合わせてから、「チッ」と軽く舌打ちなんかして「しらけたわー」だのなんや言いながらワイらに背を向けて、なんや気に入らなそうに大股で歩きながら遠ざかっていく。ったく、気に入らんのはこっちやっちゅーの!アホ!!
そんな事よりも三郷や、めっっちゃ悔しそな顔しとんのに何で謝れって言わんのや!


「オイ!三郷──」
「はー!なんかスッキリしたぁ!」


悔しがるどころかスッキリしたよなあっけらかんとした笑顔に、思わず「ハァ?」と声が漏れた。三郷はあっち行けって言うただけやのに何でそんな晴れ晴れとしとんねん、ワイは全っ然納得しとらんっちゅーのに。


「鳴子くんがあんなに怒ってくれたから、スッキリしちゃった」


ありがとね、と晴れ晴れした笑顔がワイに向けられる。謝らせる事に失敗してもうた事はメッチャ悔しいし、まだ腑煮えくり返りそうやけど……三郷のこの笑顔はまあ、悪ないとは思う。

けど……ワイはまだ悔しくてしゃーない。

アイツらの事もやけど、もしも田所のオッサンやったらあのアホ達に謝らせる事が出来たんとちゃうやろうかと。この場におったのがワイやなくてオッサンやったら、三郷にもっとスッキリさせてやれたんとちゃうやろうかと……そう考えると余計に叫びたいくらいの悔しさが全身に駆け回るようやった。

ってアカン!ワイは何考えとんねん!


「さて……休み時間終わる前に花壇直しちゃわないと。鳴子くん、ごめんね、貴重な休み時間なのに」
「別にええ…それに、三郷のせいとちゃうやろ」


言いながら、無惨な姿になってもうた花壇の前に座り込む三郷の隣にしゃがむ。幸い何本かは生きとるようやけど、コイツを見ると余計悔しい気持ちが込み上げてくるわ…。


「ワイも手伝うたる。何すればええんか教えてくれや」


三郷は元々まあるい目を余計にまん丸くして、パチクリと瞬きをしたあとで「ありがとう」といつものようにほわぁってした顔で笑う。やっぱコイツにはこんな顔がよう似合う。クッサイ表現やなと思っとったけど……こういうんを「花が咲いたような笑顔」っちゅーんやろうな。


「…鳴子くん」
「なんや」


あれしてこれしてと三郷に教わって、土をいじっとると同じく土をいじっとる三郷が唐突にワイを呼ぶ。顔を上げて三郷を見ると、頬に土を付けた顔がまたふわっと笑う。


「あのね……鳴子くんがいてくれて、良かった」
「っ…!!」


んな事言われたら、「オッサンより頼りになる男やからな!」とか返したくなるところやけど……らしくない事に、言葉が喉の奥につかえて出てこんかった。
ただ、オッサンを好きや言うてデレデレしとる三郷が……他のヤツでもオッサンでもなく、ワイがいてくれて良かったと笑うてくれたんはメチャクチャ嬉しかった。

それと同時に、心臓がバクバク早なって……なんや崖かなんか高い所からでも落ちたような、今まであんま感じたことのない感覚がした。

認めたない。ホンマはメッッチャ認めたないけど──


ワイは、田所オッサンの事が好きだと言うとるこの女子を……三郷に、惚れてもうたらしい。



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