君が思うよりも、ずっと



◆◆◆◆◆◆


純太と2人で電車を乗り継いで来たのは少し大きめのショッピングモール。建物の周りにはクリスマスらしいツリーやトナカイの形をした煌びやかなイルミネーションで飾り付けられていて、見ているだけでもワクワクしてくる。今日は平日だけどクリスマス当日ということもあってか、周りには家族連れやカップルが多い。今までなら仲良さそうに並んで歩くカップルにちょっぴり羨ましさを感じていたけど、今日は私も…私達もそのカップルのうちの一組なんだと思うと何だか嬉しい。


「この先にでっかいツリーがあるらしいんだ。せっかくだし、見に行ってみようぜ」


うん、と頷けば繋がれた手に少しだけ力が込められて、私を見る純太の口の端が嬉しそうに持ち上がる。それから「多分こっち」と歩き出す彼に続いて私も足を進めた。
こんなふうに純太と手を繋いで、二人で歩く日が来るのはもう少し先だと思っていた。デートが出来るのはきっと来年の夏が終わったらだなって…。だから、まさかこんなに早くこうしてデートが出来るなんて夢なんじゃないかって思っている。でもこれが夢だなんて、絶対に嫌だ。


「さっき、初デートなんて言ったけどさ」
「うん?」
「初めてじゃないよな…二人でこうやって出かけるのさ。部活の買い出しも行ったし、夏祭りン時も気が付いたら二人きりになってたよな」
「うん…そうだね。どっちも楽しかったなぁ」


あの時の事は今でもよく思い出せる。初めて二人きりになった買い出しで、バスを待っている間暑さを凌ぐ為に入ったゲーセンで純太に獲ってもらったフィギュアは今でも宝物として部屋に飾ってあるし、クレーンを操作する純太の得意気な横顔も目に焼き付いている。
インターハイが終わった後の夏祭りの時はもう幸せすぎてどうにかなっちゃうかと思った。本当に成り行きだったけど純太と二人きりになって、一緒に色んな屋台を回って。周りから見たら恋人同士に見えるのかな、なんてことを考えてドキドキしていたのもよく覚えている。


「今だから言うとさ、あの時すげー浮かれてたんだ。デートみてぇだな…なんてさ」


そう言って純太は恥ずかしそうに笑っていた。
あの頃から純太もそんな事考えていたんだとちょっぴり驚いたけど、次の瞬間には嬉しさが込み上げてくる。…それって、もうその頃から純太も私のことを好きでいてくれたって事なのかなって、そんなことを考えてしまって。


「私もね、そう思ってたよ。デートみたいだなって」


こんな事伝えるのはちょっと恥ずかしいけど、純太もそう思ってくれていたんだからいいよね、なんて思いながら。


「けどね、ちょっとずるいなーとも思ってたよ。私はこんなにドキドキしてるのに、手嶋さんは全然そんな事なさそうだなぁ、ってね」
「はは、そう見えてたんなら、少しはカッコつけられてたって事だよな。…内心、すげードキドキしてたよ。そりゃもう口から心臓出てくんじゃねーかって位にな」


ほんとかなあ、なんて考えが頭を過ったのは一瞬で、次の瞬間にはそういえばなんとなく思い当たる仕草とかあったかも…と思い返していた。


「…ふふっ」


こうして純太の隣に立てていること、手を繋いで一緒に歩いていること。今の状況が以前の私から見たらやっぱり夢みたいだ。胸の底からあったかい物がぐんぐんと込み上げてきて、つい笑いを溢しながら繋いだ手にきゅっと力を込めた。


「どうしたんだよ、急に」
「んーん、なんでも!」
「えー、オレの情けねぇとこでも思い出してたんじゃねぇのかよ、その顔は」


なんて言いながらも私と同じように手を握り返してくれる。こんな些細な事でも好きって気持ちが込み上げてきてしまうのだから、これから先はどうなってしまうんだろう。ちょっと重いかもしれないけど……もっともっと、純太の事を好きになりたい。

二人で笑い合いながら歩いていると、だんだんと大きなツリーが見えてくる。それはここに来るまでに見た飾りの中で一番豪華で、思わず口から「わぁ」って声が漏れていた。こんなに綺麗なツリーなのに、運がいいのか周りにはあまり人が居なくて写真を撮ったりするには絶好のタイミングだろう。
今のうちに、とツリーまで二人で早足気味に近寄ってそれを見上げた。


「人いねぇし、写真撮るなら今のうちだな」


ずっと繋いでいた手がそっと離れていってしまう。ちょっとだけ寂しさを感じるけど片手が塞がったままじゃ写真が撮れないから仕方ない。ブレザーのポケットからスマホを取り出した純太に続いて私もスマホを取り出してカメラをツリーに向けた。
背の高いツリーを上手く画面に収めるのはちょっと難しくて、ついつい「うーん」と唸りながらもスマホの角度を変えてみたりと色々試行錯誤して、ようやくここだ!というアングルを見つけてすぐにシャッターを切った。やっと撮れた写真は、しっかりツリーのてっぺんまで収まっているし飾り付けられた電飾の光も綺麗に入っている。我ながらいい写真が撮れたと思うし、後でお兄ちゃんや幹ちゃんにも送ろうかな。と、考えていたら隣から聞こえるシャッター音。きっと純太もツリーの写真を撮っているんだと思って、顔を隣に向けた。 


「いい写真撮れ……た…?」


きっと今の私は間抜けな顔をしているだろう。だって、ツリーに向けられているとばかり思っていた純太のスマホのカメラはしっかりと私に向けられているのだから。


「おう!ばっちりいいの撮れた!」


にかっと嬉しそうに笑った純太は、手にしているスマホの画面を私の方に向けた。その画面には、スマホを両手で持って上を向いて必死にツリーを撮ろうとしている私の横顔の写真が映し出されている。背中はちょっと反ってるし、綺麗な写真を撮ろうと必死だったから眉間に力が入ってて変な顔もしてるし…側から見たらあんな変な姿になっていたんだと思うと恥ずかしいし、それを他ならぬ純太に撮られてしまったのがすごく恥ずかしくて頬がどんどん熱くなってきて、思わず「ちょっと!」と声を上げてしまった。


「変な顔してる!」
「どこがだよ、綺麗な横顔じゃん」
「へ、変な格好だってしてるし…!」
「そうか?一生懸命撮ろうとしてんの可愛いじゃん」


本当は純太にこんな変な姿をした写真を持っていて欲しくないのに、「消して」の一言は喉に引っかかって私の口から出ることはなかった。それは、純太があまりにも嬉しそうに笑っているからで。部活中じゃ絶対に見れないような無邪気な笑顔を向けられたらそんな事言えなくなってしまった。私はきっと純太には敵わないだろうなと、改めて思う。


「それにずるいよ!私も純太の写真撮りたい!」
「え!?」


私だって純太の写真を撮りたい、その気持ちの方が恥ずかしいよりも強かった。
今日純太と一緒にここに来たんだっていう思い出を形にして残したいし…大好きな人の写真を持っておきたいって思うのは、きっとおかしい事じゃない、よね。


「じゃあさ、一緒に撮ろ」


そう笑顔を浮かべながら言った純太は少しスマホの画面を触ってからツリーを背にして、スマホを持った手を斜め上に向けて伸ばした。その画面に映し出されているのは純太と私の姿。彼は画面を見ながら「ここは暗いな」とか「ここか?」とか、独り言を言いながらスマホの位置を調整していた。その光景が女の子達がやる「盛れる」角度を探している時みたいで…というか、実際探していたのだろうけど…なんだか可愛いなって思ったのは秘密にしておこう。


「お、ここいいな。一花、もーちょいこっち来て」
「あ、うん」


いい角度を見つけた純太に言われるまま彼との距離を詰めて、スマホの画面を見上げる。画面を通して見るクリスマスツリーをバックに並んでいる私達の距離はかなり近くて、恥ずかしくて思わず画面から目を逸らしてしまいたくなるけどせっかくの純太とのツーショット、少しでも可愛く映りたいと頬に集まる熱に気が付かないフリをしながらなんとか視線をスマホに留まらせた。それなのに、隣から聞こえるちょっと困ったようにくすりと笑う声。


「もっとこっちだよ」
「わ…!」


その言葉と共に、手が回されてぐっと引き寄せられる左肩と、純太の体にくっつく右肩。驚いて思わず顔を上げるとすごく近くにある彼の笑顔。その彼に「カメラ見て」と促されるまま、再び顔をスマホに向けるとそこに映る私達はぴったりとくっついている。
今の私達に距離なんて存在しない、と認識した途端にまた一層頬が熱くなるけど同時に、幸せだなっていう気持ちも胸の底から込み上げてきて自然と口の端が持ち上がってしまう。
その後、「撮るぞー」という純太の掛け声の後にカシャっとシャッター音が鳴る。


「うん、いいんじゃないか。我ながらよく撮れてるよ。ほら」
「ほんとだ。ふふ、ちょっと照れくさいけどいいね、こういうの」
「はは、だなー」


純太のスマホの画面にはキラキラ光るツリーをバックにして、ばっちり笑顔をカメラに向ける純太と笑顔というよりニヤけ気味の私がぴったりとくっついた写真が映し出されている。変な顔で写っているのは恥ずかしいけど、不思議と嫌じゃなかった。何より隣にいる純太の笑顔が好き。


「こうやってもっと一緒に写真撮ろうぜ、これからもさ」
「うん…!そうだね」


へへへ、と二人で笑い合った直後、ビュウっと音を立てて強くて冷たい風が吹いて思わず「さむっ!」と声を上げて肩を縮こませた。コートと厚手のタイツを身に付けていても冬本番の寒さには敵わない。せめてマフラーを巻いてくればよかったと思ったけど、次の瞬間には去年まで使っていた物は痛んでしまったので捨てたのを思い出して後悔した。
でもそんな私を見ていた純太が「さすがにさみぃな」って言いながら、優しく肩を摩って温めようとしてくれるのは嬉しい。


「あのさ、一花。よかったらこれ受け取って欲しいんだ。多分、今なら無いよりはマシだと思うからさ」


純太は鞄の中から少し大きめのビニールのラッピング袋を取り出して、私に差し出してきた。大きめのリボンの付いたそれは一目見ただけで私へのクリスマスプレゼントだという事がわかる。わかるのに、突然の事に驚いてしまって一瞬思考が停止してしまった。


「これ……クリスマスの?」
「ああ。マジで大したもんじゃねーんだけど……」


この袋の中身が何であれ、純太が私のために選んでくれたプレゼントだっていう事だけですごく嬉しいのに、なぜか純太は私に申し訳なさそうな顔を向けながら指先で頬を掻いていた。


「純太からのプレゼントなら何だって嬉しいよ!ありがとう!」


差し出されたプレゼントを受け取って、思わずそれをぎゅっと抱きしめると柔らかい感触がした。純太からのプレゼントなら何だって嬉しいけど、早くこの中に何が入っているのか知りたい。


「これ、開けてもいい?」


逸る気持ちを抑えられずに聞けば、純太は小さく頷く。
一体何を選んでくれたんだろうとワクワクしながら、抱えているプレゼントのリボンを解いて袋の口を開けると真っ白でふわっとした物が見えた。


「これ……スヌード?」


パッと見マフラーかなと思ったけど、袋の中から出したそれは長い輪っか状になっている。真っ白でふわふわの毛糸で編まれた暖かそうな可愛いスヌードだ。


「ああ。マフラーにしようと思ったんだけど…そっちの方がチャリ乗る時も着けやすいかなってさ」
「嬉しい!ちょうどこういうの欲しかったから…ありがとう純太、大事にするね!」


冬が厳しくなってきて、早くマフラーを買わなくちゃと思っていた。けどなかなか気にいる物が無くて、今日まで首元の寒さを我慢して過ごしていた。そんなところにこのプレゼントは嬉しすぎる。正にこういうふわふわで手触りのいい物が欲しかったから。何より純太が私の為に選んでくれた、というだけで胸がきゅっと締め付けられるような嬉しさが込み上げてきて思わずスヌードを抱きしめて柔らかい毛糸に頬擦りした。


「あ……」


頬にくっつけた瞬間、ふわっと鼻腔に入ってくるにおいに思わず小さく声を上げた。鼻腔に感じたのは大好きで安心するにおい。香水や柔軟剤のそれじゃなくて、これは純太のにおいだ。
今こうして私の手に渡るまで純太が持っていた物だから、彼のにおいがするのは当たり前なのだけど……なんとなくそれだけじゃないような気がした。


「これ……もしかして、純太の手作り?」


なんとなくそう思っただけで、口に出したのもなんとなくだった。
けど純太はびっくりした顔をして私をじっと見たあと、「あー…」と声を上げて申し訳なさそうな表情をしていた。


「やっぱ分かっちまった…?オレ的には丁寧に作ったつもりだったんだけど……久々に編み物したから、やっぱ粗いとことかあったよな?ごめんな、今度プレゼントするからさ、ちゃんと買ったやつ…」


純太の言葉の後半は、聞こえていたけど頭の中には入っていなかった。
私から「手作り?」なんて聞いたのに、まさか本当に純太の手作りだとは思わなくて驚きに一瞬頭が支配されて頭が真っ白になっていた。


「やだ、これがいい!」


ワンテンポ遅れてちゃんと純太の言葉を理解した途端、「編み物出来る純太すごい!」とか、「粗いとこなんてないよ!」とか…色々な感想が頭の中に浮かんだけど、どれも声にすることが出来なくて、咄嗟に出たのは駄々をこねる子供のような言葉。
純太が私の為にお店で選んで買ってくれた物でも嬉しいけど、彼が私の為に時間をかけて作ってくれたスヌードは世界にこのたった一枚しか無いのだから。

いそいそと持っていたスヌードを首に二重に巻いてみせると、ずっと眉を下げていた純太はホッとしたように笑ってくれた。
純太の作ってくれたスヌードは思った通りとてもあったかい。手触りだって気持ちいいし、手に持っていた時よりも一層強く彼の匂いがする。これならどんなに寒い日の外出だって、きっと幸せな気持ちになれる。


「ありがとう、純太。本当に最高のプレゼントだよ!」
「ああ。よかったよ、気に入ってもらえて」
「…あ、でも純太がせっかく作ってくれたのに汚したりしたくないな…。なんか使うの勿体なくなってきた…!」
「…出来ればオレとしては、使ってもらえたら嬉しいんだけどな」
「そ、そうだよね…!大事に使うね!」


せっかく純太が私の為に時間を使って作ってくれたんだから、汚したりほつれさせたりしないように大事に使おう。…絶対、これを着けたままスナック菓子とかラーメンとか汚しそうな物は食べないようにしなくちゃ。


「……純太、今日は本当にありがとう。毎日大変なのに、私の為に時間を使ってくれて」
「今日はオレから誘ったんだから、礼を言うのはオレの方だよ。それに言ったろ?オレには一花と一緒にいる時間も大事なんだってさ」
「このデートの事だけじゃないよ。このスヌードだって、作るの時間かかったでしょ?それも含めて、ありがとうって事だよ」


今日私が純太にプレゼントしてもらったのは今私の首を温めてくれているスヌードだけじゃ無い。これを作るの為の時間と、今一緒にいる時間。私は、純太に時間ももらってしまったんだ。


「…オレはさ、一花」


少し冷たい純太の右手がそっと私の左手の指に触れる。反射的に彼の指先に自分のそれを絡ませれば、ぎゅっと手を握られた。思わず握られた手に視線を落としかけたけど、どこか寂しそうにも見える純太の顔から視線を移さずに言葉の続きを待った。


「一花にはすげー感謝してるんだよ。いつも遅くまでオレの練習に付き合って応援してくれたり、支えてくれたりしてさ。ホント、一花にはめちゃくちゃ助けられてるよ。だから…さ。部活優先してんのに、こんな事言うと何言ってんだって感じになっちまうけどさ……」
「うん…?」
「オレも、一花に出来る事なら何でもしたいって思ってんだ。だから、オレにして欲しい事とか、もっとわがまま言って欲しいんだよ」


ぎゅっと胸が締め付けられるように痛んだ。
だって私は、きっと純太が思ってくれているようないい子じゃないから。純太が気付いていないだけで、本当はわがままをたくさん聞いてもらっているから。

あのね、本当は私、すごくズルいんだよ。


「……もう充分、純太にはわがまま聞いてもらってるよ」




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