願い込めたトップスター



◆◆◆◆◆◆


十二月二十四日。クリスマスイブの今日は、少しだけ早めに練習を切り上げて部室に集まった自転車部のみんなと、それからもう引退してしまった金城さんと田所さんは飾り付けされた部室の中心に置かれたテーブルを囲んでいた。そのテーブルの上には私と幹ちゃんが用意したお寿司とチキン、それから白いクリスマスケーキなどが並べてある。


「それじゃ……今日もおつかれさん、と、メリークリスマス!」


ジュースが注がれた透明なプラカップを掲げた手嶋さんの掛け声に続いて、みんなの「メリークリスマス!」という声が部室に響く。各々カップ同士をぶつけて乾杯した後はみんなすぐに食べ物に手を伸ばしていく。いや、みんな…というか、鳴子くんと田所さんの勢いがすごい。本当は私もすぐにあれもこれもと自分の取り皿に載せていきたいところだけど、今日も練習頑張ったみんなと先輩方が優先しなければとぐっと我慢した。


「一花ちゃん、ほら」


まるで吸い込んでいくような勢いで張り合いながら食べている田所さんと鳴子くん、それからいつの間にかそこに参戦していたお兄ちゃんを、「このまま全部食べられてしまうのでは…」と焦りを感じながら眺めていた私の目の前にチキンの乗った紙皿が差し出された。その先を目で追うと手嶋さんがちょっぴり困ったように笑っていた。


「早く取らないと持ってかれちまうよ」
「あ、すみません…ありがとうございます」


言いながら差し出された紙皿を受け取る。このまま気を遣っていたらあの三人にチキンを食べられてしまうかも…とハラハラしていたから手嶋さんが確保してくれて良かった。だけど彼のお皿にはまだ何も乗っていない。自分の物よりも先に私の分を確保していてくれたみたいだ。ちょっぴり申し訳なさも感じるけど、こういう優しさと気遣いがなんというか……うん、好き。


「あ、手嶋さんのお寿司取りますよ!サビ抜きですよね?」
「ああ、わりぃな。サビ抜きの方で頼むよ」
「はい!……って、あれ……?」
「ん?どした?」


私も手嶋の分のお寿司を取ろうとすぐ近くにあるお寿司に取り分け用のお箸を伸ばした。けど二皿あるうちどちらがサビ抜きの方かわからなくなってしまってその手を止めた。本当に私ってこういう所がダメだな……お寿司は自分で並べたはずなのにわからなくなってしまうなんて。それを手嶋さんもなんとなく察してしまったようで苦笑いを浮かべていた。一先ずすみません、と謝らなければ…と思っていた矢先


「うひゃああああ!か、からっ、ワサっ…!鼻…っ!鼻に…!」


部室に響く小野田くんの悲鳴。どうやらワサビ入りのお寿司を食べてしまったみたいだ。


「だから言っただろ、右の皿はサビ入りだって」
「あーあーもーしゃーないな小野田くんは。ほれ、お茶飲んどき!」


涙を浮かべる小野田くんの側に鳴子くんと今泉くんがすぐに駆け寄る。この三人は本当に仲が良いなあと思う。それと、小野田くんのおかげでどっちのお皿がワサビ入りなのかがわかった。


「…こっちがサビ抜きだな」
「あはは、ですね…」


小野田くんには後で謝ろう、そう思いながら彼が取ったお皿とは反対の方から手嶋さんの分のお寿司を取った。


「一花ちゃん、今日は準備ありがとな」
「いえ、そんな。結局途中手嶋さんに助けてもらっちゃいましたし」
「それでも助かったよ。おかげで、時間も取れたしな」
「…?」


時間が取れた、っていう言い方がちょっぴり不思議だった。休んだりメニュー考えたりする時間かな…?と、その時は思っていた。






賑やかな部のクリスマスパーティーが終わった次の日、十二月二十五日。クリスマス当日。この日が近付く度にワクワクするような、ドキドキするような気持ちになっていた。毎年クリスマスは楽しみだったけど…ただケーキやプレゼントが楽しみだと思っていた去年までとは全然違う。今年は、大好きな人と一緒に過ごす約束をしているのだから。


「……よし!」


二学期の終業式も終わり、今日の部活も終わった後。
更衣室で運動着から制服に着替え終えた私は鏡の前で薄くお化粧をして、髪も不器用ながらに簡単な編み込みを作って、仕上げに文化祭の時に手嶋さん……純太に買ってもらった、星のヘアクリップを飾り付けた。

鏡の前で顔の角度を変えてみたり、近付いてみたりしておかしくないかとメイクと髪型の最終チェックをして、「人生初の彼氏と初デート、失敗しませんように!」と祈りながらバクバクとうるさい心臓と一緒に純太の待つ部室へと向かった。


「お待たせ、純太」


さっきまでみんながいて賑やかだった部室だけど、そこにはもう純太一人しかいなかった。ソファーに座ってスマホを見ていた彼は私が戻ってきたことに気が付くとすぐに鞄を持って立ち上がって、こちらに近付いてくる。


「おう。もういいのか?…お、髪型変わってる」
「うん、ちょっとおしゃれしようかなって……変かな?」
「全然変じゃねーよ。いつもと雰囲気違くていいな、可愛い」


にこりと笑って褒めてくれる純太に釣られて私もへにゃりと笑ってしまう。
こうやってすぐに髪型が変わった事に気が付いてくれて嬉しいし、可愛いと褒めて貰えて慣れないヘアアレンジを頑張ってよかったなって思える。


「それに……その髪飾り、付けてくれたんだな」


思わず髪に付けたヘアクリップに軽く触れる。こくりと頷けば、純太は嬉しそう、というよりも安心したように笑っていた。


「これ、せっかく純太が選んでくれたものだから、壊したり無くしちゃうのが怖くて…」


これを着けるのは、あの文化祭以来だ。これを買ってもらった後に色々あって見るのも苦しくなってしまっていた事もあるけど……今となってはそれもいい思い出。というかあれがなければ、きっと私は今も片思いのままだったと思う。
だからこそ無くしたり壊したりしたくなくて、部屋に飾っていたり、テストの日とかちょっと頑張りたい日にはお守り代わりに制服のポケットに入れていたりしていた。


「でも今日はせっかく…その……出かけるし、付けてきたんだ」


本当は「デートだから」、と言いたかった。
そう言わなかったのは、私だけがそう思っていたら恥ずかしいなと思ったから。純太にとってはただご飯を食べに行くだけかもしれない、そう思って口に出す事ができなかった。


「やっぱよく似合ってるよ、それ」
「純太が選んでくれたやつだからね」


当たり前だよ、なんて言うように笑えば、純太も「まぁな」と目を細めてちょっぴり得意げに笑う。いつも自己評価の低い彼のこんな笑顔はレアかもしれないな、なんて思っていたらすっと差し出される純太の手。


「そんじゃ、行こっか。…初デート」


デート。その言葉が純太の口から聞くことが出来て安心した。そう思っていたのは私だけじゃなかったんだなって……けどその直後に、これからデートに行くんだということを途端に意識してしまってドキドキと胸が騒ぎ始める。


「……うん!」


差し出された手に自分の手を重ねると、ぎゅっと握られる。

緊張から、心臓はもう飛び出てしまうんじゃないかってくらいに鼓動を速めているし、外は寒いっていうのに顔は汗が出てるんじゃないかって位に熱い。握られている指先だってちょっと震えてる。それに、今日は私の為に練習の時間を削ってもらっちゃって申し訳ないなっていう気持ちもある。
けど……これから私は純太を独り占めできるんだ。そう思うと緊張とか罪悪感以上に、嬉しくて堪らなかった。

きっと今日は今までの中で、一番幸せなクリスマスになると思う。



7 / 10
PrevNext

back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -