好きと尊敬も編み込んで



◆◆◆◆◆◆


もうすぐクリスマスだという事を知った時、焦りを感じた。
部内でのクリスマス会のことを考えるのを忘れていた事もだが…それ以上に、一花へのクリスマスプレゼントが決まらない事。決して忘れていたわけじゃない。十二月に入った時から何にしようかとは考えていた。お揃いのシャーペン、水仕事で手が荒れないようにハンドクリーム、文化祭の時みたいにアクセサリーとか…色々考えた。けどどれもあまりしっくりこなかった。何より、オレの財布事情。バイトでも出来ればもっと選択肢が増えたのだろうが……なんとも情けないし、カッコ悪りぃ。


「純太がくれる物なら、きっと何だって喜ぶ」


個人練習のインターバル中に青八木に「クリスマスプレゼントで悩んでる」と漏らせば返ってきたのはこの言葉。それと何をそんなに悩む必要があるのかと言いたげな表情だ。


「オレもさ…多分そうなんだろうなって思ってんだけどよ…」


青八木の言う通り、余程変なもんじゃなければ何をプレゼントしても満面の笑顔で喜んでくれる一花の姿が容易に想像できる。こう考えた時、自惚れが過ぎるかと思ったが…やっぱり、食べ物を贈ろうが文房具を贈ろうが「大切にする」と笑ってくれる姿しか思い浮かばなかった。…だから、余計に何を贈ろうか悩むんだ。
一花はいつもオレを気遣ってくれて、自分の事よりもオレの事を考えてくれる。その彼女の優しさが何よりの助けになってるし、その優しさに触れるたびに胸が締め付けられたみたいになって、好きだっていう気持ちが溢れ出しそうになる。
その感謝とか、これからもよろしく、みたいな気持ちも込めて一花が本当に喜んでくれる物を渡したいんだが……


「あー!ぜんっぜんダメだ!!何がいいか思い浮かばねぇわ!」


思わずガシガシと頭を掻きながら叫ぶと隣から「純太…」と憐れむような声が微かに聞こえた。青八木からしたらどうしてこんなに悩むのかが不思議なんだろう。きっといつか青八木にも分かる時が来るよ、彼女への初めてのクリスマスプレゼントはマジで悩むってことが。


「…そういえば」
「ん?どした青八木」
「新しいマフラーが欲しいって言っていた気がする」
「マフラー?」


こくん、と青八木の頭が縦に揺れる。確かに最近大分寒くなってきて一花はコートや手袋は身に付けていたのに、マフラーは身に付けていなくて首寒くねぇのかなって少し心配になっていた。


(マフラーなら、なんとか出来そうだな)


これならオレの寒々しい財布の中身でもどうにか出来るかもしれない。上手くいけばきっと一花にも喜んでもらえると思う。時間と…何より、オレの腕次第にはなるけど。


「ありがとな、青八木!おかげでどうするか決まったわ」






青八木との会話の後、すぐに一花にプレゼントする為のマフラーの用意に取り掛かった。
きっと彼氏が彼女にマフラーをプレゼントするといったら、おしゃれなショップで可愛いデザインだったり、良い生地のそれを買う…というイメージが浮かぶだろう。逆に彼女から彼氏にマフラーを贈ると言ったら、きっと手編みが真っ先にイメージされると思う。
…彼氏が手作りのマフラーを彼女に贈る、というイメージを浮かべる人は極稀だろう。多分オレもこんな状況にならなければ、イメージしなかったと思う。


「男が編み物してる姿なんて、初めて見たわ」


昼休み、オレの手元を覗き込んでしみじみと言ってきたのは秋口頃に恋愛相談をしてきた奴だ。告白するべきか、と絶賛一花に片想い中だったオレに相談してきたコイツは「その子も告白してくんの待ってんだよ」とオレが背中を押したすぐ後、しっかり意中の子に告白して晴れてお付き合いをスタートさせて、その後はなかなか上手くいっているらしい。
まあ、それは一先ず良かったと置いておいて……今オレの机の上に置かれているのは白くて手触りのいいフワフワの毛糸玉、手にしているのはその毛糸を編むための編み棒。つまり、一花に贈るマフラーはショップで買うのではなく…手編みをする事にした。


「だろ?珍しいもん見せてやってんだからさ、見物料くれよ」
「ふざけんな、お前が見せてきてんだろ」
「別に見せてるつもりはねぇよ。つーかお前が勝手に見てんだろー?」


なんてふざけ合いながらも意識は手元に集中させる。こうして編み棒を最後に持ったのはいつだったか。自転車の事に行き詰まった時に息抜きで始めてみた編み物だったが、意外にもハマってそれ以来、作戦を練るのに詰まったり、考えがまとまらなくなった時なんかに気分転換によく何かを編んでいた。最近はそんな暇も余裕も無くなっちまったから、暫く編み物とは無縁だった。
久々にやるから編み方忘れているかと思ったが案外手が覚えてくれているもんで、スラスラと進められている。あんまり時間が無いと思っていたがこの分ならクリスマスには余裕で間に合いそうだ。

ちなみに、この男はオレと一花が付き合っているのを知っている数少ない一人だ。恋愛相談を持ちかけられた時に一花との事を聞いてもらっていたから、進展があったという事は報告しておくべきだと思った。


「…あれ?あの子手嶋のカノジョじゃね?」
「え?」


視線を手元から上げて教室の外の廊下を見ると、確かに一花の姿が遠くに見えた。昼休みで他の生徒が多く廊下に出ている中でも一花の容姿はよく目立つ。やっぱ一花は可愛いよなぁ、と考えていたがその彼女はこの教室に向かってきている。間違いなくオレに会いにきてくれているのだろうが…今はまずい。このマフラーの事はクリスマス当日まで秘密にしておきたいし、これにかけられる時間は昼休みと、家に帰ってから寝るまでの短い時間だけだ。
オレも一花と昼休みを過ごしたい…過ごしたいけど……今は、ダメだ。


「…ワリィ、オレ寝てるって伝えてきてくんね?」
「え?カノジョの方から会いにきてくれてんのに酷くね?」
「オレだってこんな事したくねーよ!けどこれ作る時間あんまねーし…」


頼む、と断腸の思いで声を絞り出すとそいつは仕方ない、と言いた気にため息をついて教室のドアへ向かって歩き出す。それを確認してから、オレは机の上に置いた毛糸や編み棒を上半身で隠しながら机に突っ伏して寝たフリを決め込んだ。
それからすぐに一花と妙に芝居の上手いあいつの会話が聞こえてくる。その会話は二言三言ですぐに聞こえなくなって、カツカツと足音が近付いてきたと思ったらパシンと頭を軽く叩かれた。


「お前、心が苦しくなんねーの?あの子すげー残念そうな顔してたぞ」


叩かれた後頭部を掻きながら体を起こすと、そいつは「ひでーやつ」とでも言うかのように眉間に皺を寄せてオレを見下ろしていた。
顔を伏せていてよかった。もし一花の顔を見てしまっていたら、堪らずに追いかけて行ってしまっていただろうから。


「苦しくないわけねーって…マジで最低な事してる自覚はちゃんとあるよ。数少ない一緒にいられる時間だってのに」


むしろ苦しいを通り越して痛いくらいだ。せっかく一花の方から会いに来てくれたっていうのに……だけど一花が本当に喜んでくれるであろうプレゼントを渡す為だ。今可哀想な事をしてしまった分、クリスマスはうんと喜ばせたい。いや、まだこんなんで喜んでくれるかはわかんねーけど……とにかく、一花にこのマフラーと一緒に気持ちを伝えたい。その為には今こうしている時間だって惜しい。机の上の編み棒とまだまだマフラーと呼ぶには程遠い編みかけのそれを取って作業を再開した。


「…いい子だな、お前のカノジョ。オレのカノジョだったら教室までズカズカ入ってきて叩き起こされてるよ」
「だろ?すげー優しい子なんだよ、一花は。こんなオレでもいつも側に寄り添ってくれてさ。正直、オレには勿体なさすぎるよ」


オレには勿体無い…とは思っているけど、オレの側にいて欲しいと願っている。一花がいてくれるから頑張れている。ほんの一月前位まで…まだ一花に気持ちを伝える前は彼女の優しさに甘えてしまって自分がダメになるんじゃないかとビビってたけど、それはいらない心配だったと今なら言える。
一花は今までと変わらずに楽しそうにマネージャーの仕事をこなしてくれるし、応援もしてくれる。オレが少しでも練習に集中したり休めるようにって仕事も手伝ってくれる。記録がいいと一緒に喜んでもくれるし、逆に落ちていれば励ましてもくれる。そのおかげでオレは一花の優しさに甘えつつもどうにか自分の練習もキャプテンとしての役割もこなせている。
それに、だ。


「優しいけどさ…すげー強いんだよ。そういう所マジで好きだし…すげぇって思うんだ」


昔の事故の辛さも悔しさを乗り越えて、もう以前のようには乗れないと言われていたロードにもう一度乗って前に進む姿を見せられたら、オレも止まってられねーなって思った。そのきっかけの一つがオレだっていうんだから尚更だ。


「…編み物しながら惚気て、更にニヤけられるってほんっと器用だよな、お前」
「それ褒めてんのかー?もっと聞かせてやろうか、一花の可愛いところ」
「そんな可愛いカノジョにお前はひでー事したけどな」
「何度も言うなよ!わかってんだよ!」


狸寝入りしちまった事は、完成したマフラーを渡すときにしっかり謝ろう。




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