大好きだから、心配なんです



◆◆◆◆◆◆


手嶋さんの負担を少しでも減らしたい、そう思って私からやると言ったクリスマス会の準備。手嶋さんからは「用意するのは食べ物と飲み物くらい」と聞いていたし、それなら私でも問題なく出来るはず…と思っていたのだけど、どうやら私の考えは甘かったみたいだ。


「うーん……」


お昼休みの教室。一枚の紙を手に、机に突っ伏しながらつい声を漏らした。その紙こそ、私の考えが甘かったという事実を突き付けてきた元凶。
どうせならみんなの食べたい物を用意しようと思って、昼休みや部活の合間を使って同級生のみんなと、お兄ちゃんと古賀さん、それから三年生の先輩達に何が食べたいかと聞いて回った。そう、それがいけなかった。手嶋さんにも「それ大変じゃないか?」って言われたけど、意気揚々と「大丈夫!」と答えてしまった。手嶋さんの言う通り、これは本当に大変だ……だって、見事にみんなの意見が見事にバラバラなのだから。
特にひどいのは今泉くんの「鳴子の食いたい物以外」という答えと、鳴子くんの「スカシの食いたいもん以外」。この二人らしいけど困る。
そんな二人と違って「何でもいいけど、寿司ならサビ抜きも取って欲しい」と答えてくれた手嶋さんがまるで神様みたいだ。でも、きっとこれもこうなる事を見越して私が苦労しないようにそう答えてくれたのかもしれないと思うと、ちょっぴり胸が痛くなる。
それにしても「サビ抜きも欲しい」って…もしかして手嶋さん、わさびが苦手なのかな?そういえばカルボナーラとイカが好きっていうのは前に聞いたけど、嫌いな物は聞いた事がなかったなぁ。もし本当にわさびが苦手なんだとしたら……可愛い。すごく可愛い。

じゃなくて!今はとにかく、クリスマスイブまであまり時間がないしこのバラバラな意見をどうにかしなくちゃ。
出来れば手嶋さんにはあんまり頼らないようにしようと思ってたけど……これはちょっとだけ相談した方がよさそうだ。罪悪感を感じながらも意見を纏めた紙と、それからランチバッグを持って席を立った。あわよくば、一緒にお昼食べたいと思って。

暖房の効いた教室から廊下に出るとひやりとした空気に包まれる。本当はこの時期は寒くて教室から出たくないのだけど、手嶋さんに会いに行く今は別。早く顔が見たい、そう思うと不思議と寒さなんて気にならなくなるし足取りも軽くなる。
私からクリスマスの準備を任せて欲しいと言ったのに、もう早速相談する事になってしまった後ろめたい気持ち、それから早く会いたいという強い気持ちを抱えて足早に手嶋さんの教室へと向かう。それから数分で彼の教室の前に着いて、扉の外から手嶋さんの姿を探そうとした。


「君、誰かに用事?」


けれど私が教室の中を見回すよりも早く、教室の中にいた見知らぬ先輩に声をかけられてしまった。


「あ、はい…手嶋さん、いますか?」
「ああ、手嶋ね。えーっと……」


先輩は顔を私から教室の後ろの方へと向ける。きっとその視線の先に手嶋さんがいるんだろう。


「おーい手嶋ぁー!…って、寝てんじゃねぇかよ」
「え?」


先輩のその言葉に思わず教室の中を覗き込んでしまった。確かに教室の真ん中の列、後ろの方の席で手嶋さんが机に突っ伏していた。顔は見えないけどあの体勢は間違いなくぐっすり眠っている。


「起こそうか?」
「いえ、大丈夫です!そのまま寝かせてあげて下さい」


失礼します、と先輩に軽く頭を下げて来た道を引き返した。
朝練いつもより少しハードだったし、きっと疲れているんだろうな。お昼休みに話せないのはちょっと残念だけど、クリスマスの事は部活で相談すればいいし、「一緒にご飯が食べたい」って理由だけで起こしてしまうのは申し訳ない。






それから数日後。クリスマスの纏まりのつかないメニューは手嶋さんにも相談して、結局いくつか選択肢を作ってその中で改めて多数決を取って、数の多かった三品を用意する事になった。そしてやっぱり手嶋さんはこうして纏まらなくなってしまうのをわかっていたらしい。さすがキャプテン、とその時は思ったけど今はちょっぴり悔しさも感じる。

こうして結局手嶋さんの力を借りて私の悩みは一つ解決された……けど、新しく心配事が増えてしまった。

この数日、何度か昼休みに手嶋さんを訪ねた。だけど、毎回手嶋さんは机に突っ伏して寝ていてお昼を一緒に食べるどころか、話す事すら出来ていない。確かに寂しいけど…でもそれ以上にちゃんと夜休めているのか、具合が悪いんじゃないかと心配になっていた。


「純太、最近体調崩したり疲れたりしてない?」


部活終わりの二人きりの時間。今日もこの時間はお互いを名前で呼んで、いつもなら他愛無い話をしながら短くても幸せな時間を過ごすはずだけど、心配でたまらなくなって純太に訊ねた。


「え?別に平気だぞ。どうしたんだよ急に」
「最近、お昼休みずっと寝てるから…夜寝れてないんじゃないかなって…」
「…あー…いや……そ、それは前の授業が退屈でさー!なんとか授業中は耐えたけどその後我慢できなくなってさ!マジ勘弁してくれっつーのな」


なんとも歯切れの悪い言葉と、ちょっとわざとらしい笑い方がすごく気になる。純太ほどじゃないけど、私だってそれなりに察することは出来る。多分、純太は今嘘を付いている。けど、それがわかってもそこから先はわからない。疲れている純太の為に何が出来るのか、どうしたら少しでも純太を休ませてあげる事が出来るのか……ちょっとした雑務を肩代わりするとか、愚痴を聞いたりマッサージをする位しか思い付かない。大好きな純太の為に何だってしたいのに、ちょっとした事しか出来ない自分が嫌になる。思わず俯くと、そっと頭の上に何かが乗ってぽんぽんと撫でてくる。これはきっと純太の手だ。


「…ありがとな、一花」


顔を上げて純太を見ると、右手が私の頭に伸びている。やっぱり頭の上に乗っているのは彼の手だ。


「いつもオレの事心配してくれてサンキュー、一花。今回はマジで大丈夫だからさ…んな顔しないでくれよ」
「…本当に大丈夫なの?」
「おう。夜はぐっすり快眠してるし、最近大分体力も付いてきたと思ってるし、キャプテンの仕事だって慣れてきた。それは一花もわかるだろ?…いつもオレの事見てくれてんだからさ」


な?と軽く首を傾げて眉を下げた顔をしながら頭を撫でてくる純太はずるい。なんだか上手くいなされてしまったみたいでちょっぴり腑に落ちないけど、確かに純太の言う通りだ。最近は以前よりも余裕があるのは走り以外でもわかるし、調子が良さそうだ。


「…わかった。純太がそう言うなら、もう心配しない」


そう言うと純太は安心したように笑う。昼休みに居眠りをしているのは授業が退屈だったから…っていうのはきっと嘘だけど、心配いらないっていうのは嘘じゃないだろう。心配しすぎるのも却って迷惑をかけてしまうし、今は余計な心配はしないでおこう。


「けど、もし疲れてたり調子悪かったらちゃんと言ってね?…私に出来る事はあんまり無いかもしれないけど……」
「んな事ねぇよ。いつも仕事手伝ってくれて助かってるし、こうやって遅くまで側にいてくれてるだけでも充分すぎるくらいだよ」


直後、頭を撫でていた手が後頭部に回ったと思ったらぐいっと引き寄せられて、気が付けば私は純太の腕の中にいた。手を繋ぐどころか、まだ“純太”と名前を呼ぶだけでもドキドキしてしまう私は当然抱き締められたりなんかしたら心臓が体を突き破って出てきてしまうんじゃないかって位にバクバクと騒ぎ出す。思わず一気に熱くなった顔を上げて純太の顔を見上げると、ちょっぴり照れ臭そうに、だけど嬉しそうに笑っていた。それにくっ付いた体から伝わってくる彼の鼓動も私と同じくらいに騒がしい気がする。それがお揃いみたいで嬉しいし、純太もドキドキするんだなと思うと愛しさが込み上げてきてそっと彼の背中に手を回した。


「あのさ…一花」


優しい声で呼ばれたと思ったら、私の頭の後ろと背中に回されていた手が両肩に置かれて、くっ付いていた純太の体がゆっくりと離れていってしまう。ちょっぴり名残惜しさを感じたけど、じっと私を見る目が私を呼んだ声と反して何やら真剣…というか、少し緊張しているみたいだった。これから純太は一体何を私に伝えようとしているんだろうと思わずごくりと息を呑んだ。


「……二十五日、クリスマスの日さ…部活終わった後、時間あったりするか?」
「ええと……うん。予定は何もないから、大丈夫」


二十五日は授業はなくて終業式だけだから、その後の部活もいつもより早く終わる。クリスマスだから家族でご飯を食べに行こうとかそういう話もまだないし、早く帰らなきゃいけないとかも今のところ無い。
というか…こんな聞き方をされたら、期待してしまう。


「よかった。せっかく部活も早く終わるし、二人でメシでも食いに行きたいなって思ってさ。ついでにイルミネーションも見てぇなーって」


鈍感な私でもわかる。これは間違いなく、デートのお誘い…ってやつだ。こんなの、嬉しいに決まってる。今すぐ頷いて、嬉しいって伝えたい。だけどその気持ちとは裏腹に、すぐに頷けずにいた。嬉しい気持ちのすぐ後に、「いいのかな」っていう言葉が頭に過ぎってしまったから。純太が時間を大切にしている事は知ってる。その時間を私がもらってしまっていいのか…。


「……行きたい、けど……いいの…?」
「確かに部活優先とは言ったし、練習する時間も大事だ。けど…オレにとって一花と一緒にいる時間だって大切なんだよ」
「…純太…」
「一花といるとさ、肩の力が抜けるんだ。すげー安心するし…そう、オレにとって癒しなんだよ。だから息抜きに付き合うと思ってさ」


本当にどこまでズルい事を言ってくれるんだろうか、私の彼氏は。ズルくて、優しい純太。こんな事を言われてしまったら断るなんて事できないし…時間をもらってしまう事の罪悪感も無くなってしまう。今度こそ私は、大きく頷いた。




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